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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
1章、贖罪のスピネル

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38、王兄殿下は子供を人質にお取りになりました?

(えっ? カントループ? ハルシオン様? いえ、まずは子供を助けなきゃ?)


 フィロシュネーは慌ててミランダに「あの女王役の子供が悪党集団に(さら)われています」と事情を打ち明けた。

 

 ミランダの指示で空国の兵士たちが子供を救出に向かい、すぐに事件は解決する。



「うわああああん! ママぁ!!」

「ああ、ああ!! リタ! ごめんね、怖かったね……! ママ、守ってあげられなくてごめんね……!!」

「ママぁ~!!」


 女王役の母親は涙で化粧を崩しながら必死に駆け寄り、愛情深く大切に我が子を抱きしめた。


 母子が感動の再会を果たすと、後ろから「また奇跡を行使なさって」と呟く声が聞こえる。サイラスだ。不満が感じられて、フィロシュネーは唇を尖らせた。


「わたくしは良いことをしたじゃない? 人助けしたのよ。なぜ褒めないの、サイラス」

「善行をなさるのは素晴らしいと思いますよ、姫。さすがです。すごいです。えらいです。ただ、俺の忠告がまったく御心に届かなかったのだなと」

 

「褒め言葉が棒読みですっ。わたくしが危険にさらされても、あなたが守ってくれるのでしょう? だったら、わたくしは何をしても全然危なくないじゃない? 違う?」

  

「姫殿下、娘を助けてくださってありがとうございます……っ」


 女王役が頭を下げて感謝を伝えてくる。華やかな赤い花をモチーフにした髪飾りが、しゃらりと揺れた。

 

「ひいん。オレたち、どうなるんだよう」

「命だけは! 命だけは助けてくれ! おれは金をもらって従っただけなんだ!」


 捕縛された悪党の中には、ハルシオンはいなかった。


(黒幕はハルシオン様なのかしら?)


 あんなこと、なさる? でも、なさるかもしれない。だってあの方、お心が不安定なようだから。


「ミランダ?」

「なんでしょう、姫殿下?」

「あのう。カントループって、悪いことをしたり、しないですわよね?」

 あっ、視線を逸らされた……。

「商会長は偉大な方なので、卑小なる人間たちの善悪でその行動の良しあしは測れないといいますか」

「あっ、はい。うん。ミランダが言いたいことは、わかるわ。困らせてごめんなさい」


(今度、ご本人に直接お尋ねしましょう)

 フィロシュネーは気を取り直して祭りを楽しんだ。

 

 力比べ会という看板が出されていて、いかにも力自慢といった男たちが並んでいる。

 近くには博識討論会という看板もあって、こちらは、学者風の男女が集まっている。

 似た看板が出されているから、この二つの主催は同じ者なのだろうと思われた。


「能力を示せば、トロフィーが貰えたり、賞金がもらえたり、お偉いさんに取り立ててもらって立身出世のチャンスがあるとか、ないとか」


 ミランダは、呼び込みをしている男の腕に黒布があると呟いて「祭りに乗じた、募兵活動の一種なのかもしれませんね」と首をかしげた。


「フィロシュネー殿下! 僕は力比べ大会でトロフィーを獲得して参りますっ」

 シューエンは張り切って腕まくりをして、受付に向かっていく。博識に自信はないらしい。

 保護者然とした雰囲気で、ダイロスじいさんがついていく。


 それほど大きくはない会場だ。中心に縄を置いて区切られた円状のスペースがある。

 老若男女ばらばらの参加者は、くじ引きをしてそのスペースで力比べをしていた。

 

「大きな岩を魔力や腕力で持ち上げて力自慢しているのです」

 

 用意された保護者席、ならぬ観客席は、手作り感溢れる木製の長椅子だった。頭上には、色とりどりの旗や幟が飾られていて、お祭り感がある。

 

「がんばるのじゃぞ、じいちゃんトウキビ食いながら応援するわい」

 

 トウキビ、というのは、トウモロコシのことだ。

 高温で、日照の多い条件下でよく育つ穀物。黄色い粒がこんがりとしていて、香ばしいタレを纏わせている焼きトウキビを頬張るダイロスじいさんは、元気いっぱいといった雰囲気だった。

 

「姫殿下。そういえば以前、銭袋を返してもらったばあさんがいたでしょう。あのばあさん、泣いて喜び感謝しておりましたぞい。今日もみんなと一緒に黒い旗を振っておりますのじゃ。姫殿下も、大地の恵みをお召し上がりくだされ」

「ああ、あの銭袋の。それはよかったわ。ありがとう」


 しかも、余分に買ったらしき一本を差し出してきたりする。空国の兵士たちから「なんでこのじいさんは悪びれずに近づいてくるのだ」という囁きが聞こえて、フィロシュネーはもっともらしく頷いた。兄アーサーの言った「鞭打ち」という言葉を思い出しながら。


「わたくしが許したからです」


 フィロシュネーは正義の執行をする立場として、堂々と言い渡した。


「わたくしは罰金を徴収した上で鞭打ちにして、さらに彼の孫を差し出させ、奴隷として働かせていますの。孫の命が惜しければ下手な振る舞いはせぬよう言い含め、今も食糧を献上させています。聖女であり王族であるわたくしの裁定に、何か文句があって?」

 

 鞭を扱ったことはないが、今度練習してみようかしら。兄アーサーはこんな時、もっと威圧することができる。自分には迫力というか、怖さが足りないのだ。フィロシュネーはこっそりとそう思った。


「姫はどこで鞭打ちなどを学ばれたのでしょうか。大好きな死罪はもうよろしいので?」

 ほうら、サイラスがまた茶々を入れてくる。


「サイラスはなぜわたくしが死罪に心惹かれているとお思いになっているのでしょうか? わたくし、心外です」

  

 サイラスの手がトウモロコシを受け取って、さりげなく逆の手の人差し指が虚空にくるりと円を描く。毒性を確認して、浄化の魔法を使っているのだ。

 その手が小さなナイフでトウモロコシの粒の部分を削り、木製の器へと盛ってくれる。

 

「どうぞ、姫」

 

 木皿に盛られたトウモロコシを渡される。

 木皿とお揃いの木のスプーンを手に口に運んでみれば、トウモロコシは美味しかった。


「わぁっ! チビがあんなでっかい岩を持ち上げたぞ!」

 観戦者が手拍子や声援で熱いエールを送り、試合の熱気を高めている。


「おいしい」 


 キャラメル化した表面は香ばしく、食感もさくさくとしていた。

 外側がキツめに焼かれていて、中はジューシーな食感。タレは甘味と塩味の両方がある。

 

 焦げ目がついた部分には苦味も感じられるけれど、それがトウモロコシの個性を引き立てている。

 香ばしさと、甘み、そして苦みという三拍子が合わさって、奥深い味わい。わいわい、がやがやとした熱気ある環境も相まって、楽しい気分。

 

「姫殿下が焼きトウモロコシを召し上がったぞ」

「同じものをくれ!」


 そんな声があがって、トウモロコシが売れていく。


「姫が美味しそうに召し上がるだけで商会の商品が売れます。金が稼げますね。姫の大好きなカントループ商会長が喜びますね」

 

 サイラスはそれがとても良いことのように言って、ドリンクを選ばせた。

 

「ベリーソーダは、新鮮なベリーを絞って作ったジュースに炭酸水を加えた南方の飲み物です。鮮やかな色とフルーティーな味わいが特徴」

「わぁ、綺麗ね」

 

「アップルシードルはリンゴジュースにシナモンやスパイスを加えて作る、北方で広く飲まれていたリンゴの発酵ドリンクです」

「富める北方の文化には、とても興味がありますわ」

 

 わたくしが飲むと、飲んだほうのドリンクがたくさん売れるのね。

 フィロシュネーは「両方を少しずつ味わってみたいわ」と微笑んだ。


「フィロシュネー殿下、僕の活躍いかがでしたか! 格好良かったですー!?」

 シューエンが手を振っている。いつの間にか活躍していたらしい。


「実はぜんぜん見てませんでしたけど、かわ……格好良いと思いますわ~!」 

「フィロシュネー殿下、そこは嘘でいいので『見てました』って仰ってくださぁい……」

 

 シューエンは「僕のパワーが認められたようで、立身出世のチャンスにありつけるようで! 僕、ちょっと成り上がってまいります! フィロシュネー殿下は引き続きお祭りをお楽しみくださいませ!」と言って黒布のスタッフに連れられて行った。サイラスが「成り上がり?」と首をかしげている。


(立身出世もなにも、あなたは七男とはいえ名家の令息でお兄様の取り巻きでしょうに。青国王太子の側近以外に、どこでどう成り上がるのよ)


 心の中でツッコミをいれつつ、フィロシュネーは他のコーナーを巡った。 


(成り上がりといえば、やっぱりサイラスよね。サイラスは、なんだかんだで叙勲が帳消しになってしまっているわね。わたくしに無礼を働いたから、自業自得ですけどね!)



 もしも青国が王都を取り戻し、元通りのお姫様に戻れたら、お父様に「やっぱり叙勲してあげて」と言おうか。一代限りで、領地も持たない準男爵あたりでいい。護衛ぶりを評価してあげて、お金もたくさんあげて。もっといい子にしていたら、わたくしが持っている領地をあげるわよって言ってあげるのだ。

 貴族らしい服飾をわたくしが見立てて、きらっきらに格好良く飾り立ててあげる。元がいいから、きっととっても飾り甲斐があるわ。

 もちろん、見た目だけじゃなくて、ちゃんと所作も上流にならなきゃだめ。わたくしが優しい先生を選んで、パーティの時は一緒についていって、教えてあげる。


(ふふっ、想像しただけで楽しい!)


 慰霊祭のためのコーナーは、先祖や故人を(しの)ぶために蝋燭(ろうそく)を灯して祈りを捧げることができた。


 その空間だけは静かで荘厳な雰囲気に包まれていて、祭りの賑わいと対照的に、心が静まるような場所となっている。夜になればもっと幻想的でしっとりとした雰囲気が出るに違いない。

 旗を立てていた傭兵がサイラスを手招きして、何か話し合っている。顔見知りらしい。

 

「心変わりをしてすみませんが、やはり褒美は遠慮せずいただこうかと」

 

 そんなサイラスの声を耳にしながら、フィロシュネーは広場へと戻った。

 

 ――あなた、遠慮なんてすることあったの? というツッコミを心に秘めて。

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