313、都市グランパークスと憂国の勇者たち
この頃、青国と空国の国土は全体的に天候は不安定で、魔物も多く出没し、荒れた大地だった。
けれど、神鳥が住まうと言い伝えられているレクシオ山の周辺は、他の地域とくらべると荒れていない。
「魔力が多い山だから荒れない、という理屈は通らないから、何かあるんだろうね。魔法が使えなくなるというのも、気になる」
ルートが確認に行ったところ、レクシオ山には、山の全域で魔法使用禁止の結界が敷かれていた。
魔法を使うとどうなるかというと、パタッと倒れて死んでしまう。ひどい罠だ。
結界はルートが得意とする誓約魔法を元につくられていた。ナチュラの仕業だろう。
(ナチュラ、最悪だな! この結界は不自然じゃないのか⁉︎)
都市グランパークスは、空国と青国の国境近くにあることと、レクシオ山の麓にあることで旅人が多く行き交う都市である。
どこかへ行くにあたっての中継地として宿を取る旅人や、我こそは神鳥様に会い、荒れた国に加護をくれと願うのだと使命感を胸に登山支度をする憂国の勇者たち。
そんな人々を相手に商売する商人たち――と、人や物があふれていて、活気がある。
ルートが保護者面で見守る少年も、憂国の勇者なのだろうか?
「そういえば、山に行くとは聞いていたが詳しい目的は聞いていなかったね」
横目で様子を見てみると、少年――フェリシエンは賑やかな都市や道にあふれる人間たちの活気に目を白黒させていた。困惑しておろおろしている姿には、可愛げがある。
少年が背の高い大人たちに埋もれそうになっているのを見て、ルートは体を割り込ませるようにして隙間を作った。
すると、フェリシエンは感謝するどころか「恩着せがましい」などと嫌そうな顔をするではないか。
「フェリシエンくん、僕は別に感謝されたいわけじゃないんだよ。僕がそうしたいなと思って欲求のまま行動したんだ」
近くの出店で串に刺さった苺を見つけて買い、少年の口に突っ込んでやれば、びっくりしたような顔をしている。どうだ、美味いだろう。
「僕は自分がしたいことをして気持ちよくなっているだけ。むしろ、気持ちよくさせてもらえて、こっちが君に感謝しないとね」
宿は混んでいたけれど、部屋は取れた。
中くらいのグレードの部屋で、ベッドが二つある。
ベッドにスペースを取られたせいで狭くてくつろぎスペースと呼べるものがないが、清潔感があるし、ベッドは寝心地もよいので、ルートは気に入った。
同行のフェリシエンはというと、割といつも不満タラタラだが。
「この都市に住む者は恵まれているな。吾輩の家がある西の土地は、もっと建物がどんよりとしていて薄汚れているし、道もぼろぼろだし、人は痩せていて、……」
フェリシエンはそう言って「世の中は不公平だ」と唇を尖らせた。その頬が紅潮して吐息が弾んだのを見て、ルートは左手に握った石に反射的に体調改善を願ってしまった。
「うん。世の中って、不公平なんだ。なにせ、生まれた瞬間に死ぬ生命もあるからね。気付いてしまったか、フェリシエンくん」
少年は返事をせず、会話を放棄した。そして、短杖を振って部屋と自分を清めている。
自分でやれとばかりにルートだけは清めてくれないところに、「らしさ」を感じるようになったルートである。
「山には魔獣が出るらしいし、魔法や呪術が使えないのだそうだよ。傭兵を雇う?」
「必要ない」
魔法も呪術も使えないんだよ、とルートは繰り返した。
たぶん、石に願えば使えるのではないかとは思っているが。
「僕は明日、傭兵を探すからね」
と、自分のベッドの枕の位置を直していると、こほこほと咳き込む音がする。それがどんどんと激しさを増して吐血するに至り、ルートは慌てて石に念をこめた。
自分の迷いが出て、体調を良好にする効果が薄れたのだろうか。
「ごめんね」
「貴様が謝る意味がわからない……」
憎まれ口を叩く声が弱々しくて今にも死んでしまいそうだったけれど、体調は安定したようだった。
(よし、よし。いやあ、焦ったなあ)
ルートはほっとしてその夜を過ごした。
夜はなかなか寝付けなくて、何度も隣のベッドの少年が死んでいないかを確認してしまった。
朝を迎えてからも隣のベッドを覗き込み、「よしっ、生きてるな少年!」と安心した。
……情が湧いている。そう思った。
『朝食を手配しておくよ。僕は傭兵を探してくるから、のんびり待ってて』
手紙を残して宿を出たルートは、傭兵あっせん所に向かった。




