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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
3章、変革のシトリン

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169、貴婦人たちの不倫事変3~マウント山脈のおしべさんたちはモラハラ男ですの。処しますの。

 船内の上層にあるカジノフロアに呼び出された男たちが、順番に手続きを済ませて中に進む。


「まったく、妻ときたらカジノに呼び出したりして……困りますね、私は忙しいというのに」


 自慢するようにひとりが言えば、別の男も。


「おっと、そちらもでしたか。いや実は私も誘われたのですよ。どうも我が妻は私に構ってほしいのですな、私の妻ときたら私に依存していてひとりでは何もできないのですよ、ははは」

 

 船の上層にあるカジノフロアの入り口では、誓約書にサインすることになっていた。


 不正をしないだとか、暴れないだとか、返金を求めないだとか、そんなルールが定番だ。男たちの大部分はろくに文面も読まずにサインをした。


 カジノの中には、彼らの妻たちがいた。

 

 きらきらとした蜂蜜色の光を放つシャンデリアの下で伸び伸びと賭博を楽しんでいる妻は、見慣れているはずなのに化粧や装いや表情、楽しげな雰囲気が普段とのギャップを生んで、男たちを驚かせた。


「別人のようだが、あれは誰だ、私の妻か?」

「おい、その格好はどうした。お前らしくないドレスを着て……待て、その男たちはなんだ?」


 周りには高級な衣装に身を包んだ美青年が(はべ)っている。膝をつき、まるで恋に溺れて夢中であるかのように妻に尽くすのだ。

 

 馴れ馴れしく腰を抱いたり肩を抱いたりして……あろうことか頬や手や……唇にまで、キスを!


「私の妻に何をする!!」

「堂々と見せつけるようにキスをするとは何事かっ!?」

「お前、なにを喜んでいるのだ!? おい、こっちを見ないか! お前の夫は私だろう!」


 男たちの妻は、目の前で見知らぬ美青年と楽しそうに遊んでいる。

 しかも、しかも……呼び出した癖に、「あなたなんか知りません」といった顔で! 美青年に愛情たっぷり迫られ尽くされ、肌艶よろしくツヤッツヤで!


 許せん、と憤る男たちの中に、冷静な者がいた。


「落ち着いてください。これは我々を激昂させて楽しもうという罠に違いありません」

 モンテローザ公爵だ。

 

 公爵の視線の先には、とびきり高貴な姫君とその取り巻きグループがいる。


「あの方のイタズラに違いありません」


 モンテローザ公爵が示す先には、美しい花々の如き貴婦人らを周りに侍らせ、その美貌を周囲の花にいっそう引き立てられるようにして特別な存在感を醸し出す姫君がいる。


「あちらにおられるのは青国の……」


 妻に「おいっ、私が来たぞ!」と話しかけたのに無視されて涙目になっていた夫が呟く。


 カジノの中央に集められたソファに優雅に落ち着き、貴婦人たちを引き立て役のようにしてドリンクを楽しむ姫君は、『真実を暴く聖女』『大陸一の賢き美姫』とうたわれる青国の王妹フィロシュネー姫だ。

 

「フィロシュネー姫殿下、これは何事でございますか……ウィス、カ?」


 フィロシュネー姫の隣で杯にオレンジジュースを注いでいるのは、妻ウィスカではないか――モンテローザ公爵はぎょっとした。


 なんと、妻ウィスカは頭にうさ耳をつけていた。ティアラ付きのそれは『うさ耳ティアラ』とでも呼ぶべきか――よく似合っている。妙に男心をくすぐる魅力がある。

 

 化粧やドレスが普段とは異なる雰囲気なのも影響しているだろうか?


 長命ゆえに枯れ気味のモンテローザ公爵が日常生活でおぼえぬ肉欲をかきたてるような色っぽさがある。表情が恥ずかしそうなのが、またいい!


「……」

 しかし、妻ウィスカは貞淑で大人しすぎるほど大人しい女なのだ。


 ここにいるウィスカは本物だろうか。カサンドラあたりが化けているのではないか? モンテローザ公爵が現実を疑っていると、可憐な声がした。


「うふふ、口うるさい公爵がきたわね。待っていましたわ」

 ――フィロシュネー姫の声だ。

 

 遥かに長く生きているモンテローザ公爵相手に、王族とはいえど、たかだか十五年しか生きていない小娘が小生意気に笑い、ほっそりとした可憐な指先をウィスカの首元から顎へと滑らせる。


 これが、また絵になるのだ。


 周りに満開の花畑を思わせる華麗な貴婦人がそろっているのが倒錯的な気分も催すようで、モンテローザ公爵は怒りよりも美しいものを愛でるときの感慨を強く抱いた。

  

「わたくしのハーレムへようこそ、マウント山脈のおしべさんたち」


 美しいフィロシュネー姫が軽く首をかたむける。動きに合わせてさらりと白銀の髪が流れるのが、綺麗だ。

 

 王族であることをひと睨みで「わからせる」移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳が、年齢差を気にする様子もなく、上から見下すようにモンテローザ公爵を見ている。


 なんだ、この姫は。

 フィロシュネー姫とは、このような姫であっただろうか?

 

 モンテローザ公爵が驚いていると、突然カジノフロア全体の照明が落ちて視界が闇に閉ざされた。


「うわ!」

「明かりが……」


 男たちが騒ぐ中、モンテローザ公爵は淡々と魔法を使って明かりを燈した。

 周囲では、青国では魔法、空国では呪術といわれる便利な生活技術の使い手が明かりが少しずつ増やしていく。

 

 そして。

「この闇はおかしい……」

 男たちが違和感に気付く。

 

 暗闇は、魔法の明かりを狭めるようにじわじわと迫ってくる。


 彼らの光の魔法をせせら笑うように周囲を闇で埋めてくる。


 男たちはぎゅうぎゅうと身を寄せ合い、光を持ち寄って固まった。何人かは顔色を失い、震えている。


「なぜこんなことを……!」

「外交問題になりますぞ、フィロシュネー姫!」

 ――怒りを露わにする者もいる。


 そこへ、フィロシュネー姫は楽しそうに声を降らせた。


「あら、皆さまはサインなさったじゃない。『フロアの外にこの件を持ち出しません、フロアの中ではフィロシュネー姫に従います』って……うふふ。ネネイ、明かりをつけてあげてくださる?」

 

 預言者の「はい」と応える声がしてパッと明かりがついたので、安堵した男たちは知らされた。

 

 入り口で書かせた誓約書は商業神ルートの『神聖な契約』という奇跡による契約書で、破ったものに神罰を与える魔法の効果があるのだ、と。


 モンテローザ公爵は先頭に立ち、肩をそびやかした。

「フィロシュネー姫殿下。ご参考までに、私は入り口でサインをしませんでした。文言が不穏でしたからね」

 

「あら。それで中に入れたの? 入り口のスタッフを注意する必要があるかしら」


 フィロシュネーは「まあいいでしょう。モンテローザ公爵は、王族への敬意があるならちょっと静かに聞いていなさい」と高慢に言い捨て、薄紅の唇をにこりと笑ませた。


 そこに謎の威厳があり、隣に預言者ダーウッドが杖を持って佇み「従うように」と口添えをしたのもあって、モンテローザは黙り込んだ。

 

「マウント山脈のおしべさんたち、よろしい? お聞きなさい?」

 

 フィロシュネーは、よくわからない言葉で彼らを呼んだ。


 モンテローザ公爵はこんなとき「十代の少女の感性は理解しようとするものではない」と考える。そして、自分がとてもくたびれて萎れた生き物になった気分になるのだ。

 

「あなたたちのようなおしべさんは、紅国では『モラル・ハラスメント男』と呼ばれますの。略すと『モラハラ男』です。青国や空国でも、恋愛小説をたしなむ方には『冷遇系』『後悔系』と呼ばれていますわ」


 フィロシュネーは告げる。

 

「そんなおしべさんたちに世の中の女性が期待することは、『後悔』ですの」 

 

 かよわく愛らしい美姫の声には、不思議な覇気があった。ゆったりとした心地の良い声が、命令することに慣れた王者の気配で言い放つ。

 

「本日はわたくし、皆さまに意識改革をしていただくためのお時間を用意いたしましたの。このメニューは、夫人たちや空国の王族の方々がみんなで考えてくださいました――」

 

 フィロシュネーはそう言って、男たちの意識改革を始めた。

 


 * * *



 ――してやったり。


(決まったわね! やはり、わたくしこそが最も高いマウンテン。この山脈の頂点に君臨するのは、わたくしよ)


 男たちを翻弄するフィロシュネーは得意満面、達成感に酔いしれる。同時に、ここに至るまでの苦労を思い出す。


 サロンで「マウント山脈をなんとかする」と約束したフィロシュネーは、みんなに話を聞いたのだ。

「どういうところが問題で、どんな風になったらあなたは満足かしら?」


 聞いた結果、問題の部分は根本的に似ていて、望む未来は二通りに分かれていた。

 

「夫が後悔し、意識を変えてくれたら許す。夫婦を続けたい」という望みと、「夫が後悔し、意識を変えてくれても許さない。夫には不幸になってほしい」という望みの二通りである。


 この問題を解決すべくフィロシュネーはみんなの意見を募った上で、この豪華客船の旅のホスト国である空国の王兄ハルシオンの部屋に向かったのだった。

 

「ハルシオン様のお部屋を訪ねる理由にもなって、ちょうどよかったわ」

 ――と、言いながら。

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