37、英雄は「俺はろりこんではない」と供述しており
フィロシュネーは、空王アルブレヒトという人物も気になっている。
青国で会ったときは、苦労してそうとか、まともそうとか思ったものだった。そして先日過去を覗いた時は、ハルシオンに並々ならぬ複雑な情を抱いているようで、預言者ネネイの進言に激昂していた。
(罪を犯したのは、第二王妃と第二王女。彼女らは処刑されたわね?)
フィロシュネーは考える。
(処刑したのは、王都を掌握した空王アルブレヒトよね?)
神鳥の奇跡で見た情報によると、空王アルブレヒトには罪がある。
先代の空王を殺害した。そして、ハルシオンに呪いをかけて猫にして、王位に就いた。
それから? 第二王妃と結託していた……。
(悪人、よね。共犯者を処刑して、自分は無実ってことにしているのよね)
フィロシュネーの感性は、その事実から空王が悪だと判断する。正義を執行する理由がある。彼は、断罪されるべき罪を犯している人だ。
(お友達のお庭に悪党がいたから助けに参じて悪を裁いた。そこまでは正義としても、その後でお庭を占拠してお友達を殺そうとなさる……その振る舞い自体、第三者から見れば悪ではなくて?)
兄、青国王太子アーサーは、そこで紅国に助けを求めたのだ。紅国は協力してくれている。
(それで? 今度はアルブレヒト陛下を『友のお庭にいる悪党』と定めて正す?)
その後は、どうなるだろう。
王太子アーサーの狙い通りになれば、アルブレヒトとハルシオンが処刑される。
青王クラストスの狙い通りになれば、アルブレヒトが処刑されて、ハルシオンは空王になる?
(うーん? なんだか、嫌な感じ)
あの「父が悪辣な王」の悪夢は?
「カントループに殺される」白昼夢は?
二つの夢はただの夢だった? 無関係?
都市が荒れ果てていたのは、「呪い」のせいだけ?
壇上から降りると、サイラスがもの言いたげな視線を注いでいる。
他の民が向けてくる眼差しと違って、あまり「すごい」とか「聖女様」とか、尊崇の念が感じられない。
「発言を許しますが? サイラス?」
言いたいことがあるのでしょう。
すごいとか、一生ついていきますとか、今日の装いは似合っていますねとか。
……ちょっとだけなら、お小言も許します。
フィロシュネーはミランダの手をきゅっと握り、昂然と顎をあげた。
「特に何も。わん」
短い返答は、労力を惜しむようだった。投げやりだ。
「い、犬の真似は、おやめ。わたくし、それ、きらい……すごく残念な気持ちになるの……あなた、前贈った本は読んだ? ヒーローは犬の鳴き真似なんて、しないのよ」
「37ページ読みました」
「読書感想文はわたくしに出すのよ……」
フィロシュネーは残念な現実から目を背けて、都市を巡った。
「姫がお持ちの本のヒーローに俺が共感するのは難しいですよ。生まれ育ちが違いすぎて。まだ路地裏で残飯を漁る野良犬の気持ちの方が理解できます。俺は清廉潔白でもないし、土地もまだ貰ったことがないのですよ」
サイラスの低い呟きが聞こえると、フィロシュネーは「それはそうかもしれない」と思ってしまう。
(わたくしはあなたたちの気持ちがわかった気がしたけど。あの奇跡を見ていて、わたくしは追い詰められて生きるために乞食や盗みを働くのが、仕方ないと思う気持ちが湧いたけれど)
だって、そうしないと死んでしまうのだもの。自分や、自分の大切な誰かが。
わたくしが同じ立場でも、そうするしかないわって思ったのだもの。
* * *
はらり、ひらり。
奇跡ではなく自然の枝に咲く薄紅の花びらが舞い降りる中、幼い子の手をしっかり繋いで、親たちが明るい声で語り合っている。
「南方の街からいらしたの? なら、びっくりしたでしょうねえ!」
「ええ、ええ! お姫様がお人形さんみたいに可愛らしくて、目の前で喋って! 黒の英雄があんな風に傅いて。どうして犬の真似を? 普段からああなの?」
「姫殿下のお膝元で暮らす私たちは見慣れているのよ、うふふ!」
「あの方は……ろりこんなの……?」
「やだーぁ!」
「うふふふ!」
なにやらとっても、盛り上がっている。
「ねえ、サイラス。ろりこんとは何かしら? お兄様も仰ったの」
「北方、あるいは南方伝来の言葉ですね。性的な嗜好を表す俗な言葉ですから、不用意に口になさると姫の品格が疑われます。その単語は使わないように」
ミランダとシューエンが意味ありげな視線を交わしている。二人が意味を理解しているのだと察して、フィロシュネーは好奇心を刺激された。
「わたくしの英雄は、ろりこんなの?」
「姫は本当に俺の忠告が耳に入らないのですね。俺はろりこんではありません」
フィロシュネーは頷いた。
そして、肩をそびやかして噂話に花を咲かせる奥様方に声をかけた。
「ごきげんよう、奥様方」
「まあっ、姫殿下!」
畏まって頭を下げる親の顔を見上げて、子供が「きゃっ、きゃっ」と笑っている。手には、風車があった。
「わたくしの英雄の性的嗜好を噂する声が聞こえたのですが、本人はろりこんではないと供述しているので、認識を改めていただきたいの。彼の名誉を風雪の柚子で貶めては、いけないのよ」
「色々酷い」
後ろからサイラスの声が聞こえる。
(あなたの名誉を守ってあげようとしているのではなくて? 感謝なさい!)
フィロシュネーはツンと顎をあげた。
「ふうせつのゆず?」
「風雪とは風に舞う雪、つまり噂をいいますの」
それは、とても綺麗で雅やかな宮廷の言葉なのだ。
フィロシュネーは優しく説明してあげた。
「柚子というのは、柑橘系の果実です。とても流通量が多い果実ですから、噂をたくさん広めて広めまくることを言う言葉なのですわ」
背後から「姫は既存の言葉をご自分流にアレンジなさり、新しい言葉をつくるのがお好きなのです」という説明が足されると、親たちは「素敵な言葉ですわね、殿下!」とニコニコしてくれた。
「わたくし、アレンジなんてしていない……」
「さあ参りましょう姫、ボロが出る前に。もう手遅れかもしれませんが」
サイラスはそう言って出店の方へと背を押した。ちょっと強引だった。
もしかしたらわたくしに名誉を守ってもらえて、嬉しくて照れているのかしら? フィロシュネーはそう考えて、「仕方ないわね」と許してあげた。ところでボロとか手遅れってなにかしら。
カントループ商会は、店をたくさん出していた。
「お祭りをすると、お金がかかる。けれど、お祭りで物を売ると、お金が儲かる……最終的に黒字になったら、ハルシオン様も喜ばれるのではないかしら」
「まあ姫殿下、お金の心配などなさらなくても大丈夫です」
ミランダがびっくりしている。兄アーサーが「兵糧攻め」という解釈をしていたのだと伝えたら、もっとびっくりするのだろう。
「お金は何もないところから湧いてこない。ハルシオン様のお金も、元をたどれば民の血税なのではなくて? そう思うと、軽はずみに大きなお祭りを望んだことに胸が痛む心地がするのです」
今更? という突っ込みが聞こえた気がするが、フィロシュネーは聞かなかったことにした。
「わたくし、お金稼ぎに興味があります。そうだわ、奇跡を行使して賭博に興じたら、お金を儲け放題なのではなくて?」
「ひ、姫殿下? 姫殿下? 今、賭博と仰いましたか?」
夕方からの劇のリーフレットが配られている様子に興味を惹かれて視線を送ると、艶やかなお姫様が黒衣の傭兵と簡易劇を魅せている。
「本番前の宣伝として、短いワンシーンを演じてるのですよ。私は賭博より、劇が素敵だと思います、ロマンスだそうです」
ミランダが囁いて、リーフレットを持たせてくれた。もしかして、と思って見れば、劇の内容は紅国の女王様と黒の傭兵とのロマンスであった。
「そんなことは、この紅国ではあり得ません。あなたの常識は、ここでは通りません」
お姫様が舞台映えしそうな大きな仕草で声を響かせている。大人の女性の色香を感じさせる、低めでやわらかな声だ。
少し顔色が悪い気がする。目が合った時に助けを求めるような感情が伝わったので、フィロシュネーは奇跡を行使して調べてみた。
(あっ、彼女、大変な事件に巻き込まれているわ!?)
神鳥が見せる映像の中で、なんと彼女は悪党集団に子供を奪われ、人質に取られていた。
数人が徒党を組む悪党集団の首魁は、誰かに似た容姿だ。白銀の髪をしていて、目元を覆う仮面をしている。青年期の始めくらいの年齢の――『カントループ』だ。
『紅国の女王様と黒の傭兵とのロマンス? はーっ? そんなの上演して俺の姫がしょんぼりしてしまったらどうするんだ。なんで許可してしまうのか……、女王役はセリフを変えて、悪役になるように』
『そ、そんなこと』
声をあげる女王役を一瞥して、青年の手が仮面を外す。
『ふんふんふん……♪ 頭が高いぞ、ひれ伏すがよい。俺を誰だと心得る』
あらわになったのは、まごうことなき王族の証。移り気な空の青だった。




