111、青空の商会戦線5~セリーナは爪を噛んだりはしないのです
「いやぁ~、おつかれさまでございますぅ!」
「お互いおつかれさま、ですわね」
夕暮れを迎えて、その日の商会活動を終えたフィロシュネーはハルシオンと密会した。
現在、青国勢はクラーケン商会と敵対しており、カントループ商会はクラーケン商会に味方している。
なので、作戦会議もコッソリと行う必要があるのだ。
「クラーケン商会のアンダーソン商会長、散々だーって嘆いていましたよ~」
今日のハルシオンは、仮面がない。フィロシュネーにくれたのと同じ指輪を使って、王族の瞳を平凡な瞳に変えている。
「メリーファクト商会とのトラブル以外にも、粗悪な魔宝石の在庫を大量にかかえて、ブラックタロン家からの支援を打ち切られてしまったので。おかわいそうに!」
ルーンフォークが見解をつけたしてくれる。
「兄は保身に走ったのでしょう。契約期間内なのに契約を打ち切られてクラーケン商会が涙目でしたよ。ついでに身内の縁を切られて俺も涙目です」
「お気の毒に」
フェリシエン・ブラックタロンはクラーケン商会と縁を切ったらしい。
「この魔法グミはカントループ商会の新商品です。どうぞお楽しみくださいませ」
ミランダがカラフルなグミを皿に盛る。
「魔法グミ?」
「ふふっ、説明しましょうか! まずこの商品、甘いです! そして、安い!」
ハルシオンが嬉々として商品説明をする。
「砂糖は高価な贅沢品です。ゆえに甘いお菓子は高級品になりがちですが、私は思いつきました。砂糖がないならエルフの森にある花の蜜を使えばいいのだと!」
それは砂糖よりも貴重なものなのでは? フィロシュネーはとてもつっこみたくなった。
「シュネーさんにもアルダーマールの種をお裾分けしますね。魔力を注ぐとすくすく育つ可愛い花木です。魔法薬つくりにもご興味があるとおうかがいしましたから、関連品もお贈りしますよ」
「あ、ありがとうございます……この種、どうやって入手なさいましたの?」
「ご安心ください! エルフと商取引をして入手した種ですから。盗んだりはしていませんっ」
エルフの森には珍しい魔法植物がたくさんあるらしい。フィロシュネーは種とお菓子をお土産として包んでもらった。
「ハイご注目! こちらはピンク色のネコ型グミ子ちゃん! そしてこちらはグリーンのカエル型グミ王子さま! 二個のグミが……ちゅっ」
二つのグミの顔と顔がふにゅっとくっつけられる。直後。
「ららら〜♪」
「大好き〜♪」
なんと、グミから愛の歌が!
ハルシオンは胸を張った。
「高めた技術力とは! 遊び心と子供たちの喜びのために使うのでぇす!」
「食べるのが申し訳なくなってしまうグミですわね。見た目も可愛い」
「そうでしょうそうでしょう」
というか、あまり食べ物という感じがしない。フィロシュネーは本音を胸に隠してニコニコした。
報告会をする部屋の隅っこでは、ルーンフォークが背中を丸めてしょんぼりしていた。
「三年くらいは実家に帰ってこなくていいと言われました」
「実家なんてそんなに気にしなくてもよいではございませんか! 僕などは、頼まれてもあんまり帰りたいと思いません。決闘に負けましたし……絶対いじられる……」
シューエンが慰める隣で、セリーナが爪を噛んでいる。
「ぐぬぬ。わたくしのせいで申し訳ありません、シューエン様」
(ん?)
フィロシュネーは違和感を覚えつつ、報告会を続けた。
「では次、シューエンから報告をお願いしてもよろしいかしら」
氷雪騎士団の一部は商売ごっこやサクラ役をしていたが、残りはシューエンの指揮下で別行動を取らせていたのだ。
「はいっ、フィロシュネー殿下! 僕たち氷雪騎士団は、密猟団に所属しているならず者を捕まえました。紅国側にドヤ顔で引き渡したところ、たっぷりと感謝されまして」
ドヤ顔だ。
「言葉だけではなく誠意をください、と申し上げて外交官にバトンタッチしてまいりました!」
(ふむぅ……)
フィロシュネーはセリーナに話を振った。
「セリーナ、どう思います? わたくし、感謝があればお金なんていらないと思いますの」
「私もそう思います、姫様。お金をクレクレするなんて、下品な商人の振る舞いですわ」
シューエンは「さようですか? でも今回の僕たちって、恩を売るのが目的でございましたよね?」と首をひねりつつ、報告書を提出してくれる。
「僕は情報も仕入れてまいりました。紅国の騎士団が主導して、不良な魔宝石の回収会を予定しているようなのでございます」
(これは、これは……)
フィロシュネーは「ウンウン」とシューエンにうなずきながら、セリーナに笑顔を向けた。
「そういえば、レルシェの髪飾りをセリーナに贈ったときも不良品との交換がきっかけでしたわね」
「ふふ、懐かしいですね姫様」
ちょっとどきどきする。
けれど、平静を保ちながらフィロシュネーは報告書に目を向けた。
報告書によると、紅国側は国民に向けて『最近流通している魔宝石の中に不良品が紛れている』と告知するらしい。国家事業として魔宝石の回収会を開催する。不良品と認定された魔宝石は無料で高品質な魔宝石と交換する……というのだ。
「不良な魔宝石……先日お売りした『ニセモノは許さん天秤』を活かすおつもりなのですね」
ハルシオンが訳知り顔で開発商品の仕様を説明する。名前の通り、ニセモノを暴くという商品だ。
「クラーケン商会は、不良在庫を回収会で処分したいと考えるかもしれません。そうなりますと、紅国側はドラゴンの石を回収しつつ、クラーケン商会を場合によっては摘発できるかもしれないのですね」
フィロシュネーは「なるほど」と頷きつつ、ちょっと迷ってからハルシオンに近寄って耳元に唇を寄せた。
「どうしましたシュネーさん?」
「ハルシオン様、わたくしの認識ですとハルシオン様が開発なさる道具って、まず始めにハルシオン様が扱える呪術があって、それを誰でも使えるように道具にした、というものですよね?」
「ええ。そうですとも!」
「では、その術って今ここにいるニセモノも暴けます?」
「もちろんです、シュネーさん。ふふっ……」
ハルシオンがパチンと指を鳴らす。
すると、室内にいた人物のひとりが悲鳴をあげた。セリーナだ。
「あっ――」
驚愕の視線が集まる中、セリーナの姿が男の姿に変わる。ハルシオンは「おやおや」と眉をあげて闇色の鎖のようなもので男を拘束した。いつかシューエンを拘束したのと同じ術だ。
「く、くそっ……」
焦燥を浮かべる顔には、見覚えがない。
移ろいの術だ。
本人がかけたか、仲間術師にかけてもらったのかはわからないが、姿を変えてセリーナに成りすましていたのだ。
(や、や、やっぱり~~!!)
おかしいと思った! フィロシュネーはキッとなりすまし犯を睨みつけた。
「セリーナは爪を噛んだりはしないのです。悔しさを持て余したときは、ハンカチを噛むのですわ。彼女は商人のお家のご令嬢で、生家を誇りに思っている方ですの。それに、レルシェの髪飾りを不良品と交換なんてしたこともありませんわ」
侍女のジーナに持ってこさせるのは、青国の秘薬だ。
「本物のセリーナはどこにいますの?」
お店で商品を売っているときは、本物だった? あのときは、おかしな感じはしなかった。
(セリーナは、無事かしら。痛かったり苦しかったり、怖い思いをしていないかしら)
――生きているかしら。
背筋を恐ろしい思いが湧いて、フィロシュネーは怒りを瞳から溢れさせた。
わたくしの学友を。
よくも、よくも。
「ひどいことをしていたら、許しませんからね」
夜の帳が降りるよりも早く、騎士団が動く。
青国の秘薬を盛られた男の自供をもとに探し当てたのは、奴隷商人のアジトだった。
騎士たちが踏み込んだ先、自然の多めな郊外にある古びた酒場の地下室には、縄で縛られ、檻に入れられた奴隷たちとセリーナ、何が起きているかわからず右往左往する奴隷商人、……そして、元伯爵公子のクリストファーがいた。




