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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
3章、変革のシトリン

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168、貴婦人たちの不倫事変2~わたくしはあなたを邪魔してさしあげる。これから、ずっと

 空国の預言者ネネイによりギスギス禁止を受けたサロンに、新たな話題を投入したのはカサンドラだった。

 

「殿方っていやですねぇ」


 視線が順番に貴婦人たちを巡り、カサンドラは優雅に扇をひろげて演説する。


「紅国の女王陛下は、これからは女性の地位を高く! 自由恋愛を推進! と仰せなのですっ! それなのに、時代遅れの価値観のままの殿方のなんと多いことでしょう」


 彼女が唱えるのは、夫シモンの不満だった。

 

「シモン様は私を人間だと思っていません。妻という名の駒か何かだと思っているのです――先日なんて、私の誕生日を無視して遊戯室でディオラマを直していて、お祝いを言ってくれなかったのですよ。あれは誕生日自体を忘れているのですね」

 

 すると、続々と紅国の貴婦人たちが夫の不満を唱え始めた。

 

「旦那様はわたくしが姑と喧嘩したときに姑の味方をするのです」

「あら、私の夫は私が嫁と喧嘩したときに嫁の味方をするのよ」

 

正反対の立場の二人が「ん?」と一瞬考え込んでから「まあ、どっちにしても夫が悪い」と結論を出して。

 

「子供が生まれたら用済みだと仰り、その日からずっと何年も目も合わせなくなりました。寝室? 別ですわ~!」

「夫はチェスが得意で、初心者の私に相手をさせては得意げにチェス講座をするのですよ」


 数人が「チェスの方は実は惚気だったりしませんか?」と首をひねる。


「違いますわ、マウントというのです。夫は私にチェスの腕でマウントを取っているのです!」


 当人から反論が唱えられると、「そういえば我が家も」「貴国ではマウントというのですか、我が国ではハラスメントと呼びますの」「あら、我が国ではハラハラ面倒と呼ばれていますわ」と貴婦人たちの声が続く。


「私の家は夫の親族がマウントを交代でしてきますの。山脈ですのよ」

「実は我が家にも山脈がありますの……高いですわ」

「あら、我が家のマウント山脈だって高いですわよ」

 

(マウント山脈とはなにかしら。そして、なぜマウント山脈の高さを競い始めているのかしら?)


 言葉の意味自体はわかる。


 マウントとはマウンティング。

 動物が自己の優位性を示すために相手にまたがることをいう。

 人間の場合、物理的に上に乗っかるのではなく、「自分はあなたより優れていますよ」と言葉で上下関係を作ろうとするのだ。


(多すぎて山脈になったというのかしら。それを考えると、わたくしなんて山脈の中でも特に高くそびえる山なのでは?)


 フィロシュネーは自分の言動を振り返った。


(わたくしは一番特別です。当たり前じゃなくって……? あら? それってマウント? 貴族社会における階級制度や名誉文化は、先祖代々受け継がれた大いなるマウント山脈では? 世の中はマウントでできているのでは?)

 

 ネネイが、「そうですね」と首をかしげている。 


「き……貴族社会での婚姻は……、政治のためにすることが多いのですし、空国や青国はもちろんとして、紅国でも男尊女卑の風潮はまだ根強く……よくあること、ですね」


 ホスト国であり照明落とし役のネネイが会話に参加したので、貴婦人たちは「この話は同調してもいいのだ」と認識した様子でますます話に花を咲かせた。


「しょせん、わたくしたちは後継を作るための道具でしかありませんのよ」

「恋愛は伴侶以外とするものですわね~」


 貴婦人たちが楽しげに笑う中、ウィスカ・モンテローザ公爵夫人が重い口を開いた。

 

「あの方は……ソラベル様は、私に興味がありませんの……」


(あっ、ウィスカ様がモンテローザ公爵のお話を……)


 フィロシュネーはどきりとした。

 様々な噂のあるウィスカ・モンテローザ公爵夫人が夫であるソラベル・モンテローザ公爵の愚痴をこぼしたので、サロンの全員が身を乗り出している。


「ソラベル様のお心にはずっと別の方がいて、……見向きもされません……し、仕方のないことです。初婚ではないのですし、二百歳近く生きていらっしゃるのですもの、年齢差が大きすぎます……」


「ウィ、ウィスカ様……!」


 儚げな公爵夫人のいまにも泣き出しそうな声は、サロン中の同情を引いた。

 それを受けて、カサンドラが「私は味方です、ウィスカ様」と付け入るような気配を見せている。

 フィロシュネーは、「カサンドラの思い通りにしてはいけない」という勘のような感覚をおぼえた。


「そこで、私に提案が……」

「失礼しますわ、カサンドラ様」

   

 ここは青国の王族として黙ってはいられない――フィロシュネーはカサンドラの声を遮ってウィスカの隣に移動し、その手を取った。


 ほっそりとした手は、手首が折れてしまいそうなほど弱々しい。


「フィロシュネー姫殿下……」 

 泣きだしそうなウィスカの目を覗き込み、フィロシュネーは優しい笑みを浮かべた。


「ふふ、ウィスカ様。ご安心ください」


 頼るべきはカサンドラではなくフィロシュネーなのだ、とここにいる全員に知らしめるのだ。


「わたくしが力になります。青空と神鳥の加護のもと、聖女にしてエリュタニアの王妹にしてノルディーニュの友、フィロシュネーが、本日この場にお集りの皆さまに申しましょう、……わたくしは女性の味方ですの。当たり前じゃなくて?」


 サロン中の視線が集まるのを感じる。


 カサンドラは扇で口元を隠している。目が合うと「素敵」と微笑みの追従(ついしょう)を返してきたが、フィロシュネーは彼女の苛立ちを感じ取った。


(カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人……また悪さをしようとしましたのね? だったら、わたくしはあなたを邪魔してさしあげる。これから、ずっと)

 

 ダーウッドの話によれば、カサンドラたちは理由もあるが愉快犯的な部分もあるらしい。

 それならば、更生を期待するのも難しいだろう。


(捕まえちゃいましょう。前科もあるのだもの。証拠を集めて……)


 フィロシュネーは考えた。

 悪事を防ぐ。防ぎつつ、悪巧みの証拠を集める。そうして、裁くのだ。

 

 カサンドラは紅国の貴族夫人の身分を持っている。

 青国の在り方も以前とは少し違っていて、王族が絶対権力を振りかざして終わり、とはならない。


(いいじゃない。遊戯のよう)


 あなた、わたくしがダーウッドから《輝きのネクロシス》の企み事を聞いていると知らないのよね?

 わたくし、聞きましたのよ。


 ――フェリシエンとカサンドラがシューエンを篭絡した手口を、聞きましたのよ。


(うふふ……)    

 フィロシュネーは美しい瞳をサロン中に巡らせて、晴れ空を渡る涼風のように声を響かせた。

(わたくしは、許しません) 

 

「待遇改善を公爵に命じても良いですし、離婚して良い縁を探すのでも良いですわ。わたくしは、ウィスカ様や皆さまの幸せのために支援を惜しみません」


 具体的に何をするのかは一切口にしていないが、貴婦人たちは目を輝かせた。


「姫殿下、我が家のマウント山脈もなんとかしてくださいませ」

 

(あなたのおうちのマウント山脈をどうしろと言うの)

 内心でたじろぎつつ、フィロシュネーは覚悟を決めた。


「ここにいる皆さまは、わたくしの庇護と支援の対象です。なんとかしましょう」

 

 ――どうやって? 

(シュネー、言ってしまったわね? 王族の言葉は重いわよ。責任を取るのよ……?)

 

 内心冷や汗もののフィロシュネーだったが、サロンはおおいに盛り上がった。

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