102、俺は父王が殺されたことにも気づかない間抜けなのだ!
花の香りを含んだ微風が、優しく頬を撫でていく。
過去を頭から払うように首を振り、アーサーは目の前の公爵に声をかけた。
「モンテローザ公爵、この役職リストには預言者がいないな」
モンテローザ公爵は、アーサーよりも経験豊富で能力が高い。普段であれば傀儡王のように「あいわかったぞ」「このままでいいぞ」「よきにはからえ」と言うところだが、今回渡された書類には気になる点があって、アーサーはそれを見過ごしてはいけないと思った。
(俺はモンテローザ公爵の主君だ。神だ。誰よりも落ち着いていて、威厳があって。頼りになる、理想の王だ)
アーサーはそんな自分を思い描き、演じた。
「公爵、他の部分は問題がないので、その点だけ直してくれるか」
モンテローザ公爵に新体制の役職リストを返すと、公爵はつるりとした声を響かせた。
「しかし、陛下には預言者がいないではありませんか」
不意打ちのように浴びせられた真実は、アーサーの胸をグサリと刺した。
妃探しなどといって、探しているのは知っているのだぞ――そんな声だった。
「そんなことはないぞ」
アーサーは内心で狼狽しつつ、咄嗟に嘘をついた。
「俺の預言者ダーウッドは、今シュネーといる。俺がシュネーを護衛させたんだ」
(あ。それでいいじゃないか? ダーウッドは、シュネーといる。俺が護衛させたからと言えばいいのだ)
咄嗟についた嘘だったが、アーサーは「いいぞ」と思った。そして、強気に口の端をもちあげた。
「俺の預言者ダーウッドは紅国の事情を探り、恩を売るための策を献上してくれたのだ」
もちろん、これも嘘だ。しかし、手紙は情報をもたらしている。それで知ったことを活かせばいいのだ。アーサーは思い付きにどんどん勢いを得た。
「俺はこれから空王と共に紅国に赴く。準備せよ」
モンテローザ公爵が目を見開いている。気分がいい。
「陛下!?」
「これは決定事項である。王の決定は絶対である。モンテローザ公爵、よいな」
本物の父との思い出が胸に蘇る。
『アーサー? 今からお父様、偉い王様の練習をするから、偉そうに見えるか意見を言ってくれるかい』
……ふと悔しさが胸に湧く。
父は努力していたのだ。
立派な、理想の王様になろうと父なりに頑張っていたのだ。
なのに、なのに。殺されたのだ。
そんな努力は最初からいらなかったのだ、とばかりに、成り代わられたのだ。
……俺は父が殺されたことにも気づかない間抜けなのだ!
ああ、それなのに。
この国の王ができるのは今現在、偉そうなフリをするだけの間抜けの俺しかいないのだ。
(……もしくは、フィロシュネーか)
騎士シューエンの手紙が思い出される。
『ダーウッドどのは「フィロシュネー殿下が望むならアーサー陛下に嘘の預言をしても構わぬ」と仰ったのでございます』
『大変伝えにくい事実でございますが、ダーウッドどのは、アーサー陛下よりもフィロシュネー殿下に忠誠を誓っているものと思われます』
(けれど、けれど。預言者は俺を選んだのではないのか? 俺に王冠をかぶせてくれたのは、ダーウッドではないか)
アーサーは弱気になりそうな自分の心を奮い立たせた。幸い、隣には友がいる。
「アルブレヒト陛下。俺とまいりましょう。未来を自分の手でつかみに」
手を差し伸べれば、友はこたえてくれた。
実はちょっとだけ心配したのだが、「なに勝手に自分を巻き込んでいるんですか」と不満を垂れることもない。よかった!
しっかりと手が握られる。頼もしい。これぞ、友。
公爵との会話を静かに見守ってくれていたアルブレヒトは、白い歯を見せて笑った。
「アーサー陛下。いいですね。私も、もっと積極的に動かなくてはならないと思っていたのです」
「ええ、ええ、アルブレヒト陛下。この手で一緒に、未来をもぎ取ってやりましょう」
(友は俺の不安を理解してくれている。同じ立場だから。同じ目線の高さで、同じ苦境にいる)
そんな存在にだけ、言える言葉がある。
アーサーは友にだけ聞こえるよう、声をひそめた。
「アルブレヒト陛下。俺たちは、神様のフリをしたちっぽけな人間ですね?」
立場上、思ったとしても大っぴらに言ってはいけない言葉だ。けれど、アルブレヒトはまっすぐにアーサーに心を返した。強い共感を瞳にあらわにして。
「そうではないかと思っていました。けれど、皆は私が神であってほしいと思っているのですよ」
「ははっ、わかります」
だから、アーサーは神様のように笑った。
「では、アルブレヒト陛下。俺たちは頑張って神様のフリをしましょう」
「アーサー陛下。どちらがより神様らしく振る舞えるか、勝負しましょうか?」
アルブレヒトが青年らしいイタズラな眼をする。
(俺の友は、この青年は、こんな顔もするのか)
アーサーは楽しくなって、人間らしさ溢れる顔で何度も何度もうなずいた。
――こうして、二人の王は手を結び、紅国に向かうことになったのである。




