269、私は『南方同盟』が『反ノルディーニュ同盟』に戻る未来を望みません
空国の王都サンドボックスでは、お祭りがひらかれていた。
フィロシュネーは馬車の窓から顔をのぞかせ、青国勢の来訪を喜ぶ民へと笑顔で手を振った。
「隣国の女王陛下だ」
「お待ちしておりました!」
ワアワアと馬車に声がかけられる。友好的だ。
青国の女王の訪問を歓迎する大きな看板や旗が風に揺れていて、青国の品物を扱う店が並んでいる。
と同時に、南方の食べ物や雑貨を扱う屋台も並んでいて、南方諸国の旗や幟が目立っている。
そして、大きな同一のメッセージがあちらこちらに掲げられている。看板だったり、垂れ布や幟、旗などに書かれて。
『私は南方同盟が反ノルディーニュ同盟に戻る未来を望みません』……というメッセージだ。
「空王陛下は、南方との友好路線をかなり意識していらっしゃるようですッ」
「ハルシオン陛下は南方の方々からの印象がよろしくない方なのですよ。王兄時代に兵を率いて南方と戦っていた方ですから」
馬車に同乗して外交の打ち合わせをしていたリッチモンド・ノーウィッチ外交官とシフォン補佐官が説明してくれる。あのメッセージは、空王ハルシオンが南方同盟に向けて発信した言葉らしい。
「ハルシオン陛下はお心が荒れていて危険、と言われていた方ですが、その危険性を身をもって知っているのが南方の方々……実際に戦場で荒ぶる呪術に遭われた方々がいるのです。南方の方々は恐ろしい人物が空王になってしまった、と戦々恐々としているのですね」
「なるほど、南方との関係に不安があるのね」
「陛下、笑顔のままでお願いしますッ」
「わたくしはいつも笑顔ですわ」
空国の王城はとげとげした尖塔の多い建築なのに、王都に並ぶ建物は尖塔を持たず、ひらたい印象だ。
建物の外壁は白色からベージュが多い。窓から青や赤といった布が垂れていて、手書き文字で友好国の名前だったり、メッセージが書いてある。
『青国と空国をひとつにしよう』
『女王陛下を歓迎します』
『空王はハルシオン様なのだ‼』
『ブラックタロンを許すな』
『ハルシオン様を呪ったのは弟殿下であったという噂を思い出せ』
『平和が一番』
「あのメッセージって、咎められたりしませんの? すごく問題があると思うの……」
「陛下、笑顔ですぞッ。ちなみに、過激な文言は見つかりしだい警告されたり撤去されたりしているようです」
シフォン補佐官が補足説明してくれる。
「空王ハルシオン陛下は、『垂れ幕に過激なことは書かないでください。内容しだいでは罰金を徴取します』という布告を出されています」
フィロシュネーは笑顔をキープしながら「あそこに過激な垂れ幕がありますわよ……」と幾つかの垂れ幕を臣下に示した。
「こういうのはイタチごっこですからな。取り締まるのが間に合わないのでしょう」
「た、大変ね」
王都を東西に分けるように川が流れていて、立派な幅広の橋がかかっている。馬車はお祭りのエリアを過ぎて、橋の上を通った。
水が流れる音が耳に心地よい。
「この水音は呪術の仕掛けで大きく響かせているのだそうです」
空国は呪術の技術が発展している。
それに、商業が盛んで、青国や紅国、南方の文化があちらこちらでまざりあっている。
街路樹には丸い魔導具が果実みたいに飾られていて、夜になるとぴかぴかと光って道を照らすのだという。
* * *
フィロシュネーは空国の王城についてハルシオンに会ってから、感想を告げた。
「夜間にお忍びで王都を歩いてみたくなりました。きっと幻想的なのでしょうね」
空国の王城は、全体的に白色や薄青の色が印象に残る空間だった。
建築の型自体はカクカクとしていたり尖っていたりする部位が目立つ。季節でいうなら、冬――と、フィロシュネーは思った。
そんな白亜の城の主である空王ハルシオンは、彼自身も真っ白だ。
「シュネーさん! それはお忍びデートのご提案でしょうか? ぜひしましょう!」
嬉しいな、とはしゃぐハルシオンは、白銀の髪に白い装いをしていて、肩のあたりはケープのように布がゆったりとしている。
袖は、たっぷりとしたボリュームがある。魔法使いや呪術師のローブに似ているデザインだ。
外側の生地は純白で、内側の布はさわやかな空色を見せている。
白地を彩る装飾は上品な金色で、胸元を飾る勲章や飾り紐が華やか。
足元は硬質な印象の黒革ブーツで、全体を高貴な気品のようなものがキリリと引き締めていて、男性的でありつつも、優雅でやわらかな印象もある絶妙な格好だ。
衣装をまとうハルシオンという青年自体が美しいのもあって、立っているだけで周囲が明るさを増していくような存在感が、すごい。
きらきらとした美形に鳴れているはずの青国の外交団メンバーが男女問わず目を奪われている中、リッチモンド・ノーウィッチ外交官が「妻の方が可愛いッ‼」と声を発して謝罪する羽目になった。
「我が国の外交官が失礼いたしました」
「いえいえ。確か、新婚さんでいらっしゃるのですから。ふとした拍子に惚気てしまうものなのでしょう」
相手国側からすると、外交で訪れた相手国の城で突然「ここの王より妻の方が可愛い」と叫んだわけで、大問題である。
フィロシュネーは「リッチモンド・ノーウィッチ外交官はあとで反省文」と命じつつ、迎賓宮殿という場所に案内してもらった。




