143、二人の預言者とひとつの預言
私には罪がある。
そして、その罪は隠さなければいけない。
自国のために。王のために。
(私は、預言者を続けるのだ。この後も)
青国の預言者ダーウッドは、祭りの景色を眺めながら複雑な思いでいた。
青王が騎乗する真っ白なクラウドムートンが、空王の駆る半透明の傘を持つグライダーフィッシュと並んでいる。二人の王は、それぞれの国の預言者を同乗させてお祭りムードの紅都を低空飛行して楽しんでいた。
同じく魔法生物を駆る護衛騎士たちが後方からついてくる。
「この生き物はいいな。俺は気に入ったぞ」
「私はこちらの生き物が好みです」
麦酒入りの樽杯を空中でコツンと合わせて、「乾杯」と言って、二人の王が酒を飲む。
「お前も飲むか?」
愛玩動物でも愛でるようなノリで、アーサーがダーウッドの顔を覗き込む。フードに隠れて見えないが。
「結構」
「では、預言でもしてみるか?」
「は?」
酒臭い。ダーウッドは眉を寄せた。
「俺の腕の中に預言者がいる実感がほしい。さえずるがよい」
「は……」
アーサーは、変わった。
どうも前より馴れ馴れしい。そばを離れようとすると「どこへ行くんだ」といちいち確認するし、ついてきたりする。……理由はわからなくもないが。
『家族であり最も頼りにできる臣下であるお前たちがあまり離れていると、寂しいのだ。心配になるのだ』
『俺を捨てないでほしい』
(アーサー様がこうなられたのは、私のせいだ)
そう思うと、胸が痛む。
アーサーは、預言者に認められたいのだ。預言者の忠誠心を感じたいのだ。
ダーウッドには、そんな気配が伝わっていた。
「……私の青王陛下のために、預言をいたしましょう」
気付けば、そんな言葉が口から出ていた。
真っ白なクラウドムートンが「ふええ~」と気の抜けるような声で鳴いて、グライダーフィッシュの上で空王に抱きかかえられる姿勢の預言者ネネイが「ふえ」と似た声で鳴いた。
(間抜けな声を……)
オルーサに預言者としての名前を授かる前は「アンネ」という空国のネネイは、世界でただ一人ダーウッドと同じ「預言者」という身分を偽る詐欺仲間だ。
自分と違って心根が清らかで、純真な娘だ。
自分はネネイを石に変えて、元に戻った時には「やはり、殺しておくべきだった」などと思ったのに。
そう思うと、心にまた濃い影が差す。
「おい。気分が悪いのか」
アーサーがぐいぐいと頬を押し付けてくる。酒臭い。
「陛下、酔っておられる……」
「あちらも預言をするらしいぞ」
「ん……」
見ると、ネネイが「困りました」という顔をしている。その様子にはぜんぜん預言者らしい威厳がない。神秘的にも見えない。
アルブレヒトは、そんなネネイを天使のように扱っているようだが。
「二人の預言者が同時に同じ場所で預言するというのは、歴史を振り返ってもあまり例のないことですね、素晴らしい」
「が、が、がんばりましゅ」
ネネイが「何を預言しましょうか」という視線を投げてくる。過去に何度も《輝きのネクロシス》の会合で注がれた、「ダーウッド、助けてください」オーラが全開だ。
(お、お前ときたら。助けを求めるくらいなら、預言すると言わなければいいものを)
「わ、わ、わたしたち、お、お、おなじ預言、します」
「ちょ……」
しかも、勝手に「二人が同じ預言をする」などと宣言するではないか!
ひとりでホラを吹くのと、ふたりが同時に打ち合わせなしでホラを吹くのとでは、難易度がぜんぜん違う。
「ちぃ……」
「また鳴いてる。ひまわりの種、食うか? ん?」
酔っ払いの王が絡んでくる。
「結構」
ダーウッドは首を振って断り、空を仰いだ。空は青々として、目が眩むようだ。
(ちょうどいい)
季節柄、もうすぐ夜に月が特別な姿を見せる。青国と空国では『月隠』と呼ぶ現象だ。普段は白く輝く月がほんのりと赤くなり、暗い影に覆われるのだ。
この現象は一年に二度生じる。
そして、《輝きのネクロシス》の組織員――フェリシエンが、月隠に関して興味深い情報をメンバーに共有したことがあった。
『空国の領海に興味深い古代遺跡がある』
南の海底にあるオシクレメ海底火山に遺跡がある、というのだ。
組織員の暇なメンバーで「どれどれ」と探索したところ、最奥には時計盤を模した開かずの扉があった。メンバーがいろいろ試したが、扉は開かなかった。
あきらめて撤収し、他のメンバーが忘れた頃。
カサンドラが「あの扉の仕掛けを研究していたのですけど」と見解を発表して、フェリシエンに「お前は本当に暇人なのだな」と言われていた。その場には、ネネイもいたと記憶している。
カサンドラは、扉が月隠に開く仕掛けだ、と言ったのだ。
その後、オルーサが討伐されたりして落ち着かない日々が続き、組織は今日まで遺跡を放置していたのだが――ネネイは果たしてわかるだろうか。
「……月隠に、時計の針が道をひらく」
(これで、わかりなさい。続きを言ってごらんなさい)
ダーウッドがそっと唱えれば、ネネイはハッとした顔をした。そして、続きを引き継いだ。
「南の海。メクシ山、レクシオ山と並んで魔力の高きオシクレメ山。かの地に、時計あり」
わかってくれた。ダーウッドは安堵した。
青王と空王が顔を合わせて「おお……!」「これはどういう預言なのでしょうか?」と解釈大会を始めている。楽しそうだ。
「ふう……」
緑の木々を下に見下ろせば、木の根元で伏せをしていた長毛の大型犬が「わふ?」と見上げてくる。
近くでは、大道芸人が芸をしていた。
口にくわえたナイフの上にガラス食器をのせてかがみ、ポーンッと上に飛ばしてナイフでキャッチする――そんな芸だと思われるのだが、そのナイフがひゅーんっと飛んでくる。よりによって、ちょうど頭上を通りかかる二人の王の近くに。
「あぶな……」
「陛下!」
護衛騎士が動くより先にアーサーが動いていた。
危なげなくクラウドムートンの軌道を変化させ、片手でパシッとナイフをキャッチして、秒に満たぬ時間で迷いなく手首をかえして地上へと返している。地上の民たちがワアワアと歓声やら悲鳴やらをあげる中、芸人はプロ根性を発揮してかナイフを受け取って「ただいまの芸には、いと高貴なる青王陛下がこころよくご協力してくださいました!」などと言って優雅に一礼している。
「はははっ、あの芸人は神経が太いな。ここで恐縮されて詫びられても祭りの場がしらける。うん、うん。あれでいい。俺は許す」
「酔っておられますな……」
それでよくナイフがキャッチできたものだ。ダーウッドは感心しつつ、進路でしゃわわと透明な飛沫をあげる噴水を見た。ふしゅう、とおさまってはシュワッと湧くタイプの噴水だ。
「陛下、前方に噴水……」
クラウドムートンが「ふええ~」と鳴きながら噴水の真上を通過する。しゅわっと高く湧いた噴水がクラウドムートンを包み込み、騎乗している二人をずぶぬれにした。
「ぴっ」
「ふええ~」
鳴きながら身震いするクラウドムートンをよしよしと宥めながら、アーサーがやんちゃに楽しそうに笑っている。
「ははは! 空を飛ぶのは、楽しいな!!」
王が風邪をひかぬように、と魔法で水分を飛ばしながら、ダーウッドはアルブレヒトとネネイが噴水に突っ込むのを見た。
「私たちも水浴びしようか、ネネイ?」
「あ、アルブレヒト様!」
「きゃあっ」
「ははっ!」
この平穏なひとときは、確かに楽しい。
ダーウッドは柄にもなくそう思ってしまう自分を自覚して、むずむずとした。
「……っくしゅ」
「おい、風邪をひくなよ」
アーサーが気にかけてくれる。
「どなたのせいですかな」
「俺だ!」
まるで子供のよう。そうかと思えば保護者のように振る舞ったりもして、執着するように腕をまわして、どこにも行かせぬというように束縛しようとする――これだから、この王様は愛しいのだ。




