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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、協奏のキャストライト

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99、またやり直せばいい/友は、殺されてしまった


 二つの月が静かに視界を照らす夜。

 

 亜人たちの影が、建物の影から影へと跳ねるように移動する。

 

「脱走を手伝ってくれてありがとう、カサンドラ」


 令嬢の姿から男の姿に戻った呪術師『メアリ―』は脱走を手伝ってくれた仲間に感謝の眼差しを向けた。


「仲間ですもの」


 カサンドラの声は、耳に心地よい。メアリーは安堵した。失敗を叱責されたりは、しないのだ。


「報告しとくけど、チェスの打ち筋は別人だった……あれは本物のフィロシュネー姫で間違いないと思うよ」


 カサンドラは同意した。


「パーティにいたのは、本物でしたね。刺激をありがとう、メアリー。おかげでパーティを楽しめましたわ」

「こっちはひどい目にあったけどね……」


 自分たちは仲間なのだ。

 この広い世界で数少ない同志――家族のようなものだ。


 ≪輝きのネクロシス≫は、今は亡き呪術王オルーサがつくった亜人を幹部に持つ組織だ。

 初めて会合に顔を出したとき、メアリーは自分のことよりも「父は何を言ったのか」「父は何をしたがっていたか」と質問責めにされた。亜人たちは、父をいまいち理解できなかったのだ。互いに言葉を交わしていても、心を通わせきれない。その心を理解できない。父オルーサと亜人たちの間には、そんな目に見えない障害があった。

 

「父はただ退屈しのぎをしているのでは」

 思いついたのは、カサンドラだった。

 

 不老不死――『不老症』の亜人たちのうち、長く生きている者ほどその考えに共感した。

「私たちは、父と一緒に遊べばいいのですわね」


 ――そして、父は死んだ。

 

(シェイドに会ったら、謝らないと)

 

 過去に廃棄された亜人のペットだった獣人のシェイドは、メアリーの友達だった。主人がいなくなったあとも組織に所属して、一緒に略奪愛を楽しんでいたのだ。


「オルーサ様の仇を討とう。どうせ暇だし」

「でもメアリー、『真実を暴く聖女』フィロシュネー姫には気を付けた方がいい。関わらないようにしておいたら」


 シェイドはそう言っていたのだ。


「臆病なシェイド。オルーサ様がつくった神鳥はもういないんだよ?」


 メアリーはシェイドをせせら笑い……その結果、お気に入りだったスーン男爵令嬢としての地位も人間関係も台無しだ。せっかく逆ハーレムをつくっていたのに。


(ごめんシェイド、言うとおりにしておけばよかった)

 でも、命は助かった。またやり直せばいい。

  

「あのインロップ伯爵、手柄が帳消しになるね。いい気味だよ、火炎対策しただけであんなに調子に乗って……と、あれっ、カサンドラ?」


 メアリーは警備担当のインロップ伯爵が悔しがる顔を想像してニンマリとした。そして、異変に気付いた。


 自分が連れて来られたのは、霧の結界が巡らされている、カサンドラの実験場だ。

 研究・実験好きのカサンドラたちが最近せっせと育てている、大きくて不思議な気配の木がある。


「はぁい」


 その根元でカサンドラが妖艶に微笑み、杖を掲げる。未知の術の気配が杖先から感じられる。術のターゲットは――メアリーだ。

 

「え……、え?」

 ――力が抜けていく。急速に。

「カサンドラ、なぜ杖をこちらに向け……っ?」


 メアリーの膝がガクリと折れて、地面に倒れ込んだ。


「あっ……、あ、あ、あア、――っ? や、ヤァッ……や、や、ぁ」


 吸われている。吸われていく。魔力が――魔力だけではない。不老不死の生命が。

 どんどん。容赦なく――自分から失われていく!


「や、ヤッ……、やめ」


 殺される。脳に警鐘が鳴る。

 メアリーは慄き、抵抗しようとした。

 しかし、もう杖を握る力すらない。


(死ぬ? 殺される?)

 見開いた眼には冷然と自分を見下ろす仲間が映っている。


 なぜ。

 どうして。


(騙したなカサンドラ。こいつ、こいつ――)


 憎悪が。未練が。目の前の『敵』に吐き出される。

 

「……カサン、ドラ……ッ」 


 力なく言葉を吐きだすのを最期に、メアリーの意識は途絶えた。


「退屈な明日に、愉しみを……でも、あなたに明日はもう来ない」

 カサンドラは優雅に微笑み、吸い上げた生命を木に喰らわせた。

 

 

* * *

 

 メアリーには親しい組織員がいた。シェイドだ。


 シェイドは、生粋の組織員ではない。

 親を亡くして群れから追放されて野垂れ死しかけていたところを、≪輝きのネクロシス≫のメンバーであった亜人の師匠に拾われただけの狼獣人だ。

 師匠は、あるときオルーサ様に『廃棄(はいき)』された。シェイドは詳しく知らないが、廃棄というのは殺されることらしい。


『でも師匠は生きてるじゃないですか』


 生きている師匠に言えば、師匠は陽気に肩を揺らした。


『組織内では死んだことになっておる。シェイド、アロイス、ツァイナ。お前たちももう組織の者とは縁を切るのじゃ』 


 不老症で歳を取る様子がなかった師匠は、その後、なんと『不老症を治した』と言って老いていった。


『不老症が治るなんて聞いたことがない。歴史に残るレベルの発明ですよ』


 弟子たちは驚くばかりだったが、師匠は弟子たちに口留めをして、のんびりと余生を過ごすようだった。


『師匠、不老症の人の中には、普通の人間になりたい人もいるのではないですか? 発明を世の中に発表したら、喜ばれると思いますよ』


 弟子たちはそう言ったが、師匠は無視しつづけた。

 師匠がこのまま死んだら、不老症の治し方が世の中に知られないままになってしまう。それって、どうなのだろう……シェイドはそう危惧するようになった。

 

 そんな中。


『シェイド。最近、組織に顔を出さないから死んだのかと思っていたよ』


 メアリーがシェイドを見つけて、気さくに話しかけてきたのだった。


『メアリー。俺のこと、覚えてたんだ。気にしてくれてたんだ?』

『友達じゃない。次はなにして遊ぶ? 次の会合は、来る……?』  

 

 男なのに令嬢としての人生を好むメアリーは、シェイドを友と呼んでくれた。

 その響きが思っていたより心地よくて、シェイドは師匠や弟子仲間たちに隠れて組織に戻ったのだった。


 ……そして今、友が窮地(きゅうち)にいる。


(だから言ったじゃないか、メアリー)


 シェイドは先日、メアリーに言ったのだ。


『フィロシュネー姫にちょっかい出すのはやめておけよ』と。

 

「メアリー、メアリー!」


 シェイドは、友人を探していた。捕まった友人を助けようと勇気を出して機会をうかがっていたら、忍び込んだ先にはメアリーはいなかったのだ。


(もう逃げた後……?)


 深い眠りは、カサンドラが得意とする術だろう。シェイドは嫌な予感をおぼえながら、地面に鼻をこすりつけた。

 獣人の鼻は人間の何倍も利く。


(匂いがある。こっちだ)


 匂いをたどりながら、シェイドは仲間の匂いを消していった。匂いの向かう先は、霧に隠されたカサンドラの実験場だ。


(ここまで来れたなら、もう大丈夫だな!)

 シェイドは尻尾を揺らして中に入った。


「カサンドラ、メアリー? 匂いが残っていたぞ。俺以外の獣人に追跡されたらどうするんだ。ちゃんと匂いを消さないとだめだろ」

 

 シェイドは息をのんだ。

 黄金の葉を枝いっぱいに揺らす大きな木の根元で、カサンドラがしゃがみこんでいる。

 彼女の視線の先には、メアリーがいた。木の幹にもたれかかるようにしているメアリーはぐったりとしていて、動かない。


「メ、メアリー!!」

 

 慌てて駆け付けるシェイドは、現実に愕然(がくぜん)と膝を折る。メアリーは事切れていた。


「残念ですわね。私はメアリーを助け出したのだけど、毒が盛られていたみたいですの」


 カサンドラが悲しげに教えてくれる。


「ど……毒が」

「魔法チェスの対戦中かしら。気付いたときには、もう遅かったのですわ。そういえば青国には王家につたわる秘薬があるとダーウッドから聞いたことがあります。それかもしれませんね……」

  

 シェイドは震える手でメアリーを抱きしめた。


「メアリ―、メアリー、だから言ったじゃないか! フィロシュネー姫にちょっかい出すのはやめておけって」


 そうだ。言ったのだ。

『オルーサ様の仇だ、許せない』

 そう言って復讐に燃えるメアリーが危うくて、シェイドは忠告をしていたのに。


「ばか、メアリー、馬鹿野郎……っ」


 メアリーを抱きしめると、体温がまったくない体は「ぬけがら」という言葉を想起させるほど虚しく、冷たい。


 遅かった。

 救えなかった。


 ……友は、殺されてしまった!


「くそおおおおおおおおおおおお!!」

 

 もっと強く止めていたらよかった!

 一緒になって遊んだりしなければよかった!

 


 二つの月が見下す夜に、獣人の号哭が響く。


「許さない! 俺の友達を殺した青国は、絶対に……!」


「シェイドは友達思いのいい子ですわね……」

 

 カサンドラはそんな獣人を見下ろして、毒々しい冷笑を浮かべる。


「私も悲しいですわ、オルーサ様もメアリーもシェイドも、家族だと思っていますもの。家族を殺されて、私も悔しい……」

「か、家族……」

「ええ。私たちは、家族みたいなものでしょう? 私はそう思っていますよ」


 月明かりに照らされた『家族』は手を差し伸べた。


「仇をうちましょう」

 

 麗しい声は、天啓のように獣人の心を動かした。その心に仇という存在を刻み込んだ。


 ……青国だ。

 青国の王族が、仇なのだ。

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