第11話
それから数十分後、オクタヴィオ達はようやく目的の場所まで辿り着いた。
そこは一見普通の屋敷に見える建物だった。
しかしよく見ると建物の周囲には異様な雰囲気が立ち込めており、一般人ならばまず近づこうとはしないだろう。
そんな中、オクタヴィオは躊躇いなく扉を開けて中へと入っていった。
それに続くようにユイエが続く。
二人が中に入ると、扉は勝手に閉まってしまった。
「うおっ!? 閉まっちまった」
「逃がさないってことかしらね」
それを見て驚く二人だったが、すぐに気を取り直して先へ進むことにした。
通路は薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせている。
壁には絵画や彫刻などの美術品が飾られており、それらがより一層不気味さを演出していた。
オクタヴィオは周囲を警戒しつつ進んでいくと、不意に立ち止まった。
どうしたのかとユイエが訊ねる前に、オクタヴィオが口を開いた。
「誰かいる」
その言葉を聞いたユイエは真剣な表情になると、静かに頷いた。
オクタヴィオは気配を殺しつつ慎重に歩を進めていった。
そして曲がり角に差し掛かった時、不意に物陰から人影が飛び出してきた。
「いきなりかよッ!」
オクタヴィオは咄嗟にベティを構えると即座に発砲した。
放たれた銃弾は正確に襲撃者の肩部を撃ち抜いた。
「ぐッ!? チィッ!」
男は舌打ちをすると、腰のホルスターから拳銃を抜いて構えた。
それを見たオクタヴィオは咄嗟にユイエを庇うように前に出ると、発砲した。
銃声と共に弾丸が放たれるが、それは男の持っていた拳銃を正確に撃ち抜き、弾き飛ばした。
男が怯んだ隙を狙って距離を詰めると、回し蹴りを叩き込んだ。
強烈な一撃を受けた男は吹き飛ばされ壁に激突すると動かなくなった。
それを見たオクタヴィオはハッとした表情をすると、慌てて蹴り飛ばした男の元へ走っていく。
「だ、大丈夫か!? いきなり出てくるもんだからつい体が動いちまったんだが……まさか死んじまったんじゃ……」
焦るオクタヴィオに対して、ユイエは落ち着いた様子で言った。
「大丈夫よ、気絶しているだけみたい」
「良かった〜……結構イイの入れちまったから焦ったぜ……」
それを聞いて安心したのか胸を撫で下ろすオクタヴィオだったが、すぐに気を引き締め直して周囲を警戒し始めた。
その様子を見たユイエは小さく溜め息を吐くと、口を開いた。
「それにしても、この屋敷には何があるのかしら? さっきの奴もそうだけど、他にも仲間がいるかもしれないわね」
「そうだな、とりあえず気をつけて行こう」
その言葉に頷くと、オクタヴィオは再び歩き始めた。
薄暗い廊下を歩いていくうちに、徐々に周囲の様子が変化していった。
先程まではただの美術館にしか見えなかったのだが、今ではまるで貴族の屋敷のようにも見えるほど立派な造りになっていた。
床や壁、天井に至るまで細かな装飾が施されており、至る所に高価そうな調度品が置かれている。
天井に吊るされたシャンデリアには明かりが灯っており、煌びやかな輝きを放っている。
「へぇ……最初の雰囲気から打って変わって豪華になってるな」
オクタヴィオは思わず感嘆の声を漏らしてしまったが、すぐさま首を振って正気を取り戻すと、再び歩き出した。
それから数分後、2人は大きな扉の前へと到着した。
重厚な作りの扉で、とても頑丈そうである。
「ちょっと押してみるか……ッ!」
オクタヴィオが試しに押したり引いたりしてみたがびくともしなかったため、諦めて別の道を探すことにした。
「仕方ないわね、他の部屋をーーー」
「誰だッ!」
その時、オクタヴィオは背後から気配を感じて銃を出しながら振り返ると、そこには執事服姿の老人が立っていた。
老人は恭しく一礼すると声をかけてきた。
「お待ちしておりました、お二方」
突然のことに驚いた二人だったが、すぐに臨戦態勢を取る。
だがそんな様子を見ても老人は臆することなく言葉を続けた。
「私は当家の使用人頭を務めております、トマスと申します」
丁寧な口調とは裏腹に、その表情からは敵意のようなものを感じることが出来た。
(コイツ、只者じゃないぞ……!)
瞬時にそう判断したオクタヴィオはベティを構えたまま訊ねた。
「ベルナデッタはどこにいる? もしかしてアンタが案内人ってわけかい?」
その問いに、トマスと名乗った老人は首を横に振った。
「いいえ、私共はあくまであなた方の足止めをする為の存在でございます」
「つまり、この先にもまだ敵がいるということか」
「左様でございます」
それを聞いたオクタヴィオは大きく溜め息を吐いた。
「ハァ……勘弁してくれよ……こっちは急いでるんだ」
「ご安心ください、貴方がたがたどり着く頃には全て終わっております故」
「それじゃ、困るんだけどなぁ……やっぱり話し合いとかで何とかならない?」
それを聞いたトマスは一瞬キョトンとした後、笑い出した。
「ハハハハハ! いや失礼、あまりにも可笑しかったものでしてね……」
ひとしきり笑うと、彼は姿勢を正して言った。
「残念ですが、我々も仕事ですのでそういうわけにはいきません」
その言葉を聞き終えると同時に、二人は同時に攻撃を仕掛ける。
先手を取ったのはオクタヴィオだった。素早く引き金を引くと銃弾を放つ。
狙いは肩部だった。
一発目は外れたものの、二発目は見事に命中する。
「ぐっ!?」
被弾した箇所を押さえつつ後退る男に向かって追撃を行うべく、オクタヴィオは更に距離を詰める。
そのまま一気に間合いを詰めると、銃身で相手の頭部を殴打しようと試みる。
しかし寸前のところで回避されてしまった。
トマスは体勢を崩しつつも反撃を試みるべく銃を振り上げるが、その攻撃が届くよりも早くオクタヴィオが再びベティを構えていた。
今度は反対側の肩を狙うつもりだったらしく、銃口は既にトマスの肩に向けられていた。
そして躊躇なく発砲する。
放たれた弾丸は真っ直ぐに飛んでいき、男の肩部を貫いた。
「ぐあぁッ!!」
悲鳴を上げて倒れ込むトマスに、油断なくオクタヴィオはベティの銃口を向ける。
「さて、どうする? もう両肩は使えないが」
そう言ってベティを構えながら、オクタヴィオは男に問いかけた。
それに対してトマス苦笑しながら答えた。
「……本当にお強い。 私もそれなりに自信はあったつもりですが、赤子の手を捻るかのようにとは……」
「それ以上動くと出血が酷くなるぞ。 ユイエに治療してもらえ」
「ええ、確かにこのままではまずいでしょう……。 ですが、そんなに油断していてよろしいのかな?」
「なんだと?」
訝しげな表情を浮かべるオクタヴィオに対し、トマスは静かに微笑むと言った。
「こちらが攫ってきた魔女の力、知らないわけではあるまいな?」
その言葉にハッとするオクタヴィオだったが、少し遅い。
一瞬でトマスが懐からナイフを取り出して、それをユイエへと放つ。
「させるかッ!」
ユイエに届く前に、オクタヴィオはトマスから標準を外してナイフを撃ち抜く。
鉄と鉄がぶつかり合う音と共にナイフが弾かれる。
「オクタヴィオ前を見なさい!」
ユイエの声に反応してオクタヴィオが振り向けば、いつの間にか魔力を帯びた石を持ったトマスがその石を振りかざしていたのだ。
完全に不意を突かれたオクタヴィオは撃ち抜こうとするが間に合わない。
次の瞬間、眩い閃光が迸ったかと思うと轟音と共に爆発が起こった。
爆煙が周囲に立ち込める中、オクタヴィオは咳き込みながら起き上がると叫んだ。
「ゲホッゴホッ! クソッ、やられた……!」
悪態を吐きつつ立ち上がると周囲を見回す。どうやら直撃は免れたらしい。
「ユイエ、無事か!?」
「えぇ、なんとか大丈夫よ……」
声の聞こえた方に視線を向けると、そこにはユイエの姿があった。
彼女の周囲には防御障壁が展開されており、無傷のようだ。
それを見て安堵しつつ、オクタヴィオは訊ねる。
「怪我は無いみたいだな、良かった……」
安堵した様子のオクタヴィオに対して、ユイエは微笑んで答える。
「ありがとう、心配してくれて嬉しいわ」
「当たり前だろ、大事な相棒なんだからさ」
「ふふっ、そうね」
微笑み返すと、オクタヴィオは改めて周囲を見回した。
先程までいたはずのトマスの姿は何処にも見当たらなかった。
「アイツはどこに行ったんだ……?」
「恐らくだけど、今の爆発に乗じて逃げたんじゃないかしら」
「なるほどな……まぁいい、今は先を急ごーーーッ!?」
ゾワリと、オクタヴィオの背筋が一斉に粟立つ。
咄嗟に背後を振り返るも誰もいない。だが確実に見られているという感覚がオクタヴィオを襲っていた。
(どこだ……? どこから見ている?)
警戒を強めつつ周囲を注意深く観察するも、何も見つからない。
(くそったれめ!)
苛立ちを覚えながらも視線の主を探し続ける。すると不意に頭上から声が聞こえてきた。
「何処を見ておられるのかな?」
その言葉を聞いた瞬間、オクタヴィオは反射的にベティを構えると声がした方向へと発砲する。
銃声が鳴り響き、薬莢が落ちる音が響き渡る。
それと同時に、オクタヴィオ達の目の前に満身創痍だった筈のトマスが、体に見たことのある光の膜を纏いながら降り立った。
その姿を見て驚愕の表情を浮かべる2人を尻目に、トマスは悠然と言い放つ。
「いやはや、流石ですなぁ。 魔法で力を底上げした私を捉えかけるとは」
「おいおい……」
「あの光は確か……」
驚く2人を他所に、トマスは余裕たっぷりといった様子で語り始める。
「おや、これですかな? この力はあなた方もご存知なのでは?」
「それはベルナデッタの……。 どうしてアンタが使えるんだよ」
オクタヴィオが問うと、トマスは得意気に答えた。
「簡単な話です、魔女の力を石に込めてそれを発動させたのです」
そう言うとトマスは自分の胸元を指差す。そこには赤い宝石のようなものが埋め込まれていた。
それを見たオクタヴィオはすぐにそれが何かを理解する。
「魔女の力を込めた魔石ってやつか……」
「その通りでございますよ、よくご存じでいらっしゃる」
魔石ーーーその名の通り、魔力を宿した特殊な鉱石である。
主に魔道具の作成に使用されるのだが、用途は多岐に渡り、武器としても使用可能な代物だ。
ただし、非常に価値が高く、市場でも高値で取引される事も少なくない。
「まさか、そんなものまで持ち出すとはね……」
「それだけ必死という事ですよ」
オクタヴィオの言葉に、トマスは淡々と答える。
「さぁ、無駄話はここまでにしましょう。 強化された私に追いつけますかな?」
「なあ、やっぱり話し合いでどうにかーーー」
「なりませんね」
即答するトマスに対し、オクタヴィオは困ったように頭を掻く。
そんな様子を見てユイエは小さく溜め息を吐くと言った。
「……仕方がないわね、こうなったら強行突破するしかないわよ」
「だよなぁ……やれやれだぜ」
そしてオクタヴィオは覚悟を決めると、そのまま駆け出す。
ユイエはそのまま腕を組んでオクタヴィオの姿を見つめる。
「さて、どうなるかしらね」
そう呟くと、ユイエは静かに微笑んだ。
トマスとオクタヴィオは互いに距離を詰めていくと、同時に銃を突き出す。
しかし、そのタイミングはほぼ同時であった為、銃弾同士が衝突し合い、甲高い音を響かせると同時に弾け飛んだ。
「ちっ!」
舌打ちしながら、再度銃を向けるが、それもまた同じ結果に終わる。
二人は即座に間合いを詰めると、拳を交え始めた。
両者の拳が交差する度に鈍い音が響き渡る。
やがて二人の動きが止まると、肩で息をしながらも睨み合っていた。
「……やるじゃないか」
「……そちらこそ」
短く言葉を交わした後、お互いに距離を取ると呼吸を整えてから再び構え直す。それからほぼ同時に動き出すと殴り合いを再開した。
一撃ごとに重い衝撃音が鳴り響き、お互いの体が軋みを上げる。
それでも両者は一歩も引かず、むしろ闘志を燃やしながら更に力を込めていった。
しばらく激しい攻防が続いた後、2人は一旦間合いを取り直した。
そして息を整えると、お互いを睨み付ける。
「そろそろ終わりにしようか」
「同感ですな」
オクタヴィオの提案に同意すると、トマスは両手を前に突き出した。
次の瞬間、オクタヴィオの背筋がまた粟立つ。
(来る……!)
そう思った時には既に遅かった。
突如足元から巨大な狼が出てきて、オクタヴィオの体を捕らえたのだ。
突然の事に動揺していると、今度は上から無数の獣が現れてきて、オクタヴィオの全身を拘束し始める。
抵抗を試みるも少しは動くが、離れる気が全くしない。
それどころかどんどん噛みつかれていき、身動きすら取れない。
その様子を見ていたユイエは叫ぶように言った。
「オクタヴィオ!」
「うぐっ!? あぐぅっ……!」
オクタヴィオはその場で捕えられてしまう。
必死に足掻こうとするものの、全く歯が立たないようだ。
その様子を見たトマスはニヤリと笑うと言った。
「これでチェックメイトですね」
その言葉に呼応するかのように周囲の地面から次々と獣が現れると、次々にオクタヴィオへ襲いかかってきた。
その姿はまるでゾンビのようだった。
目は虚ろであり、口からは涎を垂らしている。
明らかに普通ではない状態だ。
「ぐぅぅッ!!」
全身に走る痛みに苦悶の声を上げるオクタヴィオだったが、そんな彼の事などお構いなしとばかりに、次から次へと襲ってくる。
その度に彼の体は傷だらけになっていった。
「おやおや、まだ元気があるようですな」
その様子を見ていたトマスは感心したように言うと、ゆっくりと歩み寄ってくる。
オクタヴィオは痛みに耐えながらも、動こうとするが、その前にトマスによって腹部を殴られてしまった。
「がはっ!?」
肺の中の空気が全て吐き出されてしまい、呼吸ができなくなる。
「ふふ、苦しいですか? ではこれにて最後にいたしましょう」
そう言って笑うと、トマスは握りしめた拳に魔力を纏わせていく。
「では、もう会うことはないでしょうーーーさらばです」
言い終わると同時に、トマスはオクタヴィオに向かって拳を振り下ろすーーー!
その瞬間、辺りに轟音と共に土煙が舞い上がる。
誰もが最悪の結末を想像しただろう。
だが、それは杞憂に終わった。
「あっぶなかった〜……」
何故なら、そこに立っていたのはオクタヴィオだったからだ。
多少の傷はあるが、何事もなく服を払いながら立っている。
オクタヴィオは不敵な笑みを浮かべると、トマスに言った。
「おいおい、どこ狙ってんだ? それとも手加減してくれたのか?」
オクタヴィオの言葉を聞いた瞬間、トマスの表情が一変した。
怒りの形相を浮かべると再び攻撃を仕掛けてくる。
「貴様ァァァァァアアア!!!」
先程までとは比べ物にならない程の速度で繰り出される魔力を纏う拳打の数々を、オクタヴィオは全て紙一重で躱していく。
「動きが単調すぎるぜ!」
オクタヴィオは淡々と反撃の機会を窺っていた。
すると、隙を見つけたのか、オクタヴィオは素早く身を屈めるとトマスの足を払うように蹴りを放つ。
バランスを崩した所にすかさず銃床を叩き込む。
「ごふっ!?」
強烈な一撃を受け、咳き込みながらトマスは床へと沈む。
床へと倒れ込んだトマスが顔を上げると、そこにはオクタヴィオが立っていた。
「勝負ありだな」
「ぐっ……!」
悔しそうに顔を歪めるトマスに対し、オクタヴィオは呆れたように言った。
「ったく、しつこい男は嫌われるぞ?」
「貴殿はどうやってあの拘束を……?」
疑問をぶつけるトマスに対して、オクタヴィオは冷静に告げる。
「簡単な話だ、爆発する直前に1番デカい狼に弾を喰らわせて拘束を抜け出したって訳だ」
「馬鹿な……あれは魔女の力だぞ……」
戸惑うトマスにオクタヴィオは説明を続ける。
「魔女の力を過信し過ぎだ。 抜けようなんて幾らでもある」
「なっ、なんだと……!?」
驚愕の表情を浮かべるトマスにオクタヴィオは続ける。
「こちとら魔女とそれに連なる者とやり合ってんだ。 対処方は身に染みてわかってる」
「そんな……ありえない……」
呆然とするトマスを尻目に、オクタヴィオはユイエの元へ向かう。
ユイエはオクタヴィオを見ると、安堵の表情を浮かべた。
「無事で良かったわ」
「もう少し相棒の事を信頼しろって。 これでもプロだぜ?」
オクタヴィオがそう言うと、ユイエは彼の身体に手を触れる。
そして、指を鳴らすとオクタヴィオの体へと暗い光が流れ込んでいき、噛みつかれた腕や足の出血が止まっていく。
「ほら、これで大丈夫」
少し得意げに胸を張るユイエに対して、オクタヴィオは苦笑するしかなかった。
「ありがとさん。 それじゃあ進むとするか」
そう呟くと、オクタヴィオは再び歩き出した。




