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1、お父様のお気に入りをいじめちゃ、だめ(オープニング)

 最近、夢を見る。

 現実で神様のように崇められている父王が、実は悪辣(あくらつ)な王で、民はみんな幸せに暮らしていると思っていたら悪政に苦しんでいた、という悪夢だ。

 

(どうしてそんな夢を見るのかしら。まるで、流行している物語のよう)

  

 大陸の東部にあるサン・エリュタニア青国(せいこく)の第一王女フィロシュネーは、疑問を抱きつつ絢爛豪華な夜会の場に姿を見せた。


 フィロシュネーが社交の場に姿を見せることは珍しい。

 

青王(せいおう)陛下の『(かご)の鳥姫』が社交の場にいらっしゃるとは」

 

 集まっていた貴族たちは、驚いている。


 十四歳のフィロシュネーは白い花のように可憐なお姫様だ。

 

 透明感のある滑らかな肌に、絹糸のような白銀の髪。

 長い睫毛に彩られた瞳は、『移り気な空の青チェンジリング・ブルー』といい、角度や光の加減で色合いが複雑に変わる、王族特有の神秘的な瞳。


 『(かご)の鳥姫』というのは、父である青王(せいおう)が籠の中の鳥みたいに愛でているからついた呼び名のようだった。

(そうね、わたくしは籠の鳥……)

 フィロシュネーにとって、父は絶対の存在だ。

 

 今宵の夜会は「夜会で可愛らしく振る舞いなさい」「貴族が正義に反する振る舞いをしたら、王族として注意するのだぞ」と命じられている。

 

(わたくしは、いかが? 可愛らしく魅力的に見えまして? 悪いことをしている貴族は、いませんわよね? ……ふふっ、みなさん、わたくしを見ていますわね。わたくし、主人公(ヒロイン)みたいになれそう?)

 

 フィロシュネーには「物語の主人公(ヒロイン)のように特別な存在でありたい!」という願望があった。

 

 物語のヒロインは自分とはぜんぜん違う。

 心が美しくて、強くて健気で、賢くて。すごいことをしたりして周りをびっくりさせて。

 お友達がたくさんできて、理想の殿方に溺愛されたりする。

 それと比べて自分は、父王には大切にされているけど、お友達もいなくて、籠の鳥(引き篭もり)で、寂しい……。

 

「珍しいといえば、隣国の客が夜会に猫を連れてきていたぞ」

「白銀の毛並みをした猫だな。私も見た。珍しい毛色とはいえ、夜会に連れてこられてもな」 


 ちょっと気になる噂も聞こえつつ。

 

「英雄などと呼ばれても平民だ。農村生まれが貴族にまざろうなどと思い上がるな」

「貴様の近くにいると汚れる。褒美をいただいたら出ていけ!」


 なんと、貴族たちが農村出身の若い傭兵に寄ってたかって暴言を浴びせている。


(まあ。まるで物語の中の悪役みたいに、貴族が平民をいじめているわ!)


 びっくり。とてもわかりやすく「悪いこと」をしている!

   

 絢爛豪華(けんらんごうか)な夜会の場で、色彩豊かな夜会衣装に身を包んだ貴族たちのひしめく中、黒づくめの傭兵はとても浮いていた。


「平民が調子に乗るな、這いつくばって『俺はあなたがたより下の身分です』と言うくらいでいいのだ。ほおれ、やってみせよ」


 悪意がわかりやすい。

 父が「ほーら、悪いことをしている貴族がいるよね? 断罪しなさい」と役者を用意して試しているのかもしれない。


「お父様のお気に入りをいじめちゃ、だめ」

 

 フィロシュネーは勇気を出して言葉を挟んだ。

 

「傭兵は功績を立てたのですわ。だから、お父様が取り立てたのです。『黒の英雄』という称号も、お父様が贈ったのです。彼を侮蔑してはいけません」

 

「……王女殿下!」


 噂に興じていた貴族たちは、フィロシュネーに気付いて驚いた。


(今気づいたの? 他の貴族たちは、入場してからずっとわたくしに注目していましたのに。悪口に夢中で、気づかなかったの?)


「今宵は隣国からのお客様も招いています。わが国の貴族が平民を蔑み虐げる言動をしているのを、見過ごせませんわ。正義の執行をしなければなりません」

 

「姫殿下、失礼いたしました!」

「フィロシュネー殿下がきいておられるとは思わず……!」

  

 この国の王は国家の全ての決定権を有している。

 直系王族は、断罪――「正義の執行」ができる。

 

 ここで貴族たちが恐れているのが、王族が「お前は悪だ」と言えば、悪いことをしていなくても悪になるという点だ。

 なので、貴族たちは日頃から全力で王族に媚びへつらっていた。


「普段はこのような失言はしないのです! 本当です。信じてください!」

  

 会場中の視線が集まる中、傭兵を(さげす)んだ貴族たちが拘束される。

 

 ちょっと怖くなるのは、最近みている悪夢のせい。

 父は正義なのかしら、わたくしは父の言いなりでいいのかしら、という不安が湧いてくる。


 ……調べてみたい。確認してみたい。真実を。

 

「そうそう」

 

 フィロシュネーは、彼らが手にしていたグラス(酒杯)に視線を送った。

 

「あの方々、失言を誘うようなお薬でも盛られていたのではないかしら? 最近読んだ物語に、そういうのがあったの。調べてみてくださる?」


 単なる、好奇心。

 単なる、思い付き。


 そんな風に無邪気に発した言葉に反応するのは、父である青王だった。


「おやおや。我が娘よ。正義の執行は素晴らしいが、悪人の背景など気にしなくてもよろしい!」

  

 青王は実年齢が四十七歳。外見年齢は三十代ぐらいに見える。

 この国と隣国には「預言者」という王の選定者がいる。フィロシュネーの父は、何人もいた王位継承者の中から選ばれ、王様をしている。


 父は、いつからか「不老症」という珍しい体質になっている。

 他殺されたり、本人が「そろそろ辞める、死ぬ」と引退の意思を固めるまで、何百年でも若い姿で生きるのだ。

 王太子アーサーが二十二歳の誕生日を迎えてからは「パパはそろそろアーサーに王位を譲って死ぬよ」とちょっと怖い冗談を言うようになっているのだが、まだまだ現役で何十年も王様を務めるだろう。そんな父王を、民や臣下は本気で神として信仰していたりする。

 

「それにしても、杯に薬を盛るシーンがあるなんて、そんな物騒な書物はわが娘の本棚にふさわしくない。没収しようね。その本のタイトルは?」 


 父である青王は有無をいわせず臣下を動かし、一冊の本を彼女の世界から取り上げた。


 こんな風に「ふさわしくない」ものを排除して、青王は王女を「恋愛以外なにもわからない、ただ可愛いだけのお姫様」になりなさい、と育ててきたのだ。


「英雄、英雄!」

   

 青王は続いて、傭兵を呼びつけた。


「第一王女はどうだ、お前を(かば)ったぞ、可愛いだろう? 良い子だろう? 気に入ったか?」


 青王は傭兵を隣に座らせ、なんと自分の手で杯を取って傭兵の手に握らせる。


 傭兵は見ている側が眉をひそめるほど不愛想で、にこりともしない。だが青王は百年来の親友と接するような距離感で、浮かれて。それはもう大はしゃぎで。

 

「我が娘、第一王女を黒の英雄への褒賞とする!」

 と、発表したのだった。


「……お父様ぁっ!?」 


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