第14話
王都の中心部から少し離れたところにある商店街の一角にて、ちょっとした事件が起こっていた。
通りの真ん中では若い男性2人がが言い争っており、周囲には野次馬達が集まっているようだ。
「どうしたんだ?」
気になったオクタヴィオたちが近づいていくと、野次馬の1人がオクタヴィオに気付いて事情を聞かせてくれた。
「ああ、それがさぁ……」
すると、どうやら彼らは市場で買った品物を巡って口論になっているらしい。
1人は見るからに厳つい雰囲気の男性で、もう1人は細身で眼光が強い男性だったそうだ。
しかも、お互いに自分が先に買おうとしていたと主張して譲らないため、なかなか決着がつかない状況のようだ。
その様子を遠巻きに見ていた通行人たちも、巻き込まれたくないという気持ちからか誰も手を出そうとしない。
その為、余計に事態が悪化してしまっているという有様であった。
(うわぁ……関わりたくねぇ……)
正直言って面倒ごとに巻き込まれる予感しかしなかった為、オクタヴィオは早々に立ち去りたかった。
しかし、目の前で揉めている人達をそのまま放置するのもどうかと思ったため、仕方なく仲裁に入ろうとしたその時ーーー
「店員さん、この商品私が買ってもいいかしら。 あそこの人達は話し合いで忙しいらしいから」
喧嘩する2人の奥から声がしたかと思うと、いつの間にやら女性がそこに立っていた。
彼女はにこりと微笑みながら、店員の女性に話しかけたのだった。
「え、えぇっと……はい、どうぞ!」
突然のことで戸惑いながらも、店員は頷いて答えた。
それを見て満足そうに頷くと、女性はそのままスタスタと歩いて行ってしまった。
それを見た喧嘩をしていた2人は惚けた目でそれを見送っていく。
そしてすぐさま我に返ると、慌てて後を追いかけていった。
「おい、ちょっと待て! 勝手に持っていくんじゃねぇ!!」
「ちょっと待ってくれ、それは俺のだ!」
2人組の声を聞いて振り返った女性はにっこりと微笑んだまま首を横に振った。
「いいえ、これは私のものよ。 だって貴方達、喧嘩していたじゃない」
女性の言葉を聞いて、男2人は怒り心頭といった様子で詰め寄ってくる。
女性を詰め寄る男性2人というだけでも衛兵モノだが、目の前の事しか見えていないのか2人はヒートアップしていく。
「ふざけんなっ!! そいつは俺が買うって決めてたんだよ!!」
「ふざけるな、俺だって買うつもりだったんだ」
しかし、女性は全く動じる様子もなく涼しい顔をしている。
「ふーん、そうなの? 私にはそんな風には見えなかったけれど」
そう言いながら、手に持った商品を掲げて見せる。
「それに、私はこれがどうしても欲しいのよ。 だから諦めてちょうだい」
その言葉に男達は神経を逆立たせ、ますます激昂した様子を見せる。
手が出てくるのも時間の問題かもしれない。
「ふざけやがって……!」
「絶対に渡さんぞ」
男たちは口々に叫ぶと、女性に向かって殴りかかってきた。
だが次の瞬間には女性の目の前に影が差した。
「ストップ! ストーップ! お前ら女の子に向かって何をしようとしてんだ!」
女性がその影の方を見れば、そこにはオクタヴィオが立っていた。
オクタヴィオは女性に掴みかかろうとしていた男の腕を掴んでいたのである。
女性はきょとんとした顔で彼を見つめていたが、すぐに笑顔を浮かべてお礼を言った。
「あら、助かったわ」
それに対してオクタヴィオは照れ臭そうにそっぽを向きながら答える。
「どういたしまして……それより大丈夫か?」
その問いに答える代わりに、彼女は男たちの方を向き直った。
2人の男はそれぞれオクタヴィオに掴まれた腕を押さえながら睨みつけてくる。
その顔からは怒りの表情が見て取れた。
「てめぇ、何しやがる!?」
「俺たちの邪魔をするつもりか!? ふざけた真似をしやがって……」
2人の怒気を含んだ声に怯むことなく、オクタヴィオは冷静に努めて優しく言い放つ。
「いやいやお2人さん。 そんなに怒ってないで話し合いでどうにかできない?」
それを聞いた男たちが顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてきた。
「うるせぇんだよ、この野郎がぁっ!!」
「邪魔すんじゃねえって言ってるだろうがぁ!!」
男が拳を振り上げて襲いかかってくる。
「話をしろって言っているだろうに……」
オクタヴィオは小さくため息をつくと、男の拳を躱して腕を掴む。
そしてそのまま地面を転がるように腕を引きながら足を掛けて浮かばせ、投げ飛ばす。
ドスンという鈍い音と共に、男はオクタヴィオの後ろにあった壁にぶつかり、呻き声を上げて動かなくなった。
どうやら気絶してしまったらしい。
それを横目で見つつ、もう一人の男に視線を向ける。
「まだ、やるかい?」
その男は一瞬唖然としていたが、すぐに我に帰ると懐からナイフを取り出してオクタヴィオに斬りかかってきた。
しかし、オクタヴィオその攻撃をひらりと躱すと、相手の手首を掴んでそのまま背負い投げる。
「ごはぁっ!?」
背中から地面に落ちた男は苦痛のあまり悶絶している様子であった。
だが、それでも諦めずに立ち上がろうとしていたので、オクタヴィオは近くにあった縄を使って腕を縛り付ける。
これで簡単には逃げられないだろう。
その様子を見守っていた女性は、オクタヴィオに近づくとそっと手を差し出した。
「ありがとう、強いのね貴方」
オクタヴィオは差し出された手を握り返すと、照れたように笑いながら言う。
「いや、どうってことないさ」
それから周囲に集まっていた野次馬達に視線を向けた。
彼らも何が起こったのかわからず戸惑っているようだ。
無理もないだろう。
いきなり喧嘩を始めたかと思えば、あっという間にオクタヴィオに鎮圧されてしまったのだから。
そんな中、先程オクタヴィオが助けた女性が口を開く。
「貴方、何処かで見た事があるわね……」
「そうかい? 君達みたいな可愛い子が近くにいたなら絶対覚えてる筈なんだけどなぁ」
「お世辞が上手ね」
そう言うと、彼女はクスクスと笑った。
オクタヴィオは照れ隠しなのか、頭を搔くと話題を変える事にした。
「そういや、あんたの名前は何ていうんだ?」
「私? 私はシゼルよ」
「ジゼルか、いい名前だな」
「ふふ、ありがと」
「で、こっちがーーー」
そう言って、オクタヴィオは隣に立つユイエに目を向ければ、その視線に気づいたのか自己紹介を始める。
「私はユイエよ」
ユイエはスカートの裾を軽く持ち上げると、優雅な動作でお辞儀をした。
そんな彼女をシゼルは興味深げに見つめている。
「へぇ……思い出したわ。 あなたが噂の『魔女』なのね」
シゼルはユイエの事を知っていたらしく、納得したような表情を浮かべていた。
それを聞いてユイエは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になると言った。
「あら、私のこと知っているのね。 という事は貴女も魔女なのかしら」
ユイエの反応を見たシゼルは嬉しそうに微笑むと、彼女に近づいていく。
そしてそのままユイエの手を取ると、自分の両手で包み込むようにして握りしめた。
突然の行動に少し戸惑うユイエだったが、彼女の手を振り払おうとはしない。
「ええ、そうよ。 もちろん知ってるわよ。 貴女、魔女の間だと有名なんだもの」
「へえ……?」
予想外の答えだったのか、ユイエは少し目を丸くしている。
そんなユイエの様子などお構いなしといった様子で、シゼルはさらに続けた。
「人と共に仕事をする魔女がいるってよく聞いていてね、いつか会ってみたいと思ってたの」
「そうなの?」
いまいち状況が理解できていない様子のユイエであったが、とりあえず相槌を打つことにしたようだ。
「そうよ。 ああ、嬉しいわ。 まさかこんなところで会えるなんて」
シゼルはユイエの手を放すと、今度は彼女を抱きしめようと腕を伸ばしてくる。
しかし、ユイエはそれをひらりと躱すと、一歩後ろに下がって距離を取った。
「あらあら、つれないのね」
残念そうに肩をすくめるシゼルに対して、ユイエはほんの少し警戒した様子を見せている。
その様子を見て、オクタヴィオは慌てて間に割って入った。
「おいおい、その辺にしておいてくれよな」
「そうね、ごめんなさい」
素直に謝ると、彼女は姿勢を正して佇まいを直した。それを見てほっと胸を撫で下ろすオクタヴィオ。
「わかってくれりゃいいんだ」
それから改めて周囲を見回すと、困ったような表情を浮かべた。
「ところで、こいつらどうしようか……」
気絶したまま転がっている男たちを見ながら呟くように言う。
すると、シゼルは何でもないことのように答えた。
「放っておいていいんじゃない? そのうち目を覚ますでしょ」
「えぇ……いいのか、それ」
オクタヴィオは納得いかないといった様子で首を傾げる。
しかし、そんな彼とは対照的に、シゼルは特に気にする様子もなく淡々と言葉を続けた。
「大丈夫よ、きっと。 それにもし何かあっても自業自得だしね」
その言葉を聞いたオクタヴィオは呆れたような表情を浮かべると、ため息をついた後に小さく呟いた。
「……それもそうだな」
確かにこのまま放置しても問題はないかもしれないと思い直すことにする。
そもそも、彼らが先に仕掛けてきたわけだし、多少痛い目を見たところで自業自得というものだ。
むしろ同情の余地はないと言っていいだろう。
とはいえ、このまま放っておくわけにもいかないので、一応壁際に2人を並べておく。
こうしておけば通行人の邪魔にはならないだろうし、これ以上絡まれることもないはずだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
「行くって何処へ?」
疑問符を浮かべるユイエに、シゼルはニコリと微笑みかけると口を開いた。
「決まっているじゃない、私たちのアジトよ」
「あら、楽しそうね」
「え、それってどういうーー」
オクタヴィオの言葉を遮るように、突然大きな声が響き渡る。
「おい、お前たち! そこで何をしている!?」
3人が声のした方を見ると、そこには衛兵の姿があった。
それを見たオクタヴィオは、やれやれといった感じでため息をつくと、シゼルに話しかける。
「こりゃまずいな……」
「どうするの?」
「逃げるしかないだろ!」
そう言うと、シゼルとユイエは魔力を操作して浮かび、飛行していく。
オクタヴィオはそれに追従するように駆け出す。
その勢いのまま、3人は人混みの中に消えていった。
その後、残された男たちは住民からの話により当然の如く捕まってしまうわけだが、それはまた別のお話である。




