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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」

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318、これは、孤独な神が亡くなった少年のためにその体に憑依して、彼の魂を探し続けているお話

 目の前に、魂の抜けた少年の体がある。

 

「おい、フェリシエン。君の体、生き返ってるぞ! 戻ってこいよ、君は生きられるんだぜ!」


 虚空に叫んで石に念じて、ルートはぎくりとした。


 蘇生した身体が、まるで底に穴が開いた桶のよう。

 拍動が弱まって、体温が低下して、再び死のうとしている。


「ま、待て……待て」


 ルートは念じた。


「死ぬな」


 石は、こたえない。


「生き返れ。魂、戻ってこい」


 石は、沈黙した。


「ナチュラだ」


 ルートは気づいた。

 ナチュラが石を分けたときに課した制約の中に、『死者は生き返らない』というのがあったのだ。


 魂のない肉体は、抜け殻でしかない。

 どんなに形を直しても、心臓を動かしてみても、意味がない。

  

「……これは、だめだ」


 ルートは思い出した。


 生命力や個体の活動は、魂によってもたらされるとされている。

 魂が抜けてしまうと、肉体はその統合性を失い、自己維持ができなくなる、という説を。


 魂がないということは、生命のエネルギー源が欠如している状態なのだ、と――『神々の舟』にいたときに、知識神トールが言っていたのをきいたのだ。

 

(ナチュラのせいで、生き返らせることができない。邪魔された。そもそも、ナチュラの結界がなければフェリシエンを助けられたのに)


 怒りが湧く。

 沸騰しそうな脳が、必死で思考する。

 

(急げ、考えろ、ルート。僕は力を持っていて、知識がある。きっと解決できる。だって、僕はこの少年を「不運だった」で終わらせないと決めた神様なんだ)


 君は、不幸に負けずに人生を謳歌するんだ。

 その才能を世界中に知られて、歴史に名前を刻むといい。

 美味しい料理をいっぱい食べて、幸せそうに笑うといい。


 僕は、それを望むんだ。


(魂がないから、肉体が死ぬ……)

 それもおかしな理屈だ、と思う。


 だって、船人たちは知っている。

 この世界の旧人類の生き残りである孤独な呪術師は、人間のように心臓を動かし、呼吸する人形をつくったのだ。


 その人形たちは、心を持たない頃から生きていたのでは?

 

 ……自我を持ち、意思や感情を表面化できないだけで、あるいは『魂』は宿っていたのだろうか?

 

(……魂があれば、身体は生きられる)


 ルートは石とフェリシエンを見比べた。


 ひとつの考えが、頭にあった。


「石よ、星の石よ、幸運よ。哀れな子の起死回生のために、願いを聞いてくれ」


 ああ、ナチュラが警戒するのも、当然だ。

 自分はおかしくなってしまったのかもしれない。でも。


「僕の魂をこの子の体に移しておくれ」

 

 決然と言い放つ瞬間に、迷いはなかった。

 

 明るい光が目の前に煌めいて、そっと瞼をおろすと、浮遊するような感じがする。


 魂が抜けるのだ、と本能のように察知して、ルートは浮遊感に身をゆだねた。


 

 ふわっと浮いて、なにかに吸い込まれていくような感じがする。


 ゆっくりと呼吸して――目を開けると、ルートは『フェリシエン』になっていた。


 

「ありがとう、星の石」


 石に手を伸ばし、握る。

 自分のものとなった『少年の手』は、痩せていた。


「そうだ。このクソむかつくナチュラの結界は、許さない。破壊する」


 ルートは怒りのままに石を使い、ナチュラの結界を破壊した。


 少年の体はちょっと違和感があって動かしにくいが、心臓も臓器もちゃんと機能していて、死に向かう様子がない。

 

(フェリシエンの魂はどこにいったのだろう)


「おーい、フェリシエン。どこかにいるかい、聞こえるかい」

 

 魂を見つけて、身体を返してあげるんだ。


「帰っておいで。かくれんぼでもあるまいに。いいよ、探してあげるからね。……君はほんとうに、僕を困らせるんだ」 


 背後では、抜け殻になったルートの肉体が死んでいく。


 それをためらいなく燃やして、ルートはフェリシエンの魂を探し始めた。


 一か月、二か月と探し回って見つからないことに動揺しつつ、ルートは諦めなかった。

 

「困った子だよ」


 きっとどこかに魂はあるんだ。きっと。


 ――そう考えていないと、やっていられないじゃないか。

 

「君がいつ戻って来ても大丈夫なように、僕が君の居場所を確保するからね。君を天才として知らしめてあげようね。名誉がほしいのだったっけ? 家の再興だっけ……いいよ、いいよ。代わりに全部、してあげる」


 フェリシエンは生き返るのだ。

 死んでいないのだ。


 この少年は、「家の再興を果たした天才」として人々の中に残るのだ。


「本来、君ががんばらないといけないんだよ、フェリシエン? 神様を代わりに働かせて悪い子だ。でも、許してあげよう。僕は大人で、君の幸運の神様だから」  


 戻ってきたら、楽しい人生を送って才能を世の中に知られて歴史に名を残すことになっている自分にびっくりするといい。


 すべてが望み通りになったことを喜んで、幸せそうに笑うといい。


 ……たったひとことでいい、君の心で、君の声で、「ありがとう、ルート」と言ってくれるといい。


 そんな切望を胸に、この日、商業神ルートは地上の少年フェリシエン・ブラックタロンとして生きることにしたのだった。

 

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