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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吸血鬼になったせいで全てを失ったけどヴァンパイアハンターは私に優しくしてくれます

「お姉様、吸血鬼になった気分はいかがですかぁ?」


 妹のエレナが尋ねてきた。

 汚い物を見るような目をしている。


「伯爵令嬢の血は美味しかったですかぁ? もちろん美味しいですよねぇ? だって私達より格上のお方の血液ですもの。さぞ感動された事でしょう」


 ケタケタと笑い続ける妹。

 私は彼女に言った。


「……ごめんなさい」


 するとエレナは耳に手を当て、少し近付いた。


「はぁ? 何ですってぇ?」


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 エレナは少し後ろに歩いて腕組みをした。


「お姉様、謝る相手が違うんじゃないかしら」


「あ、貴女には迷惑をかけたから――」


「伯爵のお嬢様はもうこの世におられませんから、謝ったって無駄ですよ。お姉様のせいで死んじゃって! 顔をグチャグチャにされて! 美人だったのに! お姉様、ブスだからって嫉妬しすぎですよぉ」


「……」


「可哀想なお嬢様でしたね。ただ私達のメイドをイジメただけで。何も殺める必要はなかったんじゃないですかぁ?」


「し、死なせてしまったのは本当に申し訳ないと考えています。で、でも信じて! 殺すつもりはなかったの! た、ただメイドのマーガレットがあまりにも可哀想だったから、つい……」


「吸血鬼ってものすごい怪力があるんですよ。平手打ちでも岩を破壊できるそうなんですから」


 身体を縛っているロープを意識した。

 力をこめてもびくともしない。


「無駄ですよ。そのロープは教会から頂いた特別な物です。邪悪な者を拘束するためのね」


 私は木の柱にロープで縛られている。


「それじゃ夜も遅いので私は帰りますね。夜明けとともにお姉様が焼け死ぬところを見たかったのですが、夜更かしは美容に悪いですよね」


 エレナは嬉しそうに手を振った。


「そうそう、お姉様の許嫁だった王子様はひどく落ち込んでしまわれたそうですよ。当然ですよね。吸血鬼で殺人犯なんですから」


 エレナはその場で軽く踊った。


「ですから、代わりに私が王子様と結婚する事になりました」


「……え?」


「来週の月曜日に式をあげます。私が王子様の傷付いた心を癒して差し上げます。ですからお姉様は安心して死んでください」


「え、エレナ……」


「それじゃ、さようなら。ば・け・も・の・お姉様」


 妹は屋敷に戻っていった。

 ここは畑の真ん中だ。

 月や星が輝いている。


 私は男爵家の長女エリザ。

 普通に生きてきたはずなのに、ある日吸血鬼になってしまったのだ。


 さらにあろうことか伯爵令嬢を殺めてしまったのだ。


 そんな私に両親は激怒。

 親子の縁は切られ、こうして柱に縛られている。

 もうすぐ太陽が昇ってくる。

 吸血鬼は太陽の光を浴びると焼け死ぬと言われている。


 正面の空が明るくなってきた。

 もうすぐ全てが終わるんだ。

 私なんて死んだ方がいいんだ。


 ……でも。

 ……でも。


「死にたくないよう」


 涙まじりに呟いた。

 すると突然、身体が自由になった。

 拘束していたロープが切れていたのだ。


 振り返るとメイドがいた。

 その手にはナイフが握られている。

 彼女は小声で言った。


「エリザお嬢様、今のうちに早くお逃げください」


「マーガレット! どうしてここに!?」


「しー。静かにしてくださいまし。お屋敷の方々に気付かれてしまいます」


「な、なぜ助けるの? こんな事したら貴女だってただじゃすまないのよ」


 マーガレットはナイフを仕舞い、私の手を掴んだ。


「わたくしが今こうして生きていられるのは、全てエリザお嬢様のおかげです。主人の窮地をお救いするのは、奉公人として当然の役目です」


 彼女の言葉に泣きそうになった。

 ひとりぼっちで死んでいくのが寂しかったからだ。


「ありがとうマーガレット。だけど、もう屋敷に戻りなさい」


「いいえお嬢様。わたくしはどこまでもお供いたします」


「いけないわ。私は吸血鬼よ。貴女だって殺してしまうかもしれない」


 本当はマーガレットと一緒にいたかった。

 でもそれでは彼女にまで令嬢殺しの共犯にされかねない。

 いや実際、私が伯爵令嬢を殺めた時、マーガレットもそばにいた。

 だから共犯を疑われた。


 そこで私が潔く死を選ぶから、マーガレットを不問にしてくれと申し出たら、伯爵様は納得してくれたのだ。


 悪いのは私ひとりで十分なんだ。


「申し訳ございません。わたくしが不甲斐ないばかりに」


「貴女は何も悪くないわ。それより傷は大丈夫なの?」


 マーガレットの身体は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 黒基調のメイド服を包帯の上から着ている事で、彼女の存在を確認できる。

 彼女は皮膚の病気のせいで、常に包帯を巻いていなければいけなかったのだ。


 マーガレットはその事で、ある日伯爵令嬢と取り巻きたちにイジメられていたのだ。

 だからイジメを止めさせようとしたら、平手打ちをされ意識を失った。

 そして気が付くと令嬢を殺してしまっていたのだった。


「さ、早くお逃げください。もうすぐ夜明けです。森の奥に使われていない古い屋敷がございます。ほとぼりが冷めるまでそこに隠れてくださいまし」


「ありがとうマーガレット。この恩は決して忘れないわ」


 ◇


 屋敷に隠れて数日、今日はエレナの結婚式の月曜日。

 だけど私にはもう関係ない話だ。


 そんな事より、とにかくお腹が空いた。

 いや、正確には喉が乾いた。

 ここに来てずっと井戸の水でしのいできたけど流石に限界だ。


 温かい物が飲みたい。

 そう、例えば人間の血とか。


 殺した令嬢の事を思い出した。

 美人ではあるが横暴で有名だったけど、そのお顔は無残に変わり果てていた。

 辺りには肉片や血が飛び散っていた。

 そう血だ。

 真っ赤な血。


「……面白かったなぁ」


 取り巻き達は悲鳴を上げていた。

 なぜか愉快に思える。


「……どうしちゃったんだろう私。人の不幸を喜ぶなんて」


 吸血鬼になってしまった影響だろうか。

 ……それともこれが私の本性なんだろうか。


「やっぱり私は死んだ方がいいわ!」


 扉の方へ歩いていった。

 今は昼だ。

 扉を開ければ、太陽の光が入ってくる。

 それを浴びれば、私は燃えて終わるのだ。


 ドアノブを握った。

 あとはこれを開けさえすればいいだけだ。


「……すぅ!……はぁ!……すぅ!……はぁ!……」


 ただの深呼吸が爆音に聞こえた。

 さらに心臓の音もかなりうるさい。


 いったい何を躊躇っているんだ。

 吸血鬼は化け物。

 吸血鬼は悪い奴。

 だから死ななきゃいけない。

 はい決まり。


 目を閉じて、扉を思い切り開けた。

 それは内開きだった。

 だから外に誰かがいても傷付ける事はない。


 全然熱くないから目を開けてみた。

 すると目の前に男性が立っていた。


 私の頭が、彼の胸に当たるくらいの背の高さ。

 黒い髪を伸ばしていて、うなじ付近でひとつにまとめている。

 鼻は高く、やや痩せている印象だ。

 彼の刃物のような鋭い視線が、私に降り注ぐ。


「貴様が吸血鬼か?」


 低い声で彼は言った。


「しょしょしょしょしょしょうでしゅ」


 裏返った声で返事をしてしまった。

『そうです』じゃなくて『しょうでしゅ』とか馬鹿じゃないのか私。


「何だ。顔もイマイチなら頭はもっと酷いな」


 彼は少し笑った。

 逆に私は怒りを覚えた。


「何ですか貴方は! 初対面の相手に。女の子に対して失礼じゃありませんか!」


 彼は面倒くさそうに頭をボリボリかいた。


「汚いわね! フケが落ちたらどうするの! ――ちょっと待ちなさいよ!」


 彼は私を素通りして、屋敷の奥へ行った。

 私もあとを追う。


 いくつかある部屋に彼は入った。

 そこにある古いベットに彼はうつ伏せに倒れた。


「ちょっと何なんですか貴方は? 人の家に勝手に――」


「ここ俺んち――」


 その言葉を最後に、ひどいいびきに変わった。

 すごく大きな音だ。

 建物全体が揺れている。

 倒壊するんじゃないのか?


 まあ、それはそれとして。

 床に落ちていた毛布を彼にかけてあげた。


 私はホールへ行って、そこにあるイスに座った。

 彼は何者?

 どうして私が吸血鬼だと知っている?


 自分の顔をさわりまくった。

 以前と変わった所といえば、耳がエルフのように長くなり、牙が生えた事ぐらいだろう。

 それとも他に特徴があるのか?

 でも残念だけど確認する事はできない。


 この屋敷には鏡があるのだが、なぜか私は映らないのだ。

 後ろの家具類はちゃんと映っているのに。

 吸血鬼だからだろうな。


 ◇


 私はイスに座ったまま眠ってしまっていた。

 彼の声で目が覚めたのだ。


「おーい吸血鬼! ブサイクな吸血鬼!」


「ブスじゃありませんよ!」


 彼は私の正面、数メートル離れた所でイスに座っていた。

 無表情をしていた彼は、口元を少し緩め、私に何かを投げ渡した。


 反射的に受け取ってみると、それは瓶であった。

 中身は赤い液体だった。


 もしかして血?

 これは人間の血なの?

 ああ、すごく美味しそう。


 蓋を開けて一口飲んでみた。

 冷たく、酸っぱく、苦味がある。

 これが人間の血の味だったのか。

 はっきり言ってあまり美味しくない。

 でも喉が乾いていたから飲み干してしまった。


「……ご、ごちそうさま」


 男はふんと鼻で笑った。


「トマトジュースは気に入ったか?」


「え? そうだったんですか? 私てっきり人の血液かと」


「馬鹿か。吸血鬼にそんな餌やるか」


「餌って、私動物じゃないわよ!」


「その様子じゃ、まだ人間は襲ってねぇみてぇだな」


 私は空になった瓶を握りしめて、首を横に振った。


「ち、違うわ。私は殺している」


「だったら俺と出会った瞬間、襲うなり逃げるなりの態度をするだろ」


 え?

 この人なにを言っているの?


 彼はゆっくり歩いてきた。

 笑みは消え、無表情。

 いや、鋭い目つきからは殺意が感じられる。


 彼は目の前で立ち止まった。

 私は彼を見上げ、ただその黒い瞳を見つめるだけだった。


 次の瞬間、私の喉にナイフが突き付けられた。


「――!?」


 恐怖が込み上げてきたが、必死に押さえ付けた。

 ごくりと唾を飲み、相手を睨み付ける。


 刃先が当てられた皮膚は痛みと熱さが感じられた。

 でも我慢だ。

 私はさっき自ら死のうとしたんだ。

 だから、ここで、こんな男に泣いたりなんかしたくはない。


 彼は少し笑った。


「怖じ気づかないとは大したもんだな。それともビビって動けないのか?」


 私は言い返そうとした。

 だけど口が震えてうまく喋れない。

 やはり怖いのだろうか?


 すると男は顔を近付けた。


「――ひっ」


 思わず目を閉じてしまった。

 父親以外の異性がこんなに近付く事は初めてであったからだ。


 でもいつまでも、つぶっていてはいけない。

 私はゆっくり目を開けた。


 男の顔はすでに離れていた。

 彼は言った。


「血の臭いがまるでしない。お前、まだ殺しはしてないな」


 今度こそ反論してやろうとしたけど、まだ口が震えている。

 だから両手で頬を引っ張り、口で思いっきり息を吸い、ゆっくり喋った。


「私はエリザ。伯爵令嬢を殺めた極悪人です」


「お前が令嬢殺しの犯人だと?」


 うなずいた。


「ないな、ない。吸血鬼が出たって聞いたから、探し回ったがとんだ無駄足だったぜ」


 今度は私の方から彼に近付いた。

 ナイフはいつの間にかしまわれていた。

 顎が彼の胸にギリギリ着かない所で、見上げて怒鳴った。


「どこをどう見ても私は吸血鬼です! とても危険な存在なんです!」


 すると彼は自分の鼻を摘まんだ。

 そしてとんでもない事を言った。


「お前、口が臭い。鼻がもげそうだぜ」


「はぁ!? 何てこと言うのよ!」


 私は彼の股間を蹴り上げた。

 しまった、ついやってしまった。

 これで彼の身体は木っ端微塵になって――


「あ、あれ?」


 彼の身体は何ともなかった。

 ……ただその場でうずくまっていただけだ、股間を押さえて。


 私の身体は突然激しく震えてしまった。

 その場で立っていられるのがやっとだった。

 しかし彼から早く離れたいから、後ろ向きでゆっくり歩いていく。


 屋敷の一室に私は入った。

 そして扉を閉めて、ベットに座った。


 呼吸が荒くなっている事に気付いた。

 さらに心臓の鼓動も激しい。


 私は口を両手で覆い、口で息をした。

 生暖かい空気を鼻で吸い込む。


「……」


 次に腋に鼻を近付けた。


 私は部屋のすみに行き、しゃがみこんだ。

 頭を抱える。


「……最低だわ、この女……」


 思えばここ数日、歯を磨いてないし身体も洗ってなかった。

 でもしょうがないでしょう。

 突然、吸血鬼になるし人は殺しちゃうし、とにかく頭が混乱して身だしなみどころじゃなかったのよ!


 でもこのままではいけない。

 あの男が気絶しているうちに、身を清めよう。


 私は中庭に行った。

 周囲の建物のおかげで日陰になっている。

 そこにある井戸から水を用意して、それを大きな桶に入れた。


 服を脱ぎ、水がはられた桶につかった。

 冷たっ!

 でも耐えなければいけない。

 よくよく考えれば汚れたままで死ぬところだったのだ。

 それはいけない。

 私は勘当されたとはいえ元男爵家の女だ。

 せめて綺麗なままで死にたい。


 身体を洗い、髪も洗った。

 口の中も指で磨く。

 さあ、これでもう臭いだなんて言わせないわよ。


 ところが桶から出ようとしたその時だ。

 身体が動かないのだ。

 身体は底に沈み、私は水の中に閉じ込められた。


 やだ、息ができない。


 このまま溺れてしまう?

 ここで死ぬのか?

 服も身に付けないで?

 そんなのは嫌だ!

 せめてバスタオルぐらい羽織らせてほしい。

 でも身体のほうは全く動いてくれなかった。


 もう駄目なんだ私。


 恥ずかしい最期だけど仕方ない。

 目を閉じて息絶えるのを静かに待った。


 すると突然、私の身体が宙に浮いた。

 水の冷たさは弱まり、代わりに外気の冷たさが加わった。


 目を開けると、あの男に抱かれていた。


「――なっ!?」


 彼は少し焦った表情で言った。


「馬鹿かお前! 吸血鬼が水に弱いのは常識だろうが」


 桶から出された私は地面に置かれた。

 そして彼はバスタオルを投げ渡す。

 それにくるまり彼を見つめた。

 彼は背を向けて屋敷の中へ入って行くところだった。


「待って!」


 彼は立ち止まった。

 だけど顔は向けてくれない。


「……あ、ありが……とう」


 彼は何も言わず屋敷に入って行った。


 ◇


 服を着た私はホールへ行った。

 彼はイスにふてぶてしく座っている。

 あくびをして声をかけてきた。


「少しはマシになったようだな」


 彼の目付きからは、小馬鹿にされているような気分になる。


 私はイスに座らず、腕組みをした。

 少し顎を上げて言った。


「あんまり女の子にひどい事言わないで」


「何だ? お前もまだまだ女としての自覚があるのか?」


「あ、当たり前でしょ!」


「臭いを気にするなら、お前は人間である証拠だ。安心しな」


 その言葉を聞いて、私はムッとした。

 大きな音を立てながら彼の所へ歩いていった。


 座り続ける彼に対し、今度は私が視線を降り注ぐ番となった。


「私は吸血鬼です! 何度も言わせないでください!」


 相手は無表情のままだった。

 しかし瞳からは余裕を感じられる。

 私が襲わないとでも高をくくっているのか?


『貴方の血を吸っちゃいますよ』と言おうとしたが、彼に先を越された。


「見た目は確かに吸血鬼だ。それは間違いない」


「――だ、だったら」


「でもそれだけだ。精神面は人間のままだ。問題ない」


 私は片手で口を押さえて、視線をキョロキョロしてしまった。

 いつまでもこの男を見ていると、頭がどうにかなりそうだからだ。


 そうだ、尋ねるのをすっかり忘れていた。


「私はエリザって名乗ったわ。だから貴方のお名前も教えてくれるかしら?」


 すると彼はイスから腰を上げた。

 再び私が見下ろされる立場へと変わった。


「俺はリチャード。ヴァンパイアハンターだ」


「ヴァンパイアハンター? つ、つまり吸血鬼を退治する事を生業にしているのよね」


「ああ。だけどな。お前は狩らねぇよ」


「なぜよ?」


「まだ誰も殺していないからな。そんな野郎を殺しても金にならねぇんだ」


「だから伯爵令嬢を――」


 リチャードの両手が、私の両肩を掴んだ。


「お前は犯人じゃねぇ」


 突然、肩を乱暴に掴まれたから、ひどく動揺してしまった。

 特に心臓の鼓動が激しく動いて痛い。

 彼は続けた。


「いいか、よく聞け馬鹿女! 人間をひとりでも殺した吸血鬼ってのはな、人間を見る度に食欲がわくんだよ! じゃあお前は俺を食いたいかぁ!? ええ!?」


 リチャードの顔を見つめた。

 食欲なんてわかない。

 整った顔立ちが素敵だ、という感情しかない。

 ……ってなに考えているのよ私!


 リチャードの手を退かそうと無理に抵抗した。

 そのせいで彼を押し倒してしまったのだ。


「――あっ」


 思わず恥ずかしい声を出してしまった。

 私は今、リチャードの胸におでこを当ててしまっていたのだ。

 私は慌てて彼から離れた。


「ご、ごめんなさい」


 私は床に正座をした。

 呼吸と心臓の鼓動がさらに荒くなってしまった。

 彼はゆっくり身を起こした。

 相変わらず無表情のままだ。

 怒らせてしまったのかな?


 リチャードはあぐらをかいて言った。


「顔が真っ赤だぞ。大丈夫か?」


 ええ!?

 頬をさわりまくった。

 少し熱い。

 吸血鬼の影響かしら?


 いや違うわね。

 リチャードを見つめた。

 彼は黙っていればイケメンだ。

 そんな男性に不可抗力とはいえ抱き付いてしまったのだ。

 私のような年頃の女だったら心踊るものだろう。


 私はもう一度、彼に近付きたくなった。

 するとある事を思い出してしまった。


 中庭だ。

 そこで溺れた私を、彼はお姫様抱っこしてくれた。

 それは素直に嬉しい。

 ただ彼は私の姿をはっきり見たはずだ。


 あの時の私は何も身に付けていなかったのだ。


 私は両手両足を動かして、リチャードから離れた。

 そして怒鳴った。


「エッチ! 変態! 痴漢! セクハラ馬鹿!」


 すると彼は頭をポリポリかきながらイスに座った。


「うるせぇ小娘だな。ああ中庭の事か」


「思い出さなくていいわよ! 早く忘れて!」


「お前の裸なんか見たって興奮しねぇよ」


「嘘! 本当は辱しめたいって思ってんでしょ!?」


 彼は脚を組んでふざけた事を言った。


「お前さぁ、犬や猫見て欲情すんの? 家畜の豚とか馬に興奮するかぁ? アイツら常に裸だぞ――」


 私は近くに落ちていた板の破片を男に投げ付けた。

 派手な音を立てて直撃、馬鹿リチャードはイスごと倒れてしまった。

 ざまぁみろ!


 もうこんな所にはいられない。

 出口に向かい、扉を少し開けた。

 外はいつの間にか夜になっていた。

 しかし暗くはなかった。

 ここは森の奥だけど、周囲ははっきり見える。

 そういえば、屋敷の中は何も灯されていなかったのに、リチャードの姿はちゃんと確認できたのだ。


 私の目は、暗闇でもはっきり見えるのか?

 これも吸血鬼になったせいかな?


 ◇


 私の足は自然とお城へと向かった。

 そこでエレナと王子様の結婚式がおこなわれるのだ。

 本当は私がそこにいるはずのパーティーに。


 別に妹に危害を加えるつもりはない。

 彼女は私の自慢の妹だ。

 頭も良いしスタイルだって。

 だから私より優秀なエレナは王子様と結ばれて当然なのだ。

 王子様だってその方が幸せなのだ。


 たとえ私が吸血鬼にならなかったとしても。


 気が付くとお城が見えた。

 おかしいな、女の足じゃ数日はかかるはずなのに。

 歩くのが速くなった?

 吸血鬼になったせいで?


 お城からは大声が聞こえてきた。

 いよいよエレナと王子様が誓いのキスをするのだろう、そう思った。

 ところが人々の発する声がおかしい事に気付いた。


 悲鳴だ。

 さらに物が壊れる音まで混ざっている。

 目をこらすと城から煙がのぼっていた。

 私は城門に急いだ。


 頑丈な作りをしているはずの城門や城壁は無残に壊されていた。

 城の庭にはおびただしい数の人達が横たわっている。

 みな血塗れだ。

 原型をとどめていない。


 血の臭いがきつい。


 私が庭に来た時には、すでに悲鳴は聞こえなくなっていた。

 全員亡くなられたというのか?


「オ……オ姉様?」


 背後から聞きなれたはずの言葉がした。

 しかし声は全く知らない者によるものだった。

 まるで動物が言葉を喋っているような感じだ。


 振り返ると、エレナが立っていた。

 ウエディングドレスと思われる服を着ている。

 本来真っ白であるはずのドレスは、真っ赤に染まっていた。


 血の臭いがきつい。


 彼女は何かを抱いていた。

 それが何であるかは王冠でわかった。

 許嫁であったものの会うのは初めてだ。


 エレナが抱いているのは王子様――の生首。


 妹は言った。


「オ姉様、ドウシテ? ドウシテ私ハ吸血鬼ナンカニナッチャッタノゥ?」


 彼女の耳は尖り、口から牙がのぞいている。

 さらに口の周りは赤く汚れていたのだ。

 血なんだろうな。


 そしてなにより、私と同じ青かったはずの瞳が、赤く光っているのだった。

 そうか鏡を見ていないから知らなかったけど、今の私も赤いんだろうな。


 エレナは抱いていた王子様をむしゃむしゃと食べてしまった。

 彼女は笑う。


「人間ッテスゴク美味シイワ。次ハオ姉様ノ血ヲ吸ワセテクレルカシラ?」


 ゲラゲラと笑われた。

 しかし彼女は悲しそうな印象を受ける。

 だって目から涙を流していたからだ。


 次の瞬間、エレナは消えた。

 いや違う。

 身体を霧に変えたのだ。

 それはこちらに接近してくる。


「エレナ!」


 私は霧に向かって平手打ちをした。

 意味はないと思っていた。

 ところが霧は吹き飛ばされてしまったのだ。

 城壁に叩きつけられた霧は、エレナの姿に戻った。


「ご、ごめんなさい」


 私はエレナに近付こうとした。

 やりすぎてしまったからだ。

 いくらひどい事を言われても、王子様を寝取られても、エレナは私の妹。


 仲直りしたかったのだ。

 しかし――


 私の差し伸べた手を、乱暴に叩かれた。

 その衝撃で、今度は私が吹き飛ばされた。


 城壁を突き破り、城の外へ出されてしまった。

 瓦礫を退け立ち上がろうとすると、目の前にエレナが現れる。


「サヨウナラ、オ姉様」


 彼女の指の爪が伸びた。

 ナイフのような鋭さがある。


 それが迫った瞬間――エレナは大きく飛び退いた。

 さっきまでエレナがいた所に巨大な斧が降ってきたのだった。


「全く、ひとりで無理するんじゃねぇよブスが」


 振り返るとリチャードがいた。

 鞭を持っている。


 エレナは嬉しそうな表情で大口を開ける。

 私もリチャードを助けなきゃ。


 すると少女の声がした。


「やめなさいエレナ。相手はヴァンパイアハンターよ。貴女では勝てないわ」


 エレナの横に霧が現れた。

 それは形を変え、マーガレットになった。


 私は驚いてしまった。


「なっ? 貴女どうして?」


 マーガレットはスカートの裾を持ってお辞儀をした。


「ごねんなさいね、エリザお嬢様。全てはわたくしの計画なのです」


「ど、どういう事?」


 マーガレットは包帯をほどいた。

 尖った耳が現れ、目は赤く光っている。


「実はわたくしも吸血鬼なんです」


「さらに言うと、このブスと妹を吸血鬼にしたのもテメェだな?」


 リチャードが言った。

 いつの間にか私の横に立っていた。

 っていうかいい加減その『ブス』ってやめてくれるかしら。


 マーガレットは顎に手を当てて笑った。


「いかにも。ついでに申しますと伯爵令嬢を殺めたのもわたくしです」


「何でそんな事をしたの!?」


 リチャードが肩を握ってくれなければ、私は彼女に飛びかかっているところだった。


「貴女達に恨みがあるからです」


「恨みって?」


 するとマーガレットは生首を取り出した。

 それはお父様だった。


 ……しかし不思議なもので、それを見ても怒りも悲しみもわかなかった。

 吸血鬼になったからかな?


「実はわたくし、この男の娘ですの。だからこの男と貴女達姉妹が嫌いでして。近付かせていただきましたわ」


「だったら私達だけを殺せばいいでしょ! 無関係な人を大勢巻き込んで!」


「お生憎様、わたくしは世界征服を企んでいますので。それではそろそろ夜も明けますので、おふた方ともごきげんよう」


 そう言ってマーガレットとエレナは霧となって消えてしまった。

 私はその場に跪いた。

 するとリチャードが私をお姫様抱っこした。


「ちょっと何するの? いや、下ろして」


「黙ってろ。お前は相当無理をしている。とりあえず屋敷に戻るぞ」


 彼の身体から温もりが感じられる。

 私は眠気に襲われた。

 意識がもうろうとするなか、彼に尋ねた。


「どうして貴方は私に優しくしてくれるの?」


「……ただ借りを返すだけだ」


 その言葉を聞いた直後、私は眠ってしまったようだった。


 夢を見た。

 幼い頃、私の屋敷内でお父様に怒られている少年を。

 どうやら花瓶を割ったらしい。

 お父様が殴りかかってきたから、私は咄嗟にふたりの間に割って入った。


 そんな夢だ。

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