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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
1章、贖罪のスピネル

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27、アーサー王太子殿下は、正義の執行をお望みです

「ありがとう、シューエン。青国勢が身の周りに増えるのは、頼もしいですわ。あのダイロスというおじいさまも、潜入しているお仲間ですの?」

 

 潜入なら、もっと目立たないようにするべきなのでは? そう思っていると、シューエンは首を横に振る。


「あのご老人は本物の野良おじいさんです」


 本物の野良おじいさんとはいったい? ツッコミを胸に仕舞いつつ、フィロシュネーは確認した。


「シューエンあなた、暗殺がどうとか仰っていたかしら?」

「フィロシュネー殿下が成り上がり傭兵に酷いことをされていないかと、アーサー様は大変心配なさっておいでです。本当はだめなのですが、隙があれば暗殺してよいと言われています」


(あっ、本当に暗殺のお話があるのね)


 フィロシュネーは驚いた。


(それどころではないでしょうに。それに、サイラスはシューエンが暗殺できる相手かしら。返り討ちに遭うのではないかしら)


 そのまま言っても、シューエンは気に入らないだろう。

 彼は生い立ちが良家の七男なので、優秀な兄たちへの能力コンプレックスがある。

 また、生まれたときにすでに後継者争いが絶望的という境遇への諦観(ていかん)があって、「あなたには無理よ、できません」と言われるのが地雷なのだ。

 

「あ、暗殺はしないで? 彼はお父様の命令で、わたくしを護衛してくださっているのよ?」

「アーサー様は父王陛下の方針にご不満で」

 

「んんっ? そ、そうなの」 

 なんと父と兄が方針の不一致で揉めている――?

「そ、そんな場合ではありませんでしょうに」


 国難にあたって国のトップが方針の不一致で揉めてどうするのか。フィロシュネーは呆れた。


「僕も同感でございますが、アーサー様はいささか、いろいろと(こじ)らせておいでの方なので」

「お兄様が何を拗らせていらっしゃるの?」

「それは申し上げると僕、……正義を執行されてしまいます」

「あら、あら。それなら、無理に言わなくても大丈夫ですわ」

  

 フィロシュネーがおっとりと言えば、シューエンはほんわかと微笑んだ。


「フィロシュネー殿下は、お優しくていらっしゃる」


 シューエンの明るい緑色の瞳が好意をたたえている。金色の髪をさらさらと揺らして頭を垂れ、言葉を加える声は、少し背伸びするような、緊張しているような響き。


「ご存知でしたか、僕はフィロシュネー殿下の婚約者候補でもありました」

「えっ、……ええ、存じています」

 

 候補者は、たくさんいたのだ。

 お城にいるときのフィロシュネーは、たくさんいる候補者の姿絵や略歴調書に目を通しては、「この方は恋愛物語でいうこのヒーローみたい」とか「この方とこんな関係が築けたら素敵」とか、こっそり夢を見ていたのだ。


「アーサー王太子殿下は、黒の英雄や敵国のハルシオン殿下より僕を、と推してくださっています」

「そ、そうなの」


 婚約にまつわる話は、なんとなく気恥ずかしい。面と向かって話す相手が婚約者候補本人であれば(なお)のこと。フィロシュネーはふわふわと頰を染めた。


「僕、頑張ります」

 緑色の瞳がひたむきな色をたたえてフィロシュネーを見つめる。

「いかに青王陛下が既成事実をつくられようと、馬の骨には負けません」


「き、既成事実」 

 フィロシュネーは嫌な予感がした。


 シューエンは沈痛な表情を浮かべている。

「数日に渡り、傭兵と姫君が二人きりで旅をしたとあらば、それはもう……世間では……貴族社会では……」

「ああ~……」

「陛下が積極的に手回しをなさって噂を流されている疑惑まであり……どこぞの宿の使用人がお二人が同室で共にベッドを使われたと証言なさったり」 


 フィロシュネーは納得した。

 父だ。

 父が全部命じたのだ……。


(あ、あ、……あの、たぬき……) 


「わ、わたくし、清い体でしてよ……」 

 枕を抱きしめて訴えれば、シューエンは頷きつつも悲し気な顔だ。

「事実はどうあれ、世間ではもう……英雄は姫を守ったと喧伝されていますし、旅の間のロマンスの作り話なども絶えませんし、マニアックな噂になると兄妹ごっこをしているなんていうものも」

「ああっ……兄妹ごっこはしていますが、マニアックなの?」

「そういうプレイだと思われ……いえ、こほん」 

 

 シューエンは残念そうな顔をして、「マニアックなお話は、やめましょう。僕たちには早いです」と話題を変えた。

 

「ところで、フィロシュネー殿下。実は、例の奇跡のお力をお借りしたき案件がございます」 

 なんとこの少年、フィロシュネーに力を貸してほしいと言う。

「まあ。わたくしを頼りにしてくださるの」

 

 フィロシュネーは箱の中の花びらをかきあつめ、「わたくし、最近だれかの役に立ってお礼を言われることに夢中になりつつありますの」と微笑んだ。

 シューエンは利発そうな眼を好ましげに笑ませた。


「フィロシュネー殿下、それはとても素晴らしいご趣味でございますね。ぜひそのまま熱中していただいて」

「ええ、ええ」

「まずは僕の役に立っていただいて」

「構いませんわ」


 それでは、と少年の声が可愛らしくおねだりをする。

 フィロシュネーと同じくらい、おねだりをすることに慣れている様子の声だ。

 

 上目遣いで、ちょっと目が潤んでいたりして、自分の容姿と表情が相手にどんな印象を与えるか計算している感じだ。


 ひとことで言うと、なんでもおねだりを聞いてあげたくなるオーラが出ている。


「フィロシュネー殿下、黒の英雄の故郷の村を調べてください。あの村は特殊な社会を構築しているようで、預言者ダーウッドどのも『邪悪な気配がする』と言っているらしいのです。アーサー王太子殿下は、正義の執行をお望みなのでございます」


 預言者というのは、神秘的な存在だ。彼らは基本王族出自の不老不死者で、だいたい数百年は国家に尽くしてくれる。個人差はあるが、だいたい数百年もすると「もう生きるのに飽きました」とか言ってふらっと消えていなくなり、どこかでひっそり死ぬのだと言われている。


 預言者がいなくなってから一定の期間が経つと、新しい預言者が出てくる。

 そんな神秘的で特別な存在が「我が国の新しい王様はこの方です。預言者が認めています」と保証するので、空王と青王は神性を高めているのだ。預言者が「邪悪な気配がする」と言うのであれば、間違いなく邪悪な何かがあるのだろうと思われた。


「特殊な社会……村社会というものね?」 

 フィロシュネーは首をかしげつつ、奇跡を行使した。

「わたくし、余力がなくてあなたに情報を共有できません。ひとりで見た後、お伝えしますわね」

 

 そう約束をして花びらを捧げて神鳥に望めば、村の風景が見えてくる。サイラスと共に訪れた、あのメアリという幼馴染がいた村だ。

 家畜は痩せていて、畑も表面が乾いていて、立木も細く傾いて、地面にも緑が目立たない。

 

「フィロシュネー殿下、いかがでしょうか?」

「シューエン、村は、貧しいようです。ええと、お金や食べものにとても困っているみたい」


 食べるものが不足した人々の飢えを目の当たりにして、フィロシュネーは息をのんだ。


 苦しんでいる。

 もがいている。

 自分や家族の生を繋ごうと、あがいている。

 そんな人間たちが、生々しく目の前に映っている。

 

「フィロシュネー殿下、ご……ご無理なさらず?」

 

 家で待つ小さな子供のために食べ物を探して山に入った父親が、獣に追われて逃げている。元から飢えて体力が落ちていた父親は、すぐに力尽きた。


「……」


 先にこと切れた母に抱かれて、子供が冷たくなっていく。

 

 熱病にうなされる妹のために、少年が水場を探す。

 井戸は枯れ、近隣の川は干からびていた。

 探し歩いた足元が崩れて、崖から落ちる。落ちた先でぴくりとも動かなくなり、誰にも気づかれず――鳥がその身をついばんで、離れた家では妹もまた、儚くなっている。

  

 見ているだけでも辛くなる様子は、目をそむけたくなる。


『かあさんが病気なんだ。めしを食わなきゃ死んじまう』

『金を払え。金がないなら薬もパンも売れん』


 一縷の望みを胸に都市まで歩いて行った男児が物乞いをして、石を投げられている。

 病を持ち込んだと言われ、都市から追い出されて、奴隷商人が善人のフリをして手を差し伸べて。


『泥棒め! 捕まえろ!』


 それを背景に、別の女児は弟と一緒に果物を盗んで走り……転んだ背後に、追いついた大人たちが拳をかためて。

 


 悲劇だ。

 惨劇だ。

 そんな映像が続く。

 続く。続く。

 延々と、延々と。

 誰かが苦しみ、必死に生きようと這いずって。

 誰かが絶望に顔を染めて、嘆いて。

 涙と血が鮮やかに誰かの人生を彩り、呆気なく、救いなく、次々と終わる。


 人生は、呆気なく終わるのだ。

 生きようとしても、生きることは難しいのだ。

 そんな風に生まれたのが、彼らなのだ。

 

「フィロシュネー殿下」


 ――こんな現実が、あるのだ。

 

「……大人の方々が話し合っています。そして、子供たちを一か所に集めていますわ」


 魂が抜けたような声が口からこぼれる。

 神鳥が見せてくれるのは、貧しい村の社会が歪んでいくまでの顛末(てんまつ)だった。

 

 冬を前に、食糧難を解決できない。どうもこのままでは村は冬を越せず、全滅するだろう。

 

 ……大人たちは、子供たちをひとつの家に集めた。『子供の家』と名を付けて。


 他の家を解体し、薪をあつめて、食糧を持ち寄って。

 これで冬を越すのだと言って、自分たちは出て行った。


 

 子供を置いて、出て行った。

 

 

 子供たちは、寄り添いあって冬を越した。

 何人も死んで、何人かが生き残った。

 

 その中に英雄と呼ばれる男の面影を見つけて、フィロシュネーは息を呑んだ。

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