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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
4章、奪還のベリル

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293、ハルシオン様は民を想わなくてはなりません/ ふつうの人間になりたかったんだ

 フィロシュネーは、ここまでの道乗りで選ばれていない色の扉を選んだ。

 

「簡単ですの。わたくしたちが選ぶべき『ここまでで選ばれていない子』は、左側、青い扉ですわ」

 

 青い扉を開けると、小部屋につながっていた。

 部屋には扉がひとつだけある。

 扉の脇には立て札があった。


『レディ、月に至る扉はお迎え専用です。中に入ると自力では戻ってこれませんから、気を付けて』

 ――親切だ。フィロシュネーはナチュラに感謝した。

 

「海底遺跡の扉と同じです」


 月に至る扉の周りを調べたルーンフォークが太鼓判を押すので、フィロシュネーは安堵した。


「では、わたくしたちは間に合ったのね」


 遺跡探検隊は喜びの声をあげた。


「なるほど。夜隠を迎えて扉が開くまで待つ必要があるので『休憩場所』でくつろいでください、というおもてなしなのでしょうか」

 

 振り返ると、ハルシオンが青い扉を開けたまま元いた部屋と現在の部屋を行ったりきたりしている。


「扉を閉めたら、開かなくなったりしません?」

「試してみましょうか?」

 

 あれこれと試してから、一行は『休憩場所』で時間を待った。


「皆さま、時間までここで待ちましょう」

 

 椅子やソファに座って食事を摂ったりする中、青国の預言者ダーウッドは杖をかかえて扉の前にちょこんと座り、置物のようになっていた。


 では空国の預言者ネネイはというと、扉の周りをぐるぐるとまわり、ルーンフォークといっしょになって魔法の仕掛けを探っていた。


 フィロシュネーはそんな預言者たちを見ながら邪魔しないように部屋の入り口付近に椅子を引いてきて、ナチュラが持たせてくれた果実を取り出した。


「半分、いかがですか?」

 ハルシオンが隣に椅子を置いて座るので赤い果実を半分に割って差し出すと、ハルシオンは嬉しそうに目を細めた。そして、小さな声で言った。

 

「私たちは仲が良さそうなことをしていますね、シュネーさん?」

「仲が良いのだと思っていますが、違うのでしょうか、ハルシオン様?」

「いえ、いえ。アルと王妃みたいな仲良し政略結婚ができそうなくらい、仲が良いと思います」

 

 ハルシオンは何を言い出すのだろう。

 フィロシュネーは戸惑いながら赤い果実を齧った。ちょっとピリッとした甘辛風味だ。


「アルは、実はミランダが好きだったのです」

「んんっ!?」


 ハルシオンは何を言い出すのだろう。

 フィロシュネーは視線を部屋の中に彷徨わせた。ミランダは、ルーンフォークやネネイと扉の仕掛けを見ている。


「でも、現在の王妃と政略結婚しました。遠慮したのだと思います。あとは……第二王子が政変で王位を獲得するにあたっての基盤固めのために、王妃の実家を味方につけたかったのかな」

「そうでしたの。……王妃様との仲は、良好なご様子でしたわね」

「ええ。燃え上がるような恋愛感情はなかったようですが、心身の相性は良いようで。喧嘩をすることもなく、穏やかな同志みたいな……そんな関係のようです」


 ハルシオンは微笑ましく語り、声をいっそう小さくした。


「ネネイが先日教えてくれました。一年前の春、王妃には子どもができない体質だと医師の診断がおりたのだと」

「えっ」

「アルはそれを隠していて、悩んでいたのだそうです」


 王妃に世継ぎがつくれないなら、第二王妃を娶って世継ぎをつくらないといけない。

 けれど、アルブレヒトは気が進まない様子だったらしい。

 

「ネネイはどうして私にそんなことを教えたのでしょうね?」


 ハルシオンの目が、ダーウッドの隣に座るネネイを見つめる。


「私は、アルの気持ちがわかっちゃいましたよ。弟は優しいんだ。ミランダと婚約しなかったように、自分の妃を傷つけたくないんだ。でも、弟は真面目だから、国のためを思って頭を悩ませていたでしょうね」


 ハルシオンほどアルブレヒトの人物像を理解していないが、フィロシュネーも同感だ。


「自分の感情より、国益を優先しないといけない……でも、わたくしたちは人間だから悩んじゃうの」

「私が王様になったら、アルはもう悩まないで済むかな?」


 ――えっ


 とても自然に発せられたハルシオンのひとことに、フィロシュネーはまじまじと彼の顔を見た。

 

「わたくしの意見をお求めになると?」


 ハルシオンは、真面目な表情で頷いた。


「そもそも、カントループの記憶が蘇るまで、私は王位を継ぐ予定で生きていました。他の者が言うように私は第一王子として生まれて、次世代の王となるように教育を受けていて、自分が王になるつもりでいたのです」

 

 これは真剣だ。冗談ではない。

 ――ハルシオンは、王位を自分のものにすることを考えている。迷っている。

 

 フィロシュネーは相手の意思を察して、慎重に考えた。


「あのう、わたくしは思います……」


 王様業は、責任重大だ。

 とっても偉そうで、なんだかキラキラして見えていて、でも、怖いお仕事だ。


「わたくし、アルブレヒト様のためにとか、第一王子として生まれたからとか、そんな理由で王様になるのは違うと思うのです」


 思い出すのは、サイラスに連れられて城の外に出たときのこと。

 村や都市に生きる人々の生活は、王様の仕事しだいで、良くなったり悪くなったりするのだ。

 

「わたくしが申し上げても説得力に欠けるかもしれませんが、ハルシオン様は、民を想わなくてはなりません。アルブレヒト様のためではなく、『民のためには自分が王になった方がよい』と思って王位を望むべきです」

 

 フィロシュネーが空色の果実を半分に割って渡すと、ハルシオンは空色の果実の表面を愛し気に撫でた。そして、しっかりと頷いた。


「ふつうの人間になりたかったんだ」

 懐かしむように呟く声は、少年時代に別れを告げるようだった。

 

 * * *


「レディたちは無事にお迎えできそうですね」

 

 遺跡の外では、フェニックスのナチュラが巣の中でのんびりと過ごしていた。


「さて、わしはひと眠りしましょうか……ん?」

  

 赤い鳥の体を毛づくろいして巣の中で眠る体勢を取りかけたとき、ナチュラは引っ掛かるものを感じて顔を上げた。

 

 山道の下の方から煙がのぼっている。

 鳥頭がふと忘れていたことを思い出す。


「ああ、疑問を感じたのでした。レディのおもてなしもひと段落したことですし、ちょっと見てみましょうか」


 ここはナチュラの家なのだ。

 縄張りの山だ。

 なにをしているか気になるではないか。

 

 器用に翼をはばたかせて魔法を使い、ナチュラは離れた場所の景色を巣の中で見通した。


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