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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
3章、変革のシトリン

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178、小部屋の死霊とひとつの石版

 十人目の人魚をつれた船が、その島に近付いていく。


 青国や空国ができる前から無人島であっただろうといわれている、ちいさな島だ。

 

 空の青さをたっぷり吸いこんだような深い青色の海は、淡い青緑色へと色彩を変えてから、白い地面を海の底に見せて、どんどん浅くなっていった。


 砂浜の(きわ)にはきれいな貝殻やシーグラスが転がっている。

 島を中央に向かって上陸していけば、カラフルで大きな花弁の花や、葉全体がまるで自然のアート作品のような形状をした植物が訪れる人間を歓迎するように微風に揺れていた。

 

 希望する貴族たちが島に上陸して地に足がつく感覚や自然環境を楽しむ中、死霊に導かれた探検隊が洞窟に進んでいる。

 

 自然洞窟は、陸地というよりは半ば海の中にある。


 ぐるりと回り込んだ岩と崖で形成される海と島の(さかい)

 そこに、波の侵食によってなめらかに削られた岩のアーチで覆われた洞窟の入り口があるのだ。


 洞窟の天井からは鍾乳石が垂れ下がっており、水滴がぽつりぽつりと音を立てて落ちていた……。



 * * *


 

 客船に帰還したサイラスが洞窟探検の様子を物語ると、フィロシュネーは目をきらきらさせた。

 

「わくわくするわ。明日はお兄様と一緒に、わたくしも洞窟に行きます」

「そうおっしゃると思いました。床に赤絨毯でも敷いておきましょうか」

「それは冗談でおっしゃっているのよね? サイラス?」


 肩をすくめて、サイラスは話をつづけた。



 * * *

 


 先導役の死霊と意思疎通できるサイラスは先頭を務めていた。

 

洞窟の中は涼しい空気に満たされており、奥に進むほど暗くなっていく。

 

 小部屋のひとつに入ると、墓がある。

 墓のそばには、文字が書かれた古めかしい石版が置かれてあった。


「いますね」

「わかりませんが……」


 ともに調査する多国籍な兵たちが不思議そうにするが、小部屋には死霊がいた。死霊の正体は、その墓に葬られた男だ。


 彼は、自分が死んだことを受け入れることができず、部屋中をぐるぐると巡って外に出ようとしていた。

 ずっとここに閉じ込められていて、出られないのだと嘆いていた――そんな哀れな死霊だった。


 

 * * *



「死霊にも移動の自由が利く者と、墓や死んだ土地に縛られる者がいるようなのです。彼は後者だったのですね」


「お待ちになって、サイラス。ええと……違和感があります……」

 

 語りを(さまた)げて、フィロシュネーが人差し指をその可愛らしい唇にあて、疑問をもてあますような表情をした。

 可愛い、と思いながら、サイラスは語りを止めてつづく言葉を待ってあげた。


「海に沈んで、呼吸ができなくて流された男性は、海で亡くなったのではないのかしら? そのあと、なぜ無人島の洞窟の中で墓をつくられて埋葬されているの?」


 サイラスは「疑問はごもっともです」と目を細めた。


「その死霊は、深緑の髪をした男が自分を葬った、と教えてくれました」


 ――それは誰、ときかれても、サイラスにもわからない。


 ただ、死霊の話した内容を信じるならば、死んだあと海を流れていた遺体を誰かが拾い、わざわざ洞窟の奥に運んで、墓をつくったのだ。


 洞窟内の様子や墓の古さから、それは思っていたよりずっと昔の出来事だったと推測されている。


「下手をすると、青国や空国がまだひとつの国だった時代だった可能性まで」

「そんなに昔から、あの人魚は生きているの? そして、この無人島にひとが……?」


「そばに石版がありました」


 山で待ってる。そんな文字が刻まれた石版をフィロシュネーに見せると、目を丸くして見入っている。可愛い。


「こほん――話をつづけます。よろしいですか」


 

 * * *


 

 さて、死霊の話をきいたサイラスは、「この死霊を自分が外に出せる」と思った。


 それは理屈で説明しにくい本能のようなもので、最近はよくあることだった。

 なぜそう思ったのかはわからないが、自分ならば可能だと思ったのである。


「残念ですが、あなたは埋葬されている認識がおありですので、おそらく本当はご自分がどういう存在になっているのか、お気づきでしょう」


 死霊は動きを止めて、墓の前で縮こまった。


「ところで、外にあなたの恋人である人魚がいるのです。彼女との記憶はありますか? 会いたくありませんか」 


 サイラスが問えば、死霊は驚いた様子であった。死霊は恋人を覚えていた。「会いたい」とこたえた。それは魂のすべてを震わせるような、切望の(いら)えだった。

 

「そうおっしゃっていただけてよかったです。やはり本人の意思は大事ですからね」


 サイラスは懐から魔宝石を取り出した。

 

 大地からの贈り物と呼ぶべき、不思議な石。流通しているものとは異質で、見るからに特別な『移ろいの石』だ。


 現在は、宝石のシトリンに似た上品な黄色の煌めきをみせている。



 * * *



「わたくしがプレゼントした魔宝石ですわね。お役立ていただけて嬉しいですわ」


 フィロシュネーがにこにこと言うので、サイラスはそのあとの言葉をどのように選んで話すか、すこしだけ迷った。


 あの魔宝石は、役に立っている。

 しかし、どことなく危険な感じもするのだ。

 

 婚約者フィロシュネーが贈ってくれたその石を手のひらに置いて光を見つめていると、いつもサイラスのこころには得体の知れない万能感のような感覚が湧く。


 それが、危険なように思われるのだ。

 

 石を入手する前、神師伯になる前後ぐらいから、似た感覚がサイラスの中にはある。

 「自分は特別な存在なのだ」「他者よりも上位に位置する存在なのだ」という感覚だ。

 そこにこの石が追加で傲慢(ごうまん)な自意識を煽るものだから、油断すると自分が際限なく思い上がっていく気がして、サイラスは慎重になっていた。


「サイラス、どうしたの?」

「いえ。……それで俺は、魔宝石に……」


「魔宝石の魔力を使って、死の神コルテの奇跡……魔法を行使なさったのですの? わたくし、紅国の特殊な魔法文化には興味がありますの。神様に祈って魔法を使うって、どんな感覚なのかしら」


 好奇心いっぱいのフィロシュネーをみて、サイラスは言った。

 

「そうですね。死の神コルテに祈り、奇跡を行使したのです」

 いいえ、真実はそうではありません――俺は魔宝石に願ったのです。なぜだか、魔宝石に願えば、願いが叶う気がしたのです。


 ……真実の言葉は、そっと胸にしまい込んで。


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