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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
4章、奪還のベリル

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251、大人たちの世界は、怖いですね。エリオット殿下?

「それは毒ですよ、世話が焼けますね」


 と、空気から染み出たように姿を現した『自称・紅国の預言者』少年魔法使いは、本日はローブ姿であった。


「ど、毒……っ?」

 

 恐々(こわごわ)とコーヒーカップを置くと、リッチモンド・ノーウィッチ外交官があわてて警備兵を呼びつけた。


「陛下のカップに、毒が!」

  

 ジーナが真っ青になって「私は毒なんて盛っていません!」と叫ぶ。

 まさか、ジーナに限ってフィロシュネーのカップに毒などは盛らないだろう。


「大丈夫よ、ジーナ。わたくしはあなたを疑いません。……でも、カップやコーヒー豆に誰かがなにかをしたかどうかを調べたりするときに、あなたにもお話を聞く必要が出てくることは、あるかも」

「はい、フィロシュネー様……。も、申し訳ございません。私が毒に気付かず、大変なことになるところでした……っ」


 顔色を失い、涙ぐむジーナを休ませて、フィロシュネーは「もしかしたら、わたくしは死ぬかもしれないところだったのかしら」とどきどきした。


「お兄様も、こんな風に暗殺されそうになっていたのかしら?」

「さあ。姫の場合は、やはり女王というのが気に入らない方々がいらっしゃるのでしょうね」


 少年魔法使いはそう言って、手に持っていた荷袋からいくつかの道具を取り出し、テーブルに並べた。


「ご要望通りに、入手いたしました」


 少年魔法使いが並べてくれたのは、多神教文化である紅国の神殿が、それぞれの神の入信者に与える聖印だ。


 月や本の形をした聖印は、石や珍しいエルフの森の霊木を素材にしている。

 ……フィロシュネーは、それが『魔導具』だと知っている。


「どれがどの神の聖印で、修行を積んだ入信者がどのような『奇跡の魔法』を行使できるかをご説明しましょうか」

「奇跡の魔法の行使のときに唱える、聖句もわかるかしら」

「報告書にまとめてあります」

 

 少年魔法使いは、淡々とした口調で教えてくれた。

 

「月神ヴィニュエスは『月光の加護』という暗視の魔法。月神ルエトリーは『月舟の影』……白昼夢、幻を魅せる魔法です。

 太陽神ソルスティスは『太陽の炎』、灼熱の炎を生み出す魔法。

 自然神ナチュラは『緑の友』、亜人エルフ族のように植物と会話ができる魔法ですね。

 天空神アエロカエルスは『揺籠の雲』、紅都を守っている霧のように、守護の力を持つ結界を張る魔法。

 知識神トールは『知識の共振』、知識の共振 - 知識を共有するだけでなく、周囲の人々と知識を共有することができます。

 商業神ルートは『神聖な契約』、契約書をつくり、破ったものに神罰を与える魔法ですね。死の神コルテは……」


 ひととおり説明を聞き、フィロシュネーは聖印をいただいた。


「活用いたしますわ。ありがとうございます。紅国は、国内が穏やかではないご様子ね。わたくし、女王派に情報提供をして、お役立ていただけて決着するものとばかり思ったのですけれど。違うのかしら」


 先ほどリッチモンド・ノーウィッチ外交官がもたらした情報を伝えれば、少年魔法使いは腕を組んで背を向けた。


「エリオット殿下には政治がわからず、感情的です。あの殿下がいつアルメイダ侯爵に手懐けられたかは知りませんが、悪い大人とはいつも物事の良しあしがわからない子どもを甘い飴玉でたぶらかすのですよ」


『歳も離れている俺があまり姫に愛を囁いて誘惑するのも、悪い大人になった気分で好ましく思えません』

 ――いつかサイラスに言われた言葉が、そのときの声色と一緒に脳裏に蘇る。


 フィロシュネーはその言葉に、「この魔法使いはやはりサイラスに違いない」と思った。


「あなたも、わたくし相手に自分がそうだと思っていらっしゃるわね」


「……」

 

 少年魔法使いは、なにも言わなかった。

 フィロシュネーは独り言でも言うように、言葉を続けた。


「わたくしも、お姫さまには政治がわからず、感情的だと言われていますわ。そう考えるとエリオット殿下に親近感が湧きますわね」


 ぎょっとした様子で少年魔法使いが振り返るので、フィロシュネーは笑った。


「もちろん、青王フィロシュネーはアリアンナ・ローズ女王陛下の味方です。……ご安心くださいな」


 しかし、青国は自国のことで精一杯だ。

 それに、情報提供以上の支援は内政干渉とも受け取られかねない。


「具体的な支援ができるかどうかはわかりませんが、女王陛下が健康を取り戻されて、政争が落ち着き、貴国がはやく落ち着くように祈っていますわ」


 少年魔法使いは、その言葉に微笑んだ。

 褐色の手が目元を覆う仮面にかかり、フィロシュネーはどきりとしながら言葉を待った。


「俺はその祈りを移ろいの石に捧げましょう。ですから、姫が心配することはありません」


 これは、間違いなくサイラスだ。

 フィロシュネーは、その声に奇妙な違和感を感じてぞくりと肌を粟立たせた。


 いつもの不遜な感じに、傲慢さを足して。

 なんだか自分が神様にでもなったような、世の中のすべてを見下しているような、よくない――怖い感じがしたのだ。


「やだ」


 ぽつりと素直な声が出る。

 自分でも、幼いと思ってしまうような声だった。


「は?」


 少年魔法使いも、首をかしげている。


「……いかがなさいましたか。姫」


 少年の声色が、すこしだけ優しく人間味を増したように思えて、フィロシュネーは少しだけ安堵した。


「わたくし、祈りません。だから、あなたは石に祈りを捧げるのをやめて」


 自分がなにを言っているのか、よくわからないまま、感情的に言い放つ。

 ああ、これではエリオットと同じでは? そう思い、フィロシュネーはエリオットへの親近感をますます強めた。


(お手紙でも書いてみようかしら)


 ――大人たちの世界は、怖いですね。エリオット殿下。

 わたくしたちも、大人になっていくのですね。エリオット殿下……。


「……毒殺騒動などがあって休憩を多く取ってしまいましたけれど、わたくしは青王として政務に励まないといけません。紅国の預言者さん、お話はまたあとで」


 休憩を切り上げて、フィロシュネーは机に向かった。


 

 ――そして後日、青国は空国と合同で『騎士たちの崇高なる人道と騎士道を観覧する会』を開催した。


 長い会の名前を省略すると、『騎士道観覧会』――という名の、模擬戦大会である。

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