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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、協奏のキャストライト

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102、俺は父王が殺されたことにも気づかない間抜けなのだ!

 花の香りを含んだ微風が、優しく頬を撫でていく。

 

 過去を頭から払うように首を振り、アーサーは目の前の公爵に声をかけた。

「モンテローザ公爵、この役職リストには預言者がいないな」

 

 モンテローザ公爵は、アーサーよりも経験豊富で能力が高い。普段であれば傀儡(かいらい)王のように「あいわかったぞ」「このままでいいぞ」「よきにはからえ」と言うところだが、今回渡された書類には気になる点があって、アーサーはそれを見過ごしてはいけないと思った。

 

(俺はモンテローザ公爵の主君だ。神だ。誰よりも落ち着いていて、威厳があって。頼りになる、理想の王だ)


 アーサーはそんな自分を思い描き、演じた。


「公爵、他の部分は問題がないので、その点だけ直してくれるか」

 モンテローザ公爵に新体制の役職リストを返すと、公爵はつるりとした声を響かせた。


「しかし、陛下には預言者がいないではありませんか」

 不意打ちのように浴びせられた真実は、アーサーの胸をグサリと刺した。

 

 妃探しなどといって、探しているのは知っているのだぞ――そんな声だった。

 

「そんなことはないぞ」

 アーサーは内心で狼狽しつつ、咄嗟に嘘をついた。

「俺の預言者ダーウッドは、今シュネーといる。俺がシュネーを護衛させたんだ」


(あ。それでいいじゃないか? ダーウッドは、シュネーといる。俺が護衛させたからと言えばいいのだ)


 咄嗟についた嘘だったが、アーサーは「いいぞ」と思った。そして、強気に口の端をもちあげた。


「俺の預言者ダーウッドは紅国の事情を探り、恩を売るための策を献上してくれたのだ」


 もちろん、これも嘘だ。しかし、手紙は情報をもたらしている。それで知ったことを活かせばいいのだ。アーサーは思い付きにどんどん勢いを得た。


「俺はこれから空王と共に紅国に赴く。準備せよ」

 

 モンテローザ公爵が目を見開いている。気分がいい。


「陛下!?」

「これは決定事項である。王の決定は絶対である。モンテローザ公爵、よいな」

 

 本物の父との思い出が胸に蘇る。

『アーサー? 今からお父様、偉い王様の練習をするから、偉そうに見えるか意見を言ってくれるかい』 

 

 ……ふと悔しさが胸に湧く。

 

 

 父は努力していたのだ。

 立派な、理想の王様になろうと父なりに頑張っていたのだ。

 なのに、なのに。殺されたのだ。

 そんな努力は最初からいらなかったのだ、とばかりに、成り代わられたのだ。

 

 ……俺は父が殺されたことにも気づかない間抜けなのだ!


 ああ、それなのに。

 この国の王ができるのは今現在、偉そうなフリをするだけの間抜けの俺しかいないのだ。

 

(……もしくは、フィロシュネーか)


 騎士シューエンの手紙が思い出される。


『ダーウッドどのは「フィロシュネー殿下が望むならアーサー陛下に嘘の預言をしても構わぬ」と仰ったのでございます』 

『大変伝えにくい事実でございますが、ダーウッドどのは、アーサー陛下よりもフィロシュネー殿下に忠誠を誓っているものと思われます』 

 

(けれど、けれど。預言者は俺を選んだのではないのか? 俺に王冠をかぶせてくれたのは、ダーウッドではないか)


 アーサーは弱気になりそうな自分の心を奮い立たせた。幸い、隣には友がいる。

 

「アルブレヒト陛下。俺とまいりましょう。未来を自分の手でつかみに」


 手を差し伸べれば、友はこたえてくれた。

 実はちょっとだけ心配したのだが、「なに勝手に自分を巻き込んでいるんですか」と不満を垂れることもない。よかった!

 しっかりと手が握られる。頼もしい。これぞ、友。


 公爵との会話を静かに見守ってくれていたアルブレヒトは、白い歯を見せて笑った。


「アーサー陛下。いいですね。私も、もっと積極的に動かなくてはならないと思っていたのです」

 

「ええ、ええ、アルブレヒト陛下。この手で一緒に、未来をもぎ取ってやりましょう」

(友は俺の不安を理解してくれている。同じ立場だから。同じ目線の高さで、同じ苦境にいる)


 そんな存在にだけ、言える言葉がある。

 アーサーは友にだけ聞こえるよう、声をひそめた。


「アルブレヒト陛下。俺たちは、神様のフリをしたちっぽけな人間ですね?」  


 立場上、思ったとしても大っぴらに言ってはいけない言葉だ。けれど、アルブレヒトはまっすぐにアーサーに心を返した。強い共感を瞳にあらわにして。

 

「そうではないかと思っていました。けれど、皆は私が神であってほしいと思っているのですよ」

「ははっ、わかります」

 

 だから、アーサーは神様のように笑った。


「では、アルブレヒト陛下。俺たちは頑張って神様のフリをしましょう」

「アーサー陛下。どちらがより神様らしく振る舞えるか、勝負しましょうか?」


 アルブレヒトが青年らしいイタズラな眼をする。

(俺の友は、この青年は、こんな顔もするのか)

 

 アーサーは楽しくなって、人間らしさ溢れる顔で何度も何度もうなずいた。




 ――こうして、二人の王は手を結び、紅国に向かうことになったのである。

 

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