285、二国はすでに新しい王と共に動き出しているではありませんか!
フィロシュネーは神様の名前が気になっていたが、周囲はそれよりも『新たな加護』で沸き立っていた。
「あの神鳥様はいつも見る神鳥様と別の神鳥様に見えなかったか?」
「いつもの神鳥様は人間の言葉をお話されないしな」
「神鳥様は複数いらっしゃる……?」
ハルシオンを見ると、真剣な顔で騎士や呪術師に指示を出していた。
「登山隊のメンバーを点呼して全員がそろっているか確認してください」
目が合って、表情がやわらかくなる。
「フェニックスがもたらした情報については、私が事実確認の対応をいたしましょう。シュネーさんは、天幕でお休みください。フェニックスに対して、見事なご対応ぶりでした……」
「ハルシオン様は、オカリナの伴奏をありがとうございました。蒸気が湧いたとき、すぐに飛び出してきてくださったのも、頼もしかったですわ」
フィロシュネーがお礼を言うと、ハルシオンは嬉しそうにはにかみを浮かべた。ハルシオンが空国の登山隊の状況を確認する傍らで、フィロシュネーは氷雪騎士団と侍女ジーナに指示を出した。
「我が国の騎士や魔法使いの状況確認を。勝手に持ち場を離れていなくなっている方々がいないかしら。野営に無関係な動きをしている方々がいれば、報告を」
騎士たちが慌ただしく走り回り、異常を知らせる。
「陛下! 呪術師や魔法使いたちが風上で放火しようとしていましたッ!」
「騎士が数人、行方不明です!」
放火未遂の呪術師や魔法使いが連れてこられる。
「兄さんがいなくてよかった……アタッ」
ルーンフォークがぼそりと呟いて、後ろから来たフェリシエンに蹴られていた。
ハルシオンは残念そうな顔をした。
「忠誠心の厚い者ばかりを厳選したのに……ちょっとショックですね」
フィロシュネーも同感だった。
臣下の裏切りは、シンプルにショックだ。
「わたくしにご不満でしたのね。でも、もう少し我慢してくだされば、お兄様に王位をお返ししますのに」
感情がついつい、声に滲んでしまう。
青国の裏切り魔法使いたちはその声にあたふたと慌てた。
「ち、違います、フィロシュネー陛下!」
「おれたちはそんなつもりでは……っ」
では、どういうつもりだったというのか。
フィロシュネーは眉を寄せた。
「わたくしがあなたたちに期待していることは、罪を認めること。正直に動機や企みを告白し、反省することですの。……ジーナ、放火未遂犯さんたちにお茶を」
「はい、フィロシュネー様」
フィロシュネーは残念な気持ちでいっぱいになりながらジーナを見た。ジーナはそれだけで理解してくれて、ぺこっと頭を下げてパンパンと手を叩く。
すると、侍女隊がお茶のポットとカップを手に集まってきた。
「こ、これは……毒ですかっ」
魔法使いたちが青ざめている。
フィロシュネーは優しく否定した。
「いいえ。ただ、お話しやすいお気持ちになっていただこうというだけのお茶ですわ」
事実だ。お茶には、毒は入れていない。混入しているのは、青国の王族につたわる自白効果のある秘薬だけだ。
「い、いやだ。お慈悲を! 我々の忠誠心は誰よりも――ぐっ」
ぜったい嘘だ、と言いながら魔法使いたちがお茶を飲まされていく。
ごほごほと咳き込んで「飲んでしまった!」と死を覚悟する顔をして。
「……」
少しの沈黙のあと、互いの顔を見て無事を確かめ合っている。
「あれ、死なないぞ」
「ぜんぜん苦しくならない」
フィロシュネーは頷いた。
「忠誠心が厚いとおっしゃる割に、わたくしの言葉を信じないじゃない? 悲しいですわ」
その言葉を聞いた魔法使いたちは、競うように忠誠を唱え始めた。
「フィロシュネー陛下! 申し訳ございませんっ、ですが、曇ったお顔もお美しい」
「陛下を悲しませてしまって興奮しておりますが、おれはどちらかといえば笑っていてほしい派です。隣の不届きな奴はおれが成敗します」
「聖女様が私を見ている……」
ハルシオンがびっくりした様子でフィロシュネーの腕を引き、自分の後ろに隠すようにした。
「なんですか、この魔法使いたちは? 忠誠というか……私みたいじゃないですか」
「ハルシオン様?」
そういうハルシオンには、空国の放火未遂犯である呪術師たちから「陛下! 愛しています!」とか「失恋王陛下の傷心をおれがお慰めするのだ!」とか、あやしい声が捧げられている。
「お薬が効いているようですわ!」
フィロシュネーは秘薬の効果に舌を巻きながら問いかけた。
「あなたたちは、どうして放火をしようとしましたの? いなくなった騎士たちはどこでなにをするつもりですの?」
すると。
「陛下がおれに質問した!」
「いや、私にだ!」
と青国の放火未遂犯たちは大興奮で答えてくれた。
「われわれは、現在の青王陛下と空王陛下に忠誠を捧げておりまして!」
「行方不明中のアーサー様やアルブレヒト様が戻ってこられても、王位を返してほしくないんです!」
「元々の陛下たちに王であってほしい派閥と、現在の陛下たちの派閥とで二国が荒れるのはよくないと思い」
――なんと、彼らは「フィロシュネーとハルシオンに王様でいてほしい」という派閥だった。
「二国はすでに新しい王と共に動き出しているではありませんか! そこに前の王様が戻ってきても……」
という声を聞いて、フィロシュネーは胸を突かれた。
「聖女様が王様のほうがいい」
「そうだそうだ。ご自身も神格をお持ちの女神様で、神鳥様と紅国の神から愛されておられる聖女様なのだぞ」
「正直、アーサー様は脳筋で……」
本音が現場にあふれる。
そのひとつひとつに、フィロシュネーはくらくらと眩暈を覚えた。
「シュネーさん、大丈夫ですか」
ハルシオンが背中を支えて、「休みましょう」と心配してくれる。
そのハルシオンにも、空国の呪術師が高らかに忠義の声を響かせていた。
「第一王子はハルシオン様だったのだ! 王になるための教育も、ハルシオン様が受けておられた! それが、不幸な事故で猫にされ、猫になっている間に弟殿下に王位を奪われたのだ! 正統な王はどう考えてもハルシオン様で、アルブレヒトとは簒奪者ではないか!」
「そうだ! アルブレヒトは王位を盗んだのだ!」
ハルシオンはその声に弾かれたように眉をあげた。
「黙れ。私の可愛い弟を貶める発言は、許さない!」
反射の速度で返す声には、はっきりとした怒りがあった。




