【短編】学校で先生のことを「ママ」と呼んでしまったけど、家に帰ると先生は俺を「パパ」と呼ぶ。
「ママ」
「へ?」
あっ、しまった。
そう思った時にはもう遅かった。
きょとん、とした顔をする担任の桜木先生。
静まり返るクラスメイト達。
みんなの視線が僕に集まり、それと同時に教室がどっ、と湧いた。
「すっげ、高校生で初めて見たよww」
「ママって、小学生かよww」
「荒木くん、家ではお母さんのことママって呼んでるんだww」
「ちょっと可愛いww」
クラスの奴らは面白おかしく笑う。
そりゃあ、いい歳した高校三年生が先生の事を「ママ」と呼ぶなんて、恥ずかしいし、格好の笑いのネタだ。
「ふふっ。悠太くん、めっですよ」
よくある、学校あるあるだ。
けれど僕は恥ずかしくて、頬を真っ赤に染めてしまった。
ああ、本当に恥ずかしい。
揶揄われるのが嫌だから、誰か話題を逸らしてくれ……!
「あっ、でもせんせ! ママになるんだよねー?」
「三ヶ月だっけ? 10月くらいが出産でしょー?」
「私達も赤ちゃんの顔見たいなー!」
良かった、話題が変わってくれた。
そう。何を隠そう、我らがマドンナ桜木先生は妊娠三ヶ月なのだ。お腹はまだそんなに大きくないが、九月や十月になれば先生は育休を取る事になるだろう。
「ふふっ。ありがとうね。そうね、みんなにも顔見せに来ようかしら」
わーっ、とまた教室が湧いた。
みんな桜木先生が大好きだからな。
まあ、僕も大好きだけど。
そんな桜木先生の赤ちゃんだから、みんな興味があるんだろう。
そしてもう一つ、みんなが興味ある事がある。
「はーいっ、質問! 先生の旦那さんってどんな人なのー?」
「あっ、確かにそれ気になるかも!」
「他の先生達も顔知らないんでしょ?」
「うーん、それはナイショかな?」
桜木先生も困ったように笑う。
そう、桜木先生が結婚してから我が校の七不思議になった、《桜木先生の旦那さんはどんな人なのか?》である。
「あっ、隠した!」
「じゃあ、旦那さんの職業だけでも教えてよ!」
「うーん、それもちょっと……」
「じゃあ、俺達が質問するから当たったら教えて!」
「多分、みんな当たらないと思うわよ?」
「えーっ! 余計に当てたくなって来た!」
おお、桜木先生の旦那当て大会になった。
ちょっと僕も気になるな。
「うーん、やっぱり職場恋愛とか? 教師!」
「バツだね〜」
「じゃあ安定をとって公務員だ!」
「それも違うかな〜」
「意外なところで画家!」
「残念でした〜」
次々に質問していくが、ことごとく外れていく。
先生は絶対に当てられない、と自信を持っているよか、余裕の表情だ。
よし。ここは僕がその表情を崩してやろう。
「じゃあ、高校生とか?」
またも視線が僕に集まった。
それを聞いて、思い当たる職業を言い尽くしていたみんなは「あーっ!」と声を上げた。
「おお、その考えはなかった!」
「でも、それは流石に無いでしょー!ww」
はてさて。先生の答えは……?
「っ、ふふ、残念だけど、それも無いわねー」
聖母のような笑みでスルーされた。
ううむ、流石のスルースキルだ。
このくらいの質問なら表情くらい変えると思ったけど………。
「そりゃそうだよなー」
「先生、俺らみたいなお子様は相手にしないだろうし」
「残念だったな、悠太」
「え?」
クラスメイトの高橋に肩をポンと叩かれる。
「だって、桜木先生にママになって欲しかったんだろ?ww」
「なんでそうなるんだよ!」
「おお、悠太が怒った!」
「逃げろ!」
「待てこら!」
こうして、突然始まったクラスの男子鬼ごっこ大会で、校内を走り回ってるのを見つかって、教頭先生に怒られるのであった。
完。
「せっかく今日は休みの日なのに、何で校庭の掃除なんて……」
はい。校内を走り回ったからです。すみませんでしたー!
今日は一段と疲れた。早く家に帰って寝たい。
僕が住んでいるのは、築17年の賃貸マンションだ。セキュリティーはばっちりだし、リフォームしたばかりなので新築くらいぴっかぴかで衛生面的にも安心。
セキュリティ面も考えて、最上階がいいだろうと結論が出た。
1101号室。そこで表札の「工藤」を確認して、鍵を開けて部屋に入る。
扉を開けると我が家の香りが漂って来て、帰って来たと実感する。
「はー、疲れたー……」
部屋に入って、最初にソファに寝転がった。
このままずっと、こうしてられたらどれだけ良いのでしょうか?
「さて、やるかー」
制服から部屋着に着替えて、エプロンを装着する。
基本的に同居人との約束で、早く帰って来た方が夕食を作ると決めていた。
なので今日は僕の番なんだが、何を作ろうか。
身体に悪くなくて、おいしく味わえるものかー。
んー、まあ、まだ時期的に大丈夫そうだし、普通にハンバーグにするか!
そんなこんなで夕食のメニューを作り上げた直後だった。
「ただいまー!」
同居人が帰って来た。
それだけなのに、嬉しくて口角が上がる。
僕もチョロいなー。なんて思いながら、玄関までで迎えに行った。
そこにいのは。
「おかえりなさい、先生」
「ただいま、悠くん」
そう。僕の同居人とは我らがマドンナ、桜木先生だったのだ。
そして僕は彼女の夫、工藤悠太。
今は二人でここに同棲してる状態だ。
「わっ、もうご飯作ってるの?」
「そろそろ帰ってくる頃だと思いまして」
「そっか、ありがとね!」
すぐ着替えてくるからー!と奥の部屋で着替えを済ませて、すぐに帰って来た。
「「いただきます」」
二人で声を合わせて、食べ始める。
「もう、今日はびっくりしたわよ」
「何がですか?」
「だって、学校でいきなりママなんて呼ぶんだから、心臓が飛び跳ねたわよ。まったく……」
「げっ、覚えてたんですか?」
「そりゃあ覚えてるわよ。ねー、パパ?」
「しょうがないじゃないですか。家では最近、ずっとこう呼んでるんですし」
みんな薄々気付いてると思うけど、桜木先生のお腹の子供の父親は僕だ。
もう、子供が出来たと聞いた時は驚きよりも嬉しさが勝って、今からパパママと呼び合ってるほどだ。
「それにさー、悠くんったら、なんで質問の時に生徒なんて答えるの? 反応しないように必死だったんだからねー!」
「あはは、すみません」
あれに悪気はなかった。
純粋にどんな反応をするんだろうな?って思っただけだから、あれは悪意ではない。
「ほんとかなー?」
……なんか、見透かされてそう。
「「ごちそうさまでした」」
片付けは桜木先生にやってもらった。
作ってもらってばかりだから、だそうだ。
そして夕食を食べ終わって、二人でまったりと過ごす。
ソファの上でだらけながら、適当にテレビを流すのだ。
「ねー、ゆうくーん?」
「なんですかー?」
「なんでもないよ〜」
「なんですかそれー」
この時間が一番幸せだ。
二人で手を握りあったり、時々悪戯したり。
毎日毎日が幸せ過ぎて、死んじゃいそうだ。
桜木先生のお腹に口を当てて、
「パパだぞー? 元気かー?」
「ふふっ。まだ聴こえるわけないじゃ無い」
「いや、分からないですよ? こう、赤ちゃんの不思議パワーで」
「不思議なパワー? そんなのあるの?」
「んー、多分あるんじゃないかな?」
僕がもうすぐパパだもんなー。
まさか学生のうちにパパになるとは思わなかった。
しかも相手は憧れの先生だ。
これまでに困難がなかったかと言えば嘘になるかもしれない。
けど、僕は今が幸せだ。
「ママ」
「んー? なあに、パパ」
「愛してるよ」
「ふふっ。私もよ」
今日も愛しの妻にキスをする。
僕は家では桜木先生をママと呼んで、桜木先生は僕のこと「パパ」と呼ぶ。
側から見ればおかしな関係なのかもしれないけど、僕の最高の幸せの形だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
短編二作目になります。
少しでも「面白い」「この続きはないの?】と思ってくれたら、高評価やブックマークなどよろしくお願いします。
正直、現在はまだ連載版までは考えていないのですが、ポイントが多く取れたら連載版も考えようかなと思ってます。