323、人形たちの国と、まっしろなお姫さま
まっしろな人形だ。
お姫さま、という雰囲気の、女の子の人形だ。
長い白銀の髪に、透けるような白い肌。
人間と見分けがつかない体のラインは柔らかく、華奢。
その人形を見た瞬間に、コルテはエルミンディルの存在を忘れた。
近くにいて何か言っているとは思うのだが、もうぜんぜん気にする余裕がなかった。
「……失礼、姫君……」
相手は人形なのに、思わず目を逸らして謝罪してしまう。裸体の人形を見ることに、強い罪悪感を覚える。
「コルテ様? 姫君とは? これも単なるお人形ですよ、可愛いですけど」
と、エルミンディルが何か言っているのだが、コルテは無視した――人形に意識を奪われていて、聞こえなかった。
「あれっ、コルテ様? おーい、おーい」
穢してはいけない、不躾に見てはいけないと思わせるような、神聖で綺麗な人形だった。
(このまま裸で晒してはおけない……)
相手は人形なのに、あまりに精巧なせいだろうか。普通の人間のお姫さまがそこにいるように思えてしまうのだ。
しかも裸で。
コルテは外套を脱ぎ、そっと人形にかけてあげた。
人形は、動かずに虚空を見つめている。
もちろん人形なので相手の意思は感じられない空虚な瞳だが、その瞳はとても美しかった。
光の具合や見る角度で繊細に色彩を変える、青い瞳だ。
希少な宝石のようで、無機質で、感情の動きがない瞳だ。
コルテの悪人顔を見ても怖がることがない。
当然だ。相手は何かを感じる心がないのだから。
コルテはふしぎな安心感と奇妙な寂寥を胸に、外套で身体を隠した『まっしろなお姫さま』を見つめた。
「それにしても、綺麗な瞳だ」
こんな不思議な瞳は、コルテの同胞人類にはない。
吸い込まれそうな心地で見入っていると、ぱちり、と瞳が瞬いた。
「っ!?」
瞬きをするはずのない『まっしろなお姫さま』の瞳が、ぱちり、ぱちり、と瞬く。
コルテが呆然としているうちに、初々しい咲きはじめの花のようなかんばせが、表情を変える。
眉尻をさげて、小鳥のように首をかしげて。
やわらかそうな春花色の唇が、そっとひらいた。
「ありがとう、ございます」
澄みわたる青空を映した水晶みたいな、かわいらしい声だった。
頬を薔薇色に染めて、長いまつげを楚々とした様子で伏せて、『お姫さま』は恥じらいの表情を浮かべた。
これはもう、人間そのものだ。
生きてる――俺を恐れることもなく、恥じらい、感謝して。
その美しい瞳に、俺を映した。
脳髄がじぃんと痺れるようなインパクトを受けて、コルテは数秒間、なにも言えない彫像のようになった。
動かぬ人形が動いたという驚き。
やわらかに変わる表情の可愛らしさ。
自分を見る瞳の美しさ――
「どこか、痛いの、ですか?」
自分を心配してくれる、やさしい気配。
……その瞬間、すでにコルテは恋に落ちていた。
「うわあ、人形が喋った! ……えっ、コルテ様? その反応はもしかして、もしかしちゃいました? に、人形、ですよ……」
エルミンディルが何か言っているが、もちろんコルテの耳には届かなかった。
その意識はすべて、目の前の美しく可愛らしい『まっしろなお姫さま』に奪われていた。




