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英雄ポロネーズのボロネーゼ  作者: 西園寺詠美
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ドノスティア

決して熱心な生徒ではないけど、レポートの期限ちゃんと守っているし、授業中の発言の量だって多いほうだ。金曜日の最後の授業を教授の挨拶の途中でこそっと抜け出したところで、そう印象は悪くならないだろう、と思いたい。

いつもよりパンパンに膨らんだリュックサックをかついで、駅前での道を急ぐ。

時刻通りに電車が来ますようにと祈りながら、トーケンをかざしてホームに入り、リュックサックの横のポケットに突っ込んでいたベコベコのペットボトルから水を飲んで息を整える。

電車に乗り込んで一息つくと、iPadを開いてレポート用の本を読みだした。

時は金なり。時間は貴重なのだ。マルチタスクをこなさなければ。

資金が潤沢にあれば、LCCなんかに乗らず、ドミトリータイプのAirBにも泊まらず、優雅においしいものが食べられるのだろうけど、こちらはなんせ学生の身分。

貯金と学費、滞在費のバランスと日々にらめっこしているのだ。決して贅沢はできないのだ。

一番近いオックスフォード空港にプライベートジェットでも待機させられるような身分になれれば、時刻表検索なんてしなくて済むのだろうけど、そんなのは夢のまた夢。せめてヒースロー空港離発着のナショナルフラッグに乗りたいな、なんて思いながら、LCCが飛んでいる小さな空港へ向かうべく、バスに乗り換えた。

iPhoneで表示するデジタルチケットは、事前購入で4ポンド安い。けなげな節約だわ。


予定通りボーディングタイムの1時間半前に空港に到着し、まずは腹ごしらえ。

リュックサックの中からぺちゃんこにつぶれたサンドウィッチを引っ張り出す。今日のお昼に学食で買っておいたもの。

おいしくないけど、がまん我慢。平日の食事は生きるためのカロリー摂取と割り切って、週末に贅沢をするのだ。

明日のランチで訪れるレストランを思い浮かべながらサンドウィッチをペロリとたいらげ、水を飲み切ると手荷物検査前にあるごみ箱にベコベコのペットボトルを投げ入れて、セキュリティゲートをくぐった。


到着した空港発の最終の市内行きのバスに乗車したときはもう11時を回っていたが事前に連絡をしておいたおかげで、ドミトリーのホストは起きて待っていてくれた。

おまけに、みんなもう寝ているからと空室の2名用の部屋にアップグレードしてくれたのだ!予約していた6人用の部屋(の1ベット)+共用シャワーからすると格段の贅沢。懸念事項だったアルバイト場所もこれで解決。

明日のチェックアウト時に会えるかわからないので、上乗せしてチップを渡しておいた。

日々の生活は切りつめてもこういう時はケチってはいけない、というのが信条である。


横向きにしたiPadの画面の向こうは、土曜日の日本が広がっていた。

週に1度の日本人の小学生の女の子との40分間のオンライン英会話レッスンだ。私の貴重な収入源。

このレッスンを深夜のスペインのドミトリーのどこで行うのかが本日最大の懸念事項だったので、アップグレードしてくれて本当にありがとう、と心の中でホストに改めて手を合わせた。

はずんだチップに気をよくしたのか、私の残りのコーヒーでよければと紙コップとポットを渡してくれた。コーヒーはもう冷め始めていたけど、香りがよく、深夜に疲れた頭をシャキッとさせるには十分である。

最初の20分間は、彼女が大好きだという漫画を画面越しに一緒に見ながら、セリフを英語に変換し日常会話を理解してもらい、後半の20分は英検対策で問題集を解きながらの解説。

問題集を解くのは得意だけど、逐次の会話は苦手というのは典型だけど、日本の小学生は、土曜日の朝8時から英語のレッスンとは勤勉だよなと改めて思う。

通話を切る前に、彼女の父親から火曜日にある社内プレゼンの英語の添削依頼が舞い込んできた。ラッキー、臨時収入だわと頬が緩んだままベットにもぐりこんだ。


眠気と戦いながら起床。シャワーを浴びている間にApple Watchを充電。

スライスされたバゲットとゆで卵をオレンジジュースで流し込み、足早にドミトリーをチェックアウトしら、最後に来て最初に出ていくなんて、日本人は本当にあくせくしてるわね、と笑われてしまった。ドノスティアに行く最初のバスに乗りたいのよ、というと私がスペイン語を話すのが意外だったのか、ドノスティアという単語が意外だったのか、目を丸くした後、短く口笛を吹いて、そりゃもう最高以外ありえない週末ね!と送り出してくれた。


ビルバオ市内からドノスティアまで高速バスで2時間。いつものオックスフォードの空と違って太陽が輝いている。それだけで気持ちが浮足立ってくるというのに、今日のランチはアケラレなのだ。

あぁ、うれしい。最高、本当に楽しみ。

小躍りしたい気持ちを落ち着かせて、シリに目覚ましタイマーをお願いした後、昨夜の睡眠時間を補うべく目を閉じた。


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