クリスマス番外編2~「あーう!」 「あーい!」
吐く息が白い。
頭上は藍色の夜空がよく晴れていて、冬の王都は光に包まれていた。
空国の王都を訪ねたフィロシュネーは、お忍びスタイルでハルシオンに迎えられていた。
「ようこそ、楽しいバザールへ。シュネーさんにとって思い出に残る素敵なクリスマスになりますように」
商会長カントループとしての格好をしたハルシオンは、同行のサイラスを見てわざとらしく残念そうな表情をしてみせた。
「ノイエスタルさん……サイラスさんは、ついて来なければいいなと思ったのですが来ちゃいますよねー、そうですよねー」
そんなハルシオンの手にクリスマスのメッセージカードを持たせて、サイラスは淡々とコメントした。
「明るくて賑やかで、すごく素敵なバザールですね。ただし、カントループさんの余計な発言で俺の好感度は下がりましたが」
「え、私への好感度あったんですか、サイラスさん? そしてこのカードはシュネーさん作ですね。なんて可愛いカードでしょう! 渡してくれるのがシュネーさんならもっと良かった!」
「そうおっしゃると思ったから俺が渡しました。好感度はたまに生じるのですが、すぐ下がるんですよね。なぜでしょう。ところで、なぜ俺を名前で呼ぶんです?」
フィロシュネーは微笑ましくやり取りを見守りつつ、ハルシオンへと礼をした。
「お招きありがとうございます、ハルシオン様」
「カントループです」
「そうでしたわね」
ピカピカの光があちらこちらで煌めいている。薄く雪が積もった地面には雪結晶の形をしたオレンジの光が光っていて、数秒でふっと消えて、蛍光色の丸い雪粒の群れに姿替わりする。
そんな地面に落ちていた赤いマフラーをひょいっと拾い上げるのは、紅国の騎士ギネス・シルバーレイクだ。「仕事とプライベートと両方同時にこなします」と宣言した彼は、愛妻と赤ちゃんを連れていた。
「マフラーを落としましたよ」
「まあ、ありがとうございます」
ギネスにマフラーを差し出されて、善良そうな老婦人がお礼を言う。老婦人はまだ1、2歳くらいの幼い子どもをつれていた。子どもは目をまんまるにしてギネスの赤ちゃんを見ている。
「あーう!」
「あーい!」
「あらあら、挨拶していますね」
幼児と赤ちゃんの交流を、老婦人もシルバーレイク夫妻もにこにこと見守っている。
そんな心温まる風景を見ていたフィロシュネーは「ん?」と首をかしげた。サイラスがびっくりした様子で目を見開いている。
「そのマフラーは……」
「マフラーがどうしましたの?」
フィロシュネーが問いかけたとき、老婦人はこちらに気付いて頭を下げた。
「黒の英雄様ではありませんか。いつも孤児院を支援してくださって、ありがとうございます」
『黒の英雄』は、サイラスのことだ。
見守っていると、サイラスは小声で「メアリの子を育ててくれている孤児院の院長です」と教えてくれた。どことなく後ろめたそう。
「赤子を放置するわけにもいかないので……」
「そういえば、赤ちゃんがいたわね。大きくなりましたわね。ええ、ええ、孤児院をお世話するのは良い事ですわ」
メアリとは、彼の故郷の村の幼馴染だ。
フィロシュネーは懐かしく過去を振り返りつつ、「別に機嫌を悪くしたりしませんのに。もっと早く教えてくださってもよかったですのに」と頬を膨らませた。
「ご機嫌を悪くなさっています……いえ、なんでも」
サイラスはふっと笑って、幼児の前に膝をつき、マフラーを巻いてあげている。村の子どもを世話してきただけあって、子どもにとても慣れているのがわかる。
――これがサイラスだ。フィロシュネーは安堵した。
「いつもお疲れ様です……必要な追加支援があればお気軽におっしゃってください」
よく晴れた夜空には美しい星が煌めいていた。
呪術師による光の演出で花火がどんどんと打ちあがり、暗い夜空を華やかに彩る。
一列に並ぶ屋台の屋根は三角屋根で、三角形の木枠に沿って小粒な魔法の灯りがピカピカとオレンジの光を魅せていた。
明るい色彩の光で飾られたツリーや屋台の合間を、楽しそうな表情の人々が行き来している。
「姫、お土産を買いましょうか。」
サイラスが促す雑貨屋には、赤いマフラーを巻いた小さな木製のゆきだるまがたくさん、ぷらぷらと吊るされている。
棚に置かれた羊毛製の大きなくつしたは、赤、白、緑の三色で、サンタやトナカイの顔がついている。
小型の切り株の中心に蝋がうめられたクリスマス・キャンドルは素朴な風情があって、サンタやディオラマを中に閉じ込めたスノードームは高い勢作技術力を思わせる。
「可愛いゆきだるまさんは、おうちにお迎えしたい気がしますわ」
「では、連れて帰りましょう」
視界の隅で、よく見かける死霊がふわふわっと頷くのが見えた。
気づけばいたり、いなかったりな「死霊くん」だ。今日はついてきているらしい。
と、死霊に気を取られていると、ハルシオンが声をかけてくる。
「屋台のお料理もお楽しみください、シュネーさん。私は『あーん』をしたいのですけど、ダメでしょうねえ」
「だめです」
ハルシオンは屋台料理を飲食用スペースのテーブルに並べていた。
大きさや色のさまざまなソーセージに、雪に見立てたマッシュポテトとケチャップとマスタードが添えられたプレート。グリルドビーフに、たっぷりの具材で温まるミネストローネ。
オムライスのプレートには、エビフライに色とりどりの野菜が添えられエビトマトクリームソースがかけられている。星のかたちのチーズが可愛い。
瓶入りゼリーは底が赤いストロベリーソース、真ん中がブルーベリー、上部が白からピンクで、きれい。トッピングはマシュマロだ。
黒地に金や緑でイラスト描いた皿には黄色のチョコの星をのせた黄緑のピスタチオクリームと、チョコレートチュロスが並んでいる。
チュロスにまぶされたホワイトチョコシュガーはまるで降り積もる雪のよう。
「大サービスでサイラスさんにグリューワインをあげます」
「ほう。いいですね」
ハルシオンが差し出した陶器のカップ入りのグリューワインに、サイラスはちょっと嬉しそうだ。
屋台から料理を運んできたミランダが、サンタの帽子を飾ったデザートとドリンクを勧めてくれる。
「姫殿下、ホットアップルジンジャードリンクは冷えた体を内側から温めてくれますよ」
キャラメルチョコタルトのほのかな苦味とラズベリーソースの酸味が甘さを引き出してくれていて、美味しい。
「それと、内緒ですが、あちらのお店にありますクリスマスコフレ、恋コスメと呼ばれていて、最近流行しています」
「それはなんですの、ミランダっ?」
可愛い単語が聞こえた。二つも。
フィロシュネーが好奇心をのぞかせると、ミランダはお姉さんな顔で教えてくれた。
「空国では最近、宝石を入れる小箱に例えて、化粧品や美容製品のセットをコフレと呼んでいます。恋コスメというのは」
「わたくし、知ってますわ。恋愛中の女性が使うと恋が叶うという噂のある化粧品ですわね」
わくわくしていると、ハルシオンが耳ざとく会話にまざってくる。
「それはもしかして私に必要なアイテムなのでは? ところでシュネーさん、このあとのご予定は? 私とずっと空国で暮らしませんか?」
ちゃっかり何を言い出すのか、とサイラスが殺気立つのがわかって、フィロシュネーは慌てて断りの言葉を返した。
「このあとは、青国にも行きますの」
「いやあ、シュネーさんは活動的ですね。ご多忙な中で招待に応じてくれて、ありがとうございます」
「それを仰るなら俺にも礼をしてもいいのでは」
「私に礼をしてほしいんですか、サイラスさん?」
若干ギスギスしていたが、バザールでの時間は楽しく過ぎていった。




