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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
4章、奪還のベリル

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281、おい、呪術伯が笑っているぞ

 野営地からは、美味しそうな匂いがただよってきている。

 

吾輩(わがはい)の弟は馬鹿だと思っていたが、遺跡での一件以来、悪化したようである」

 

『石像、破壊しちゃった事件』の現場の後片付けを指揮するフェリシエン・ブラックタロンが口の端を歪めている。

 

(えっ、端が持ち上がっているその唇の形は……もしかして笑顔?)

 フィロシュネーはその表情を二度見した。年中、不機嫌そうに陰鬱な表情をしているこの男の表情筋は、笑顔を作ることもあるのだ。

 びっくりしていると、周囲の人々も同じ感想を抱いたようで。

 

「おい、呪術伯が笑っているぞ」

「カピバラスマイルだ。呪われるぞ、見るな」

 

 現場は神罰への恐怖よりもフェリシエンの笑顔ショックで空気を染め替えられていった。

 

 預言者のローブを纏った青国の預言者ダーウッドがそんな現場に来て、フィロシュネーを野営地の天幕へと引っ張っていく。


「そういえば一応報告をしますが、シェイドから手紙が届いておりましたぞ。紅国の内乱に加勢して欲しいと」

 

 ついでのように《輝きのネクロシス》の仲間からの救援要請を知らせる声は、シェイドも紅国もどうでも良さそうだった。


「今は紅国どころではありません、そちらのことはそちらで好きにしてください、と返事をしておきました。フェリシエンも塩対応を返したようですな」


 一夜を過ごすために準備された天幕は、外部周辺にダーウッドの手によるリボンの結界魔法が施されている。

 内部には敷物が地面に敷かれていて、クッションがたくさん置かれていた。低めの高さだが、ベッドもある。


「サイラスからのお返事のお手紙もないけれど、紅国に関する外交筋からの情勢報告はあがっています?」


 クッションに身を沈めて問えば、ダーウッドはあまり関心がなさそうに首を振った。

 

「水面下での策謀合戦はあるのかもしれませんが、武力衝突の気配はおさまり、紅都は落ち着いているようです。紅国側の外交官は本国からの連絡が途絶えていると主張しており、女王の安否は不明……」


 そんなことよりも遺跡です、と呟く声に切望の感情が濃くにじんでいた。


「食事の準備ができました」

 知らせが来て外に出れば、食事を皆で共にしようと設けられた広場のような空間に人が集まっている。


 時刻は夜と呼ばれる頃合いになっていて、あたりは暗く、空は黒い天鵞絨(ビロード)に星の砂を撒き散らしたような夜空だ。

 

 焚き火がいくつも炊かれて、赤い炎があちらこちらで揺れている。人々は炎の周囲に集まって暖を取ったり、串に刺した肉や野菜を焼いたり、鍋をかけて食材を煮たりしていた。

 

「あーっ、鍋に林檎を丸ごと突っ込んだのは誰だ!」

「チーズも入れてやる」


 竜騎士たちと竜を持たない騎士たちがいっしょになって鍋に食材を突っ込んでいる。


「食材を入れた者は責任を持ってこの鍋料理を食べるのだぞ……あっ、ドラゴンのヒゲが浮いてるぞ」

「おれの相棒のヒゲだ! 特別に食わせてやる」


 ぎゃあきゃあと騒ぐ声は、楽しそうだった。


「青王陛下はこちらのお席に」

「ありがとうございます……」

「下山するべきではないでしょうか」

 

 案内された席に向かっている途中で、妙な声が聞こえてフィロシュネーは「ん?」と眉を寄せた。


「今、下山と聞こえましたが」


 声の主を探せば、少し離れたところに黒い腕章をつけた集団がいた。


「石像も壊してしまったし、これで神域に入ったら何が起きるかわからないぞ」

「そうだそうだ」

「そもそも、日が悪いと思う。明日は月隠ではないか。わたしの故郷では、月隠は夜を照らして人々を優しく見守る月神が目を閉じて眠ってしまう夜と言われている。邪悪な者たちがここぞとばかりに好き勝手する危険な夜なのだ」

「お前の故郷は紅国か?」


 フィロシュネーは案内された席に座り、ふむ、と木皿を手に取った。隣にダーウッドが座り、料理に浄化魔法をかけてある。毒を警戒しているらしい。


「いただいてよろしいの?」

「召し上がってください」

 

 木皿に盛られた焼き肉と焼き野菜はタレが甘塩っぱい味わいで、あたたかくておいしい。


「空王陛下は少し遅れていらっしゃいます」

「あ、はい」


 待っていた方がよかったのでは? とダーウッドを見ると、「他国の王なんて知りません」という顔だ。わかりやすい。


「シュネーさん、お待たせしました」


 ハルシオンはもこもことした毛皮のコートを着ていて、お揃いのコートをフィロシュネーに着せてくれた。

 

「この野営地の近くに天然に湧き出ている温泉があるというので、安全性を確認してきました。よろしければ、あとでお楽しみください」


 良いお湯でしたよ、と微笑むハルシオンからは、温泉の香りらしき良い匂いがする。


「まあ。あとで入浴してみたいですわ」

「青国の方々は入浴がお好きですね、ふふ」


 フィロシュネーが目を輝かせると、ハルシオンはニコニコとした。


「ところで、なぜかここまで来て一部の登山隊メンバーが山を降りる提案をし始めているようです。石像を壊したのがやっぱり、よくなかったのですかねえ」


 のんびりとしたハルシオンの声に、女騎士ミランダがくすくすと笑っている。


「臆病風に吹かれた者たちは、気にしないでください。夜が明ければ彼らも落ち着くことでしょう」


 ミランダの落ち着いた声は柔らかで、聞いているだけで心が落ち着くようだった。


 フィロシュネーは神罰の話題を気にすることなく料理を味わい、食後に温泉を見にいくことにした。


「見るだけですぞ。浸かるなど、いけません」


 預言者ダーウッドが文句を言いながら保護者然とした気配で付いてくる。

 

「ダーウッドは相変わらずお風呂が苦手なのね」


 夜空には、月がふたつ寄り添い、輝いている。

 

 フィロシュネーは案内された天然の温泉場が衝立で人目を忍べるようにされているのに安心して、するっと服を脱いだ。

 

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