241、預言者ネネイの提案/ 私はくやしい……
フィロシュネーはもっとダーウッドに栄養を摂らせようと、料理を次々と勧めた。
この預言者は、基本的に言いなりだ。従順に、勧められるがまま、スプーンを動かして味見してくれる。
「スープも美味しいですわよ」
「いただきましょう。そうそう、ネネイが相談をしてきたのですが……」
「まあ。なあに」
ダーウッドは、空国の預言者ネネイと同業者だ。
《輝きのネクロシス》の仲間であり、共に預言者を騙る仲である。
「あの小娘は、考えが浅いと思うのです」
これは愚痴だ。悪口を言いたいのだ。
フィロシュネーはうんうんと相槌を打った。
どうもこの預言者は、実際に生きてきた年月の割りに人間味にあふれている。精神年齢が低いと感じるときがある。
「ネネイは、『アルブレヒト王とアーサー様が生きていて、臣下の迎えを待っている』という預言をしてみたらどうかと提案してきたのです」
ダーウッドの愚痴に、フィロシュネーは首をかしげた。
「それ、よいアイディアではなくて? 捜索を継続しやすいじゃない」
すると、ダーウッドは驚いた様子でスプーンを止めた。
「その預言をしますと、即位なさったハルシオン陛下とフィロシュネー陛下の求心力が下がります」
「わたくし、即位式で『お兄様は生きています、王位はお返しする予定です』とはっきりと宣言しましたわよ」
マロンスコーンをひとくち齧ると、香ばしいバターの香りが口の中にふわっと広がる。
外側はさくさくとしていて、内側はしっとり。栗のピースが入っていて、栗の風味が独特で――美味しい!
「ダーウッド、このスコーンも美味しいですわ」
「いただきましょう」
美味しい料理は、元気をくれる。
フィロシュネーは料理人に感謝した。
「即位式の宣言は、個人的には心に響きましたが……預言者が選ばなかった、などとはおっしゃらないでいただきたかったです」
ダーウッドは「スコーンは確かに美味しいですね」とコメントを付けたし、優雅にもうひとくち味わっている。フィロシュネーはうんうんと頷いた。
「反省しますわ。けれど、預言がわたくしの宣言を裏付けてくださったら、わたくしが現実を受け止められず妄言を吐いたとご心配の方々も安心なさるのではないかしら」
ダーウッドは少し考えると答えて、食事の後にアルダーマールを栽培しているスペースに寄った。
一年前に緑の若芽だったアルダーマールは、成長していた。
今は、フィロシュネーと同じくらいの丈があって、幹も太い。
このアルダーマールには、水をやるだけではなく、魔力も与えている。
「ダーウッドは捜索の魔法で疲れているのではなくて? わたくしが魔力を注ぎます」
フィロシュネーは痩せたダーウッドを気遣い、さっと手をかざしてアルダーマールに魔力を注いだ。
すると。
「俺も魔力を注ぎましょうか? 姫君たち?」
ふわりと風が吹いたかと思えば、空気が姿を変えたみたいに、気づけば隣に『紅国の預言者』がいた。
「ひゃっ!」
「――何者!」
フィロシュネーが驚き、ダーウッドが杖を振ってなにか攻撃的な魔法を仕掛ける中、『紅国の預言者』は片手で結界を張って攻撃を防ぎつつ、器用にアルダーマールへと魔力を注いだ。
「このご褒美は、パーティでダンスをしてくれればいいですよ」
一方的に言って、『紅国の預言者』は風に溶けるようにその姿を消した。
「あれ、やっぱりサイラスじゃないかしら。ダーウッド、どう思う?」
「……城内の魔法警備を強くしましょう。ポッと湧いて言うだけ言って消えるなど、私は許しません!」
ダーウッドは怒りに燃えて、宮廷魔法使いたちと魔法警備について緊急改善討論会をひらいてしまった。
「城下でも魔法仕掛けによる被害が出たというではありませんか。私は、私は――く、く、……」
無能、怠慢と言われて悔しいのだ。
普段は神秘的で冷淡な預言者が怒る姿を見て、誰もがその心情を察したが、口にする者はいなかった。
「くやしい……」
代わりに、本人が正直に心情を吐露して、本当に悔しそうに俯いた。
「ダ、ダーウッド様」
「お気を確かに。無礼者に青国魔法使いの本気をみせてやりましょう」
魔法使いたちは自国の預言者の珍しい姿に心を打たれたらしく、我先にと案を出し、青国の魔法警備は見直されたのだった。




