121、助けてくれてありがとう、人間! とはならないのだなぁ
「退屈な明日に、愉しみを」
《輝きのネクロシス》に所属する狼獣人のシェイドは、檻に入れたフレイムドラゴンの子を運んでいた。
「オルーサ様、友のために戦う俺を見ていてください」
そのモフモフとした尻尾の毛の先端が赤黒い色に変わっている。
揺らすたびにズキズキを痛むのは、死霊のせいだ。
「いてて……でも、俺はやるぞ俺はやるぞ。カサンドラが青国の評判を落とすというけど、メアリーは評判だけじゃ物足りないよな。紅都の民を神の元に送ってやるからな」
紅国の民は、死後に魂がそれぞれが信仰した神の国に行くと信じている。シェイドは紅国風の信仰を持たないが。
「俺たち《輝きのネクロシス》にその話を当てはめるとしたら、神はやっぱりオルーサ様かな」
俺たちは死んだあと、またオルーサ様に会えるのだろうか。
メアリーとまた遊べるのかな。
お前はクズだな、なんて言って。
俺もクズだな、なんて思ってさ。
メアリーがお前もだろって言ってさ。
そうそう、俺もなんだ、って笑うんだな。
「ぐるるるるぅ、きゅう、きゅぅぅ!」
フレイムドラゴンの子が鳴いている。シェイドはニヤニヤした。
紅国では「最強の魔法生物」といわれているらしいが、子供ならそれほどの脅威ではない。呪術師が勝る。可愛いものだ。
「今、お前のおっかさんだか群れの仲間だかが助けにきてくれるよぉ」
追いかけてきたバカなフレイムドラゴンは、紅都まで連れて行くんだ。
興奮させて狂暴化させた子ドラゴンを先に紅都のど真ん中に放してさ。
アルメイダ派の騎士が紅都の安全のために子ドラゴンを討伐すれば、助けにきた連中は怒るだろうなあ!
「俺がメアリーをやられて憎むみたいに、フレイムドラゴンだって仲間の子供がやられたら、そりゃあ怒るよなあ! あははっ」
騒乱を起こすのなんて、簡単だ。
シェイドは悪意に満ちた黒い愉悦にひたった。
「あはは、あははっ、あは――……キャインッ!?」
笑い声の途中で閃光が弾けて、ドォンという轟音と共に悲鳴があがる。シェイドの背中側から、爆発が起きたのだ。
「アーサー陛下。子ドラゴンとやらを巻き込んではいけないのでは」
冷静な声で意見を言うのは、空王アルブレヒトだった。
隣に立つ青王アーサーが槍を投げ、爆発させたのだ。
「そうですね。いや、背中で爆発させれば、あの悪人の全身が肉の盾になるかと思ったのですが」
「ああ、そういうお考えでしたか。なるほど、子ドラゴンは無事なようですね」
破壊のエネルギーが空中に漂い、煙が立ちこめる中、シェイドが落とした檻の中で子ドラゴンはギャウギャウと怒りの吼え声を響かせた。
「いやー、死んでなくてよかった」
「ちょっと怒ってません? 恨みを買ったのでは」
「いやー、元気でよかった」
さて、悪人はとみてみると、シェイドはこんがりと全身の毛を焼かれてぼろぼろの姿になっていた。
「あの悪しき獣人を捕らえよ!」
青王アーサーは厳しい表情で手を振り、騎士たちに捕縛を命じた。
「はっ!」
騎士たちは即座にその指示に従い、迅速にシェイドの身柄を確保するために動き出す。その中には、合流したばかりのシューエンの姿もあった。
魔法の明かりが騎士たちの進む先を照らし、鎧が特有の金属音を鳴らし、シェイドに迫っていく。
「くっ、捕まるかよ!」
シェイドは焦りを感じながらも、生き延びるために全身の力を集めた。
手が震えながら呪術の術式を紡ぎ、師匠から「発音がいい」と褒められた発動の言葉が唇を通り過ぎ、騎士たちの魔法の明かりが消えていく。
タイミングよく、シェイドの逃走の助けとなる異変が現場に起きた。
フレイムドラゴンの群れの接近だ。
距離は遠い。が、遠くにいても感じられるほどの無視できない存在感がある。一瞬一瞬に存在感が増していく。
真っ暗な視界の現場で、闇の中から地上をなぎ倒す音が轟く。
木々が激しく揺れ、重々しい地響きが響き渡る。
たくさんのドラゴンは、暗闇を見通す恐ろしい眼光を光らせていた。
全身に纏う炎が煌々としている。
その巨大な存在は、陸地を進むだけでなく、空中からもこちらに向かっていた。
地上と空の両方から迫りくるその光景は、まるで絶望の象徴のよう。
「ギィ、キィ、キュルル、アオゥ!」
近くにいる子ドラゴンが檻の中で仲間に向かって鳴き声をあげている。
「いやー元気そうでなによりだ」
「アーサー陛下。この子ドラゴン、たぶん『こいつらが酷い目に遭わせた!』と言いつけてるんじゃないでしょうか」
どう見ても、子ドラゴンは怒っていた。
そして、仲間のドラゴンたちも――「子ドラゴンを助けてくれてありがとう、人間!」という雰囲気ではないのだった。
「はっはっは。……俺もそう思うので、わが騎士たちは迎え討つ準備をせよ」
「はっ!」
騎士たちがきびきびと行動する中、二人の王は槍持ち役の騎士が差し出す槍を手にした。
「助けてくれてありがとう、人間! とはならないのだなぁ」
「なりませんでしたねえ」
交わす会話には、余裕が感じられた。アイコンタクトをして互いの騎士たちへと放つ声には、神々しいまでの威厳がある。
「ドラゴンごとき、神の威光の前には猫ちゃんに等しい。わが騎士たちよ、あれらを猫だと思って遊んでやるがいい」
「うまく懐かせて騎乗できるようにした者には、竜騎士の称号を与える」
騎士たちが士気を上げる中、シューエンは恭しく進言した。
「紅国に知らせを送りましょう。貴国の王都を狙うドラゴンの群れを発見。しかしご心配召されるな、我らが守って差し上げるので。でも一応、万が一に備えておいてもよいかもしれませんね、……と」
「うむ。できるだけ恩を着せる言い方を心がけるのだぞ」
「はっ、アーサー陛下!」
どさくさに紛れてなんとか逃げたシェイドはというと、またしても死霊に絡まれていた。
「ひっ、またお前らか! 呪うな、祟るな! あっちいけ!」
身体が少しずつ死霊の呪詛にむしばまれて、ぼろぼろのシェイドは這いずるようになって仲間のもとへと逃げていく。
「散々だ。ああ、呪いが広がってる」
尻尾の根元まで赤黒い色が広がって、毒々しい見た目になっている。それに、青王アーサーのせいで全身焦げ焦げで、自慢の毛も縮れてしまって、もう全身ぼろぼろだ。
「くそ、くそ、くそぅっ、なにもかもうまくいかねえ!」
シェイドの嘆きが、夜の暗闇にむなしく響いた。
なお、シューエンが手配した知らせは疾風のように速やかに紅都に届くのだが。
「ややっ? この騒ぎは何事です!?」
――伝令が到着する頃には、紅都でもひと騒動が起きていたりするのだった。




