表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
4章、奪還のベリル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

251/384

248、俺の脳内ハルシオン様が兄さんに激似のカピバラと喧嘩してる

 ――ずっとひとりでいるのって、寂しくない? 俺は、実はけっこう、寂しい。

 

「ハルシオン様。ここには誰も来ません。誰も俺を探してくれてないのかな……でも、きっとハルシオン様は俺を見捨てないですよね」


 青国でフィロシュネーたちが国家の行き末を話し合った、二週間後ぐらいの時期。

 その日、行方不明中のルーンフォーク・ブラックタロンは、遺跡の中で脳内主君と話していた。

 脳内主君というのはその名の通り、脳内で妄想しているだけの主君だ。


「もちろんですよルーンフォーク。ですよねハルシオン様、俺はそうじゃないかと信じていたんです……」

 

 とても残念なことに、ハルシオンはこの場にいない。

 遺跡の中にいるのは、ルーンフォークひとりなのである。


 空国の多島海にある海底火山の遺跡にたどり着いたルーンフォークは、そこで人魚に捨てられた。そして、ひとりぼっちでずーっと遺跡ライフを送っているのである。


「私がお迎えにいきますよ、ルーンフォーク。ああ、そんな、嬉しいですけど結構です。俺はアルブレヒト様をお助けして帰りますから、待っててください……」


 大変さびしい話だが、ぶつぶつと呟く言葉は一人二役。

 誰かに聞かれたら恥ずかしいことこの上ないのだが、この遺跡にいるのは、ルーンフォークひとりなので、恥ずかしくない!


「はあ……むなしい。俺が遺跡に来てから、どれくらいの月日が流れたんだろう。扉、開かないな。最近はすっかり、想像上のハルシオン様を会話相手にすることにも慣れてしまった。羞恥心も覚えないや」

 

 ルーンフォークは、自分がやっていることを自覚していた。

 

 俺は痛々しいことをしているなー。

 でも、他人がいないから何をやっても別にいいや。

 誰も俺を見ていないもんな……。

 

 という風にメンタルを拗らせていった結果、一人二役を平然と楽しめるようになっちゃったのだ。


 孤独って、つらい! ルーンフォークはしみじみとした。


「ふわあ。今は昼ですか? ハルシオン様。ルーンフォーク、今は朝ですよ。でも夜かもしれませんね。んっふふ。ハルシオン様、俺は今、夜と昼の区別もよくわからないんです。大変ですねルーンフォーク。日にちはいかがです? もちろん、日にちもさっぱりですよ。おかげで扉がいつ開くかぜんっぜんわからないんですよね」

 

 聞き覚えのある声が遺跡の空気を震わせたのは、そのときだった。


「貴様、……今、なにを……」


「……兄さん?」


 ――兄の声が聞こえた、気がする?


 ルーンフォークは振り返り、目を限界まで見開いた。


「……カ、ピ、バ、ラ‼」


 なんと、振り返った視界にはカピバラがいたのである。

 

 大きくて、ずんぐりしていて、茶色くて。

 ネズミのような、ブタのような。目が左右離れていて、鼻が印象的で。

 不愛想で、何を考えているかわからない。でも、無害そうな――静かな哲学者のような眼差しで、こちらを見ている。


「貴様、……気が触れてしまったか」


 声は、実の兄にそっくりだ!

 なんとも残念そうに言って、無表情なカピバラ・フェイスも悲しげに見える!

 

 これは、俺の精神もそろそろヤバイな! いくところまでいってしまった!

 ルーンフォークは危機感を覚えつつ、現実逃避した。

  

「お前の空想上のカピバラって、喋るんですねえ、ルーンフォーク。ハルシオン様、俺もびっくりですよ。兄さんに似てるんです。激似(げきに)! 激似とはなんですルーンフォーク。ああ、失礼しましたハルシオン様。すごく似てるという意味の市井の若者言葉です」


 ルーンフォークがぶつぶつと妄想主君と語っていると、カピバラは「それをやめんか」と呻いて頭突きしてきた。


「ア痛ッ! え、このカピバラ、本物?」


 カピバラは、なんと触ることができた。ぺたぺた触ると、カピバラは「正気に戻れ」と叱咤してくれた。

 

「いや、むしろ正気を失っていく気がする。なんでカピバラが兄さんなんでしょうかハルシオン様? これは悪夢ですねルーンフォーク」

「その気持ち悪い一人会話をやめろ。二重人格にでもなったのか」


 カピバラが全身をぶるぶるとさせて嫌悪感をあらわにする。すごく実体感がある。体温も感じるし、動くし、呼吸している。

 「妄想じゃなくて本当にここに生き物がいる」って感じだ。

 

「失礼ですね気持ち悪いなんて。私は立派なハルシオンですよ」

「お前はハルシオン陛下ではない」

「すごい、俺の頭は今どうなってしまっているんだろう。脳内ハルシオン様が兄さんに激似のカピバラと喧嘩してる」 

「ルーンフォーク……」

 

 匂いもする。海の匂いだ。生臭いと言ってもいい。

 

「なぜ貴様は帰らない? こんな遺跡に引き篭もって……何か月ここにいるのだ。せめて自分の居場所なり近況報告なりすればいいものを」


 カピバラがなにか言っている。


「なぜって、扉が開くかと思って……。俺、この遺跡を調べてわかったんだ。アーサー王とアルブレヒト王がこの遺跡にいた形跡があって。この遺跡、すごいんだ。奥の扉がたぶん……なんだっけ。よくわからなくなったなあ。えっと、要するに俺は扉が開くと思ってるんだけど、いつが月隠(げついん)かもわからないし、いつが夜かもわからないんだ」

 

 カピバラは錯乱した様子のルーンフォークにため息をつき、再び頭突きをした。


「帰るぞ」


 声と同時に、呪術の鎖がしゃらりとルーンフォークの全身を絡め取る。


「なっ、このカピバラ、呪術が使えるのか! ますます兄さんっぽい。そういえばカピバラって呼ばれてなかったっけ、兄さん」


 ルーンフォークは危機に抗い、呪術を練った。


「甘いぞカピバラくん。俺は呪術王カントループ様の弟子で、空王ハルシオン様の杖なんだ。ブラックタロン家では落ちこぼれだったけど、才能があったんだ! 今に兄さんだって、俺を認めてくれる……」


 バチバチと火花を散らして、術同士が衝突する。

 

「抵抗するな、面倒な奴め。寝ていろ」


 兄の声が困ったように言って、カピバラが術を追加する。

 

 ふわり、とルーンフォークは眠気を覚えた。


 これは、術によるものだ。

 

 兄さんそっくりの声で、兄さんみたいに喋るし、呪術まで使うのか。

 カピバラのくせに、生意気な。


「兄さんへの冒涜だ」

「意味がわからん」


 抵抗して術を跳ね返そうとしながら唸れば、カピバラは本気で困惑しているように目を瞬かせた。


「か、帰らない。俺は、見つけるまで帰ってくるなと言われてる――」

「その命令は、撤回された」

「えっ」


 じゃあ、俺は成果を出さずに帰っても許されるのか!

 そんな甘言に俺が惑わされると思うのか、カピバラ!


「貴様は……努力した。もう、いい。成果は、必ずしも努力したからといって得られるものではないのだ」


 眠気がどんどん湧いてくる。

 力がどんどん抜けていく。これは、だめだ。負けている。

 術者としての力量差を感じて、ルーンフォークは悔しくなった。


「ルーンフォーク。兄が教えてやろう。……二人の王がこの扉を使ったならば、迎えは別の扉じゃないと開かんのだ」

 

 微妙に(あわ)れむような兄の声を最後に、ルーンフォークの意識は眠りに落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ