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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
1章、贖罪のスピネル

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23、わたくしが教えてあげる!



「か……寒乱辛苦(かんらんしんく)、です。それが、わたくしを成長させたのですわ。わたくしだって、わたくしなりにいろいろ考えたりして、成長したりするのですわ」

 

 フィロシュネーは思い付いた単語を紡いだ。背の高い『兄』を見上げるようにしながら。


「苦労は人を成長させるのですわ、お兄様。わたくし、殿方向けの冒険物語も少し(たしな)みますの。そういう物語では、よく主人公が苦労して成長しますのよ」


 サイラスの眼が不思議そうに瞬きをする。


艱難辛苦(かんなんしんく)?」

「? 寒乱辛苦(かんらんしんく)よ」


 サイラスが確かめるように単語を繰り返すので、フィロシュネーはハッとした。

(もしかして、ご存じない単語?)

 

 得体の知れない感情がフィロシュネーの胸に湧く。

 同情? 優越感? わからない。

 親しみ? 可愛い? 謎。  

 

 フィロシュネーは口元を手でおさえた。


「サイラス。いいのよ。わたくし、あなたを馬鹿にしたり、しませんからね」

「はい?」

「わからなくても、わたくしはもう『おばかさん』なんて言いませんっ。大丈夫! おばかさんっ」

「仰っています」


 自分の倍ほどの年月を生きている高名な英雄が困惑気味に立ちすくんでいる。

 それが、フィロシュネーの心をくすぐった。


「ふふっ、わたくしが教えてあげる。寒乱辛苦(かんらんしんく)は、いろいろな出来事があって苦しかったりつらかったりする、という意味なのです」

「俺に教えてくださる、と……」


 何かを理解したような顔で、サイラスが手を自分の口に当てた。そして、視線を逸らした。

(まあ。まあ! 恥ずかしいのかしら。照れている? なあに、その反応。なあに? 新鮮ですわっ?)

 初めて見る反応に、フィロシュネーはときめいた。キュンッときた。


「ふふふ」

(本でしか出てこないような、あまり一般的ではない言葉をご存じなくても、恥ずかしくないのよ。だって、あなたは農村出身の傭兵さんだもの。文学に触れる機会もないじゃない? ぜんぜん、気にしなくてもいいのよ)

 

 でも、気にしているのだわ。

 年上なのに、年下のわたくしに浅学を晒したのが恥ずかしいのね?


「んふふふっ」 

「姫? ハルシオン殿下みたいになってますよ? 姫君の笑い方として、いかがなものかと思いますよ?」

 

(兄のフリをするのも忘れてしまっているみたい。動揺しているのね?)


「サイラス! 他にも、何か知りたいことがあって? わたくし、教えて差し上げてよ! なんでも聞いていいのよ!」


 フィロシュネーは肩をそびやかし、自信に満ちた笑顔を咲かせた。

 眼をキラキラさせてサイラスの言葉を待つと、サイラスは軽く眼を見開いた。そして、視線を彷徨わせて何かを迷う様子を見せた後で、口を開いた。


「では姫、『カンラン』とはどういう意味でしょうか?」

(質問するのが恥ずかしかったのね? でも、勇気を出して質問なさったのね? 偉いわ、サイラス!)


「サイラス、まずは、わたくし、あなたの学ぶ姿勢を褒めて差し上げます。わたくし、素敵な言葉を知っているの。『聞くは一滴の汗、聞かぬは将来の恥』! ちょっとした『知ろうとする』労力を惜しむと一生の恥につながります、という意味なのよ」

「くっ……それも、ちがい、ます……っ」

 

 サイラスは感銘を受けたらしく、顔を背けて肩を震わせている。

(うふふ。なんだか楽しい! ところで「それもちがいます」って何のことかしら)  

 フィロシュネーはすっかり調子に乗った。

 

「いいこと? わたくしが教えて差し上げてよ。寒乱(カンラン)は、『寒かったり、乱れたり』という意味よ」

「寒いのはわかりますが、『乱れる』というのは?」

「えっ、あなた、『乱れる』という単語がわからないの?」 


 フィロシュネーが驚いて思わず聞き返した瞬間、外から叫び声が聞こえた。一人、二人ではない。何人も声を揃えている?


 

「聖女様、万歳!」

「聖女様!」


 

「!?」 

(な、何かしら。いえ、わかるわ。これは、わたくしを(たた)えている声)

 わたくしがすっごく、褒め称えられている!!


「姫殿下、お騒がせして申し訳ありません。すぐに静かにさせますので」

 ミランダが謝罪するが、フィロシュネーは「ううん」と首を横に振った。そして、厩舎の外に出た。


「あちらにいらっしゃるのね?」

「ひ、姫殿下? 行かれるのですか?」

 ミランダが後を付いてくる。

「ええ。参りますっ」

 

 あわよくば「ありがとう」も言ってもらいましょう!

 

 下心満載のフィロシュネーの後ろから「姫がおかしくなった」というサイラスの呟きが聞こえてくる。チラッと見ると、まだ口元をおさえている。その姿に謎の微笑ましさを感じて、フィロシュネーは口元を緩めた。

  

 宿の門のあたりに着けば、警備兵に追い返されようとしている都市民が十人ほどいた。

 

 

「あっ、見ろ、あの瞳。移り気な空の青チェンジリング・ブルーだ」 

「聖女様……!」


 

 王族スマイルを浮かべて手を振れば、都市民は大喜びで手を振り返してくれる。

 警備兵が「それ以上近付いてはいけない」とおさえているのが、なかなか大変そうだ。

 

 

「加護のおかげで、付近の魔物が減ったんです」

「枯れかけていた作物が元気になりましたよ」

「うちの嫁が子を授かりました」

「落ちていた銭袋を拾ったんです」

「諦めていた不毛の頭に毛が生えました!」

 


 だんだん「それ、わたくし関係ありますの?」と尋ねたくなるような喜びの報告が増えていく。

   

「それ、わたくし関係ありますの? でも、おめでとう……」

「聖女様、ありがとうございます!」


 都市民は口々に「ありがとう」を送ってくれる。

(わあ、わあ。ありがとうの花びらがいっぱいなのではなくて? す、すごいわ!)


 フィロシュネーは小声で例の呪文をとなえて、花びらを確認した。

「だいすきなカントループ、シュネーをたすけて」


 

 両隣を固めるように護衛するミランダとサイラスが不思議そうにしている。聞こえたらしい。


「わぁっ、増えてる。いっぱい!」 


 花びらはいっぱい貯まっている。フィロシュネーは嬉しくなってニコニコした。 

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