28、全員死んで、洞窟でアンデッドになっている
子供たちは、助け合ってその村で生きていた。
どうやったら食べ物を得られるか、話し合って。年長者が率先して外に出て、いろいろなことを試して、一日一日を生き延びた。
子供しかいない村は、あたたかな季節に芽吹いた草を食べ、花の蜜をすすり。
獣に怯えながら採集をして、獣を襲い。
近くの都市で盗みを働き、乞食をして。
一日一日を積み重ねるようにして、その歴史を刻んだ。
「いい薬があるらしいんだ。待っていろ」
少年のサイラスは、病気の妹を甲斐甲斐しく世話していた。
「おにいちゃん、おにいちゃん。薬なんて、いいよう。盗むのでしょう? つかまったら、ひどいめにあっちゃうよう」
「いいや、いいや。しんせつなひと、余裕があるひとに、わけてもらうんだ。世の中には、やさしい金持ちがいるんだよ」
サイラスは何度も失敗して大人たちに折檻されたが、死ななかった。
「にいちゃんは、お金持ちと仲がいいんだ。やさしくしてもらったんだ」
薬や食べ物を妹にみせながら語るのは、事実とはまったく異なる物語だった。
「都会には、やさしい貴族様がいてさ。かわいそうだって憐れんでくださってさ。うまいもんを食わせてくれてさ。妹にも食わせてやれってさ」
うそと罪を重ねて、生きていく。
そんな時間が、当たり前になっていく。
「なあ、おれたちって、弱い連中のために身を削って、奴隷みたいだな」
あるとき、仲間の少年がそう言った。
「おれたちだけなら、いくらでも生きていけるんじゃないか」
「弱い連中のために強いおれたちが食糧をさがしたり金をかせいで貢ぐのって、おかしくないか」
「世の中は、弱肉強食なんだ。自分の食い扶持を自分で稼げないやつは、死んでもしかたないじゃないか」
何人かがそれに頷いて、出て行った。
「おれはまだ元気で、若い。都会でいくらでも仕事をさがして、生きていけるんじゃないかな」
「おれは自分が稼いだ金で、遊びたい。自分の金は自分のために使いたい。うまいものをたらふく食いたい」
数を減らした少年たちが『村』に戻ると、年少の子供たちや少女たちは縋るような目を向けた。
「みんな、出稼ぎに行ったんだ。遠くまで。そのうち、いっぱい稼いで、帰ってくるよ」
サイラスはそう言ってメアリや妹たちを慰め、残った少年たちを集めた。
「おい、おれたちは弱い連中のために身を削って、奴隷みたいだな」
「おれは、弱い連中が食べ物を食べてると嬉しくなっちまう奴隷根性がそだってるんだ。こういうのは、マゾというらしいぜ。おまえらは、どうだ」
少年たちが歯をみせて笑った。
「ははっ――」
少年たちは自分たちを村の中の労働階級と定め、傭兵団を名乗った。
数の少ない傭兵団は、半々に部隊を分けた。
片方が村に留まり守る期間、もう片方は村を離れてありとあらゆる手段で金を稼いだ。
離れていた部隊が帰還すると、村を守っていた部隊が交代で出て行く。
繰り返すうち、数はどんどん減っていく。傭兵は、死と隣り合わせの日々だったから。
仲間がいなくなっていく代わりに、若き英雄の名声は少しずつ上がっていき――彼が村に送る金額も、増えていく。
村では、やがて新しい生命が生まれるようになっていた。
年頃の少年少女が、次の世代を産むようになったのだ。
親たちは、「自分たちがそうしたように、子供を一か所で育てよう」と話し合った。
『子供の家』と隣り合うようにして傷病者の家が建てられて、村人たちは外からの仕送りに頼りながら――少しずつ、英雄が送る多大な金額に溺れて行った。
「なあ。この金をこの人数で分かち合うから、ひとりひとりが貧しいままなのだ。これをもっと少ない人数で分け合えば、より豊かに暮らせるのではないかな」
歪な声が聞こえる。
大人になった子供たちは、何もしなくても定期的に送金される生活でその感性を狂わせていた。
「サイラスは、もっと稼いでいるはずなのに少ししか送ってくれない」
「あいつだっていつ稼げなくなるかわからない。あいつが怪我をしたり、死んだり、老いて稼げなくなったらどうする」
「兄は、子供たちのために……病気や怪我で動けないみんなのために……」
ごほ、ごほと咳をしながら、顔色の悪い娘が訴えかける。サイラスの妹だ。
「弱肉強食だ。傷病者は、我々の村のお荷物でしかない」
傷病者の家に火がつけられて、隣接した『子供の家』もろともに赤々とした炎に包まれ、黒煙をあげる。
「わ、わたしはサイラスのお気に入りよ。わたしの子は、殺さないでよ」
メアリが怯えながら逃げ惑う。
(これは、なに)
フィロシュネーは呆然とその光景を見つめた。
「みんな、逃げて。こっちよ。こっち……」
サイラスの妹が子供たちを連れて逃げている。山の中、茂みをかきわけ、獣道を必死に。
泣きじゃくる子供たちは自然にできた洞窟をみつけて、そこに逃げ込んだ。
追いかけた大人たちがそこに迫り――。
「フィロシュネー殿下、お気を確かに。何が見えたのですか」
シューエンの声に、フィロシュネーは頷いた。
『えいゆうのおはなし、してよう』
あどけない子供の声がする。
『こらあー、いじわるしたら、いけないんだぞう!』
『きゃあ! あはははは!』
『おねえちゃあん。あたしのあしが、ないの』
『あしくらい、なによ』
「……全員。全員死んで、洞窟でアンデッドになっている……」
体は朽ちて、未練をのこして。
半透明の不安定な姿で、まるで『子供の家』にいるときみたいに、洞窟の中で幽霊の子供たちが、笑っている。
「おかわいそうに」
窓の方向から、青年の声が割り込んだ。
「!!」
シューエンとフィロシュネーが弾かれたように視線を向けると、そこにはどことなくくたびれた様子のハルシオンがいた。仮面を着けている。
「ハルシオン様」
「私の姫の寝所に不法侵入する気配があったので、ちょっと急いで帰ってきましたよ」
ハルシオンは抜き身の刃のような視線をシューエンに向けてから、音もなく部屋の中に滑り込んできた。
体重を感じさせない所作でフィロシュネーに近付くハルシオンの指先が踊るように動いて、シューエンを闇色の鎖のようなもので拘束する。
「悪い虫さんが湧いてしまったのですねぇ。いやですねぇ、シュネーさん。ああ、気分の悪いものをみてしまったのですね? かわいそうに、よしよし」
青年の腕が伸びて、ためらうことなくフィロシュネーを抱きしめる。
ぎゅっと抱きしめる力は、強かった。少し苦しい。フィロシュネーは目を白黒させた。
「んんー、いい匂い。やわらかい。あたたかい……私は、すこしだけ今、疲れています。シュネーさんに甘えたい気分です」
ハルシオンはそう言ってフィロシュネーのこめかみに口付けを落とした。
「おかえりって言ってくださいませんか、シュネーさん? おかえりって言って欲しいのです。ちゃんと帰ってきたから、ねえ。明日、また出かけますけど。また帰ってきますから……おかえりと、いってらっしゃいで、私に元気をくださいませんか」
切々とした声は、あまり元気がない。
やっぱり、疲れている――フィロシュネーは恐る恐る「おかえりなさい」を捧げて、ハルシオンの耳に躊躇いがちにおねだりを追加した。
「シューエンをゆるしてください。お願いします、ハルシオン様。わたくしのおともだちなのです」
「おともだち! おともだちがいるのは、素晴らし~い」
ふわふわして、半分寝ているような声が返ってくる。
なんでも聞いてくれそうだ。そんな気配に、フィロシュネーは勇気を出した。
「殿下。ハルシオン様。わたくしの見たものが、あなたにも見えたのですか」
「私にも見えましたよ。ええ、ええ。覗き見しましたとも」
なんでもできてしまいそう。そんな調子だ。実際、できるのかもしれない。
『ありがとうボックス』なんてものも作ってしまったことだし――フィロシュネーは、軽く息を吸ってから、凛とした声で意思を響かせた。
「では、わたくしに力を貸して。わたくしは、かの村に対して、正義の執行を望みます」
――それを成すのは、兄アーサーではなく、自分なのだ。
フィロシュネーは、そう思った。




