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14、ようこそお庭へ、神鳥さま

 薄く儚げな白い雲が、明るい水色の空をふんわりと流れていく。


 フィロシュネーはその日、都市グランパークスの広場に連れ出された。


 青国の兵士がたくさんいる。青国 (せいこく)の国旗がたくさん掲げられている。


「お客様ですよ、シュネーさん」

「これは……お祭り、ですか?」


 戦争が始まるようには、見えない。フィロシュネーはその点に安堵した。


 並ぶ広場には、都市内外からやってきた人々が集まっている。カントループ商会の商人たちは食べ物や飲み物、雑貨などを売っていた。


 フィロシュネーは彼らの商会長『カントループ』と一緒に、広場に設置されたステージがよく見える位置に用意された席に落ち着いた。


「ハルシオン殿下、青国の王族が商会に『神聖な儀式の場で商売の許可は出さない、即刻立ち去れ』と仰せですが」


 ハルシオンの配下と思しき緑髪の騎士が、串焼きとスープを手に報告する。


「ルーンフォーク、私のことは商会長と呼んでください」


 仮面を付けたハルシオンはそう返事しながら、「いやぁ、(こころよ)く許可いただけてよかったですね」と微笑んだ。


(いただけてないのでは?)


「いやいや、青国の方々の滞在や儀式を許しているのは私。許可をいただけたのは、彼らです」

「あっ、は、はい」


 フィロシュネーは返答に困って曖昧(あいまい)な笑顔を返した。 


「青国の方々ときたら、神鳥の卵を捜索(そうさく)して山から運び出したのです。んふふ。そして、私の都市で歌を捧げる儀式を行い、第二王女に加護を獲得させようとしてるのですねぇ」


(わ、わぁぁ。今、さりげなく私の都市って仰ったわぁ)


 背筋に嫌な汗が伝う。これはつまり、この都市は空国の支配下に置かれているということで。青国の兵士たちはそれに気付いていない……?


「あのう……コッ、コッ、ココ」

「鳥さんの真似ですか? お上手ですよシュネーさん! コケコッコー?」

「いえ、あのココ、ここは、空国です……? もしそうだとして、都市の方々は、知っています?」

「んふふ」

 

 ハルシオンは質問には答えず、木のスプーンでスープをすくい、隣に座るフィロシュネーに差し出した。


「シュネーさん、このスープは栄養もあるし、美味しいのですよ。可愛い子に『あーん』をするのは私の夢なのです。どうか私の夢を叶えさせてください。さあさあ、あーん」

 

 ああ、この「お世話したくて仕方ない」って顔!


 ちなみにサイラスは、少し離れた席で串焼きを大きな口で頬張っている。二人きりになれれば詳しく話を聞けると思うのだが、今のところ二人きりで話す機会は訪れていなかった。ハルシオン本人とその配下が常にそばにいて、目を光らせているのだ。


「あーん」


 パクりといただいたスープは野菜の旨みが濃厚に溶け込んだ味がして、確かに美味しい。それに、栄養もありそうだ。


「美味しいです、ハルシオン殿下」

「やあやあよかった。しかし私はカントループですよ~、シュネーさん」


 やり取りを交わす視線の先で、ステージには神鳥の卵が運ばれている。

 卵は人間くらいの大きさで、宝石の原石みたいに表面が綺麗だった。卵が設置されると、青国の第二王女が現れた。第二王妃を母に持つ、腹違いの妹姫だ。


「どうして見せ物みたいになっているの? 小汚い平民がこんなに近いなんて。わたくし、嫌よ。なぜ顔を上げているの? 無礼じゃなくて? 頭を垂れさせなさいな。わたくしと目が合った者は、死刑よ。軽率に無礼な眼差しを向けるのではありませんっ」


 第二王女は高飛車に言い放ってから、伴奏に合わせて歌声を響かせた。


「♪悪しき王の支配から我らをお救いくださる英雄……、彼を導きし神鳥さまは」

 歌詞がはっきりと聞き取れる。

「♪全てを見透かす瞳もち……」


 ――♪

「……っ?」


 その視線がこちらを向いたのは、フィロシュネーの隣でハルシオンがオカリナを吹き始めたからだ。牧歌的な田園風景を思わせる木漏れ日のような音色は耳に優しく、あたたかだ。


「別の曲を演奏している者がいるわ。神聖な儀式の邪魔よ! 捕まえて!」


 第二王女の金切り声が響く中、オカリナの音はゆったり、そよ風と(たわむ)れるように響き続ける。

 オカリナを奏でるハルシオンは、ふとフィロシュネーに視線を贈った。


(な、なんですか、その目は)

 誘うように、有名な曲のメロディが奏でられる。最初の部分を、何度も、何度も。


 歌えと言われている……?


(サイラス、どう思う? この状況、わたくしはどうするべき? ハルシオン殿下を篭絡するなら、言う通りにして、ご機嫌を取るべき?)


 フィロシュネーはサイラスを見た。

 豪快に骨付き肉に齧り付いているサイラスは、ぱちりと目が合うと無言で頷いた。解釈によっては「大丈夫、何が起こってもお守りしますよ」と言ってくれているようにも見える精悍な眼差しだが、あれはたぶん「この肉は美味しいですよ。俺は気に入りました」と言っているのだ。よかったわね……。


「♪ようこそお庭へ 神鳥さま」

 オカリナの音に寄り添うように、フィロシュネーは歌った。

「♪あいさつしましょう はじめまして……」


 すると、神鳥の卵がパァッと光輝いた。



 * * *

 


 愛らしい声が、優しく空気を震わせる。 


「♪うれしいこころが わかりません」


 切なく、初々しい。そんなメロディ。


「♪かなしいきもちが わかりません」 


 ふわりと微風が吹いて、フィロシュネーの白銀の髪をふわふわと揺らす。

 白い指先が胸元にあてられる。歌声が高く可憐に音階をのぼる。


「♪ありがとう」

 伸びやかに高音が響く。

「♪はじめまして」 


 所作のひとつひとつが神聖な気配で、小さく首をかしげる仕草が、可愛らしい。

 見る者すべての庇護欲をさそうような、そんなフィロシュネーの眼差しが――驚いたように、卵を見つめた。



「!?」

 ぴし、ぴし、と卵に亀裂が入る。


 ハルシオンがゆったりとオカリナの音で続きを促している――フィロシュネーはドキドキしながら歌いつづけた。


「♪お城にいるの おとうさま さがしているの わたしのこころ」

 (はず)む歌声に導かれるようにして、光が大きく花咲いた。


 そして、広場中にゆらゆらと幻が流れる。幾つも。幾つも。


「な、なんだこれは」

「何か……見える」



 人々は、()た。


 青王クラストスが倒れている。


 炎が燃え上がる映像が挟まる。


 先代の空王が倒れる。それを現在の空王アルブレヒトが見下ろしている。駆け付けて驚いた表情のハルシオンが空王アルブレヒトの呪術を受け、猫になる。

 

 サイラスが青王に(ひざ)をつき、何かを拝命して第二王妃のもとへ向かう。


 第二王妃が何かを命じて、兵士たちが武器を手に第一王女のもとへ向かっていく。


 青王クラストスが(さかずき)を傾け、次の瞬間に苦しみ出し、倒れて。青国の王太子アーサーが治癒魔法を使って救命して、預言者を呼ぶ。

 

「これは、なんだ。燃えてる」

「空王が、先代の王を殺害した?」

「青国の兵士が王女を襲おうとしているじゃないか」 


 映像が観える。

 自分だけではなく、広場中の民が同じ映像を観ている。


 歌を止め、フィロシュネーは映像に魅入った。


「声も聞こえるぞ……」

 誰かが呟き、ざわめきが緊張感を増す。


『兄上と話していると頭がおかしくなりそうだ、いい加減にしてくれ』

『えっへへ、私も頭がおかしくなりそうなのだ』

『もういい。喋るな。何もするな。邪魔をするな!』 


『俺は大昔に分かたれた二つの国を一つにするぞ。手伝うように』

 

『先代の空王を弑したり、王位継承権が上だったハルシオン殿下に呪いをかけたり。可愛らしいのに、手段を選ばなくて欲しい結果を必ず手に入れてしまう……そんなアルブレヒト陛下に、私は心から魅了されているのです』


『私にも条件がありますわ。第一王女が聖女として祭り上げられる前に、暗殺したいのです。それに、私の娘である第二王女を聖女にしたいのですわ』


『逃げられてしまったわ。サイラスが裏切ったのよ』

  

『城の外で殺してから罪を捏造(ねつぞう)するほうが楽ですよ。死人に口なしというやつです』

 

 

「……これはなんだ!?」 

 広場中から声があがる。いくつも、いくつも。


 彼らが見せられたのは、『詳しくはわからないが、高貴な方々が、おそらくとんでもない悪事を働いている』――そんな映像だ。


「あれは青国の第二王妃だ」

「第二王女が……」

 

 ステージの上にいた第二王女は、真っ青になった。


「偽王女!」

 誰かがそこに石を投げる。すると、声が続いた。

「偽聖女!」


 ぽてり、と石がステージにあがって第二王女が「ヒッ」と悲鳴をあげると、それに(せき)を切られたように次々と石が飛んだ。


「や、やめて。誰に向かって石を投げているの、王族よ、わたくしは王族なのよ! やめてぇ!」

 

 第二王女が悲鳴をあげている。護衛の騎士が駆け寄るが、石が当たって血を流している。すると、それを観た民は「いい気味だ!」と笑った。

 

「殺しなさい。あれらの民を全員、殺しなさいっ!」


 第二王女が叫び、青国の兵士が動き出す。

 すると、そのうちの何人かが味方だった兵士の鎧に剣を叩きつけた。衝撃に倒れた兵士の首筋に、刃が当てられる。周囲には、いつの間にか空国の旗が立っていた。


「第二王女は、真なる聖女を暗殺し、代わりに偽の聖女になろうとした罪人である」

 ――誰かが言った。

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