8ページ 売れない奴隷と転換期
現実というもんは物語よりも狂であり危である
売られた、俺は物心が付く前に奴隷商に売られた。原因は戦争の影響で、終戦後は食料が値上したのだ。
父は戦場へ行き母は俺と家に残った。今思えばこれが既に終わりの始まりだったのかもしれない。
獣人は、尻尾で感情を現し知識も人間に劣らない所から、可愛く賢いという意味で人気があり、子供は特に高く売れたのだ。
「おなか、すいた」
俺は売れなかった、出る言葉はそればかりで何聞かれても、それしか口から出ず、買う方も初めは話すものの直ぐに他の奴隷の方へ行ってしまうのが日常だった。
そりゃ空腹ならそれが当然だがな、当時の俺は外見はそれなりの美少年だったから、売れない原因は口数が少ない事しか考えられない......まぁそんなことはどうでもいい、話を戻そう。
どんなに売れようが当時の奴隷商も、数十もの多種族の奴隷に餌をやれる程金は無く、餌は一週間に一度それも子供の手の平ほどの量、毎日貰えるのは飲水とは到底ほど遠い泥水だけ。
寝て体力を温存するか、それともこの地獄から抜け出すために体力を削ってでも懸命にアピールして買ってもらうかの二択で、後者を選んだものから天国に魂を買われて行くのが常だった。
果報は寝てまてと言うが、本当にその通りで永眠したくなければ、良い報告が来るまでひたすら寝ていた。死臭と空の籠が増えていったとしても決して焦らずただ眠る。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「こいつあもう売れねぇだろうな」
獣人ブームが衰退した4年後だった、私は森の中で捨てられた。
「奴隷を捨てる......死刑になる」
「だから真夜中のこの森に居るんだろうが、お前は犯罪なんてするんじゃねえぞ」
そう、奴隷を死ぬまで決して捨ててはいけない理由は、売られた恨みから犯罪を犯す奴隷が多かったからだ。
だが小枝さえも重く感じるこの張りぼてのような身体じゃあまともに移動もできないだろう。
「この身体、無理」
「確かにその身体じゃ無理だな、ハッハッハ!なら良かった」
その言葉を最後にアイツは魔法で消えた。夜風はこれから「お前は土に帰るんだ」と言いたいのか、湿った土の匂いを乗せて俺の頬を撫でた。が、鋭い嗅覚は逃さなかった。
「こんな時間に女でも居るのか?」
まだ鮮明なシャンプーの匂いから、捨てられていないのは確かだった…が、自分を動かすのにも精一杯なのに何ができる?と脳が助けに行こうとする俺を止めた。
「まぁ俺には関係ないか」
なんて強がったが、「本当に良いんだな」なんて確認をするように狼の遠吠えが耳に入り居ても立っても居られなくなり、近くにあった長い棒で身体を支えつつ女の方へ。
「お人好しだな、僕は」
木や土の匂いに掻き消されてゆく香りをたどり、やっと人影が見えてきた。その時だった、風の如く黒い影が横切った。脳内を黄色信号に染上げる獣臭、奴らだ。
「逃げろ!」
大声を出したのはいつぶりだろうか、産まれた時いらい?走ったので限界が近かった為、大声を出した瞬間に脇腹は悲鳴を上げ腹筋はズキズキと痛む。が、まだ、本当にほんの少し、一摘みの砂程度の善意が助けろと俺に声を出させる。
「狼がアンタを襲うぞ!」
それでもモゾモゾと動かない人影、足を痛めて動けないのか?数え切れない嫌な予感が脳裏を流れていく。
そんな時、フッと昔父が話してくれた話を思い出した。
「良いかおチビ、獣人は鼻と耳が良い、だから投擲が向いているんだ」
脳の奥底の更に底、忘れかけていた記憶が俺を動かす。
「伏せとけ!」
足を止め地面に転がる石を拾っては、力を全て片腕に集中させる。
鼻と耳を目に変え、流れる臭いの筋をたどり、静かな木々のさざめきをかき乱す軽いノイズの位置を正確に見つける。
おおきく振りかぶる手から放たれた石は流れ星の如く音をおいていき、追いついた頃には既に狼の大きく広げた口の顎を砕いていた。
「逃げたか」
散らばる音と臭いに胸を撫で下ろす。いつも死んでもいいと思っていたが、やはり生きたいらしい。
「大丈夫?」
予想の年齢は数才ぐらいと思ったが、驚いたことに大人だった。今思えばこの時がターニングポイントだった。
「ありがとう、私の名前はエリシュカ・ボフミール」
そしてこの出会いが......
「娘を助けてくれてありがとうございます、僕はハンヌ・ボフミール、なるほど君は捨てられた奴隷でしたか、君が良かったら僕の家に来ませんか?」
この出会いが俺を物書きにするのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「そういえばエリシュカお姉ちゃんは何で森で迷っていたのですか?」
「あぁ、実は生活費の為に依頼をこなしててね、そんで依頼中に森の中で足をやっちゃって動けなくなってたの」
どうやらエリシュカの稼ぎと父のハンヌの稼ぎで今の生活が成り立っているらしい、つまりだ。
「じゃあ今は危ないんじゃないんですか?」
「まあそうなるね~困った困った」
本当に困っているのだろうか、彼女はフワフワしていて、何故かこっちがしっかりしなくちゃと思ってしまった。父親譲りなのかと思ったが、父はホビット族だからフワフワどころか「駄目だな」などと口癖で言うほど余裕が無さそうに見えた。なら誰の影響?と思ったらハンヌ曰くどうやら母親らしい、因み治癒魔法が使える魔女が故に兵士として戦争に駆り出されたんだとか。
「じゃあ僕がお姉ちゃんに代わりにお仕事しましょうか?」
「あら~嬉しいわねぇ、でもお父さんはどういうかしら」
そのお父さんの答えは「良いよ」と案外あっさりと返ってきた。ハンヌという男はいつもおどおどしていて正直何を考えているか分からなくてその了承にも不安になるところはあった。
「まあとは言っても、君はまだ小さいから僕の書いた小説の添削ね、今まで一人でやってたから、やってくれたら嬉しいな」
「でもそれじゃお金に......」
「そんなこと気にしなくても大丈夫だよ」
「は、はぁ」
それから彼は俺に1から添削のやり方や、聞けば物語の書き方まで教えてくれた。あまり話していなかったから何を考えているのか分からなかったが、今まで会ってきた人間の中で一番いい人だと思う。
まぁ部屋は別として・・・・・・
「お部屋綺麗にしないんですか?」
「こ、これはこう見えて片付いてあるんだよ」
ハンヌの書斎は地下にあり、一言で伝えるのなら本だらけの独房だった。
地下が故に湿っぽく、紙媒体や木の棚はカビていて、呟くようにキノコがひっそりと生えていた。2日前は、棚の木が腐敗して本の重さに耐えられなくな崩れ落ちたのだとか、まぁその事件現場は、オブジェのごとくまだ残っているのだが。
「そういえば君、前魔法の練習していたね」
その通り、当時の俺は剣術と魔法をエリシュカから習っていたのだ。驚いたことに彼女のこなしていた"依頼"はハンターの仕事がほとんどだった。
「娘から聞いたけど筋がよくてAランクぐらいの技量はあるそうじゃないか」
それは話がかなり盛られているような
「ハンターになりたいのかい?」
「ちょっとカッコいいなって、お金もたくさん貰えるみたいだし、それにお姉ちゃんを楽させたいし」
「君は偉いな」
大きな手のひらから伝わる温もり、奴隷の時はいろんな人に触られてきたが、彼に頭を撫でられるのは好きだった。これが家族というモノだろうか
「君は私の代わりに本も書いたりしているし、本当に隣に居たらエリシュカも心強いと思うよ、あの子はボーとしているからね、そうだ!それなら剣と杖を買いに行くか」
彼はもしもの時に俺の分のお金を貯金していたのだとか。この時は喜んだが、後に娘と父の間に大きな亀裂が入るのだった。
「あら?またギルドに行くの?」
「うん、お父さんとお姉ちゃんを楽にさせたいから」
「駄目よ、ランクSの討伐クエストを1日15個もこなしてたら体壊しちゃうわ!もう充分楽な暮らしをしてるから」
この時の俺は特にやりたいこともなく、ただ2人が喜ぶ顔が自分の一番の幸せだった。それが裏目に出たのだろう、ハンヌは書斎へ足を運ぶことなく、遊んで呑んでの日常になってしまい、気づけば書斎は自分のものになっていた。
「でも、でも」
不安だった、また昔みたいに急に暮らせなくなるんじゃないかと。あの時のトラウマが呪いの様に不安心を煽る。
そんな時だった。
「よぉ~可愛い息子ちゅあ~ん」
酒の匂いを連れて彼が戻ってきた。その姿を見たエリシュカがどんな顔をしてどんな気持ちだったのか、今でも鮮明に覚えている。それどころか当時の寒気さえも思い出せる。
「ちょっと!この子に触らないで!!」
「なんだよぉ」
「この子が命がけで仕事をして支えてくれてるっていうのに、アンタって人は良くそんな平気な顔で遊んでられるわね」
怒りで震えていた、変わり果てた彼にエリシュカは腹の底から怒りがこみ上げ、小さな体を抱き締めた瞬間に沸々と殺気がこみ上がる。
「まだこの子は8才なのに、全てやらせるなんて間違ってる」
「んだよぉ、僕だって~心配ですうよぉ、でもぉやりたいっていうから~」
運命を変えた、エリシュカの運命を大きく変えた瞬間だった。ハンヌの体内は一瞬で膨れ上がり、割れた水風船みたく血や臓器が飛び散った。
「お姉ちゃん?」
この光景は当時の俺には悪い悪夢だと錯覚させるほど酷く、それと同時に、魔法の恐ろしさを初めて肌身で実感した。
エリシュカの独自で開発した自作魔法、狩りを効率化させるために創ったもののはずだったが。
「これからはお姉ちゃんが貴方を幸せにしてあげるから、もう血を見なくて済むようにしてあげるから、ごめんね、今まで辛かったよね」
その後の事は語る必要もないと思うが、この事件がギルド内に瞬く間に広がり、魔力の匂いからエリシュカだという事が2日で判明、救いだったのは殺しが罪にならない事。
わずかの貯金を切り崩して生活をしていたそんな時、ある依頼が舞い降りた、報酬はSランクに依頼を20回こなした額と同じだ。一瞬喜んだものの、当然いい話で終わるはずもなく内容は暗殺だった。
「お姉ちゃん......」
受けちゃだめだよそう目で訴えたが、彼女には届かず「一回は上手く行ったのよ、大丈夫、こんなに楽勝な依頼はないわ」
完全に感覚が崩壊していた。この時からだろうか、俺がエリシュカを怖がったのは、鬼のように見えた。安定した生活の代償に彼女は人間性を無くし裏社会では名の通った人間となった。
あっという間に数十年経ったある日の事、いつも通り夕食の準備をしていた時、「ねぇ、キミは私の事好き?」突然の質問に驚いた、いや、普通ならこの後「好きだよ」と子供らしく言うべきだが、この質問で表す"好き"はそんな軽く返せるものではない事を察する。
「私だけに優しくするんだから好きに決まってるよね?そうだよね?絶対そうだよね?」
貴方しか居ないと言う様なその言葉は、どんな言葉よりも重くそれでいて、(ここで選択を間違えたら殺されるのでは)なんて俺に思わせた。
「す、好きだよ」
すると後ろから覆いかぶさる様に抱き締められ、足が蛇の様に自分の細い脚に絡みついた。耳たぶを撫でる荒い息に身体が動かなくなる。
「おっ、お姉ちゃん、こんなの駄目だよ」
抵抗なんて出来なかった、怖いのだ。彼女から漂う香りは恐怖心を駆り立て奥歯が鳴り始める。
「これから君の名前はネイトよ、ネイト・ボフミール、良い名前でしょ」
股間辺りに感じる湿った生暖かい感じ、エリシュカはそれに「カワイイわ~昔から私も好きだったの」そう小さな幼い身体をキツく抱き締め頬を舐めた。舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて、股間から足元にかけてドロドロとしたものが垂れていて、気がつけば力が抜けて立てなくなった。
用意した夜ご飯はすっかり冷え、オレンジ色が差していた薄暗かった部屋は暗くなっていた。
目が覚めると俺は彼女の隣で寝ていた。この時、逃げてなく、しっかり隣で彼女と向き合っていればこんなことにならなかったのだろう。
「何?ここで売られたい?ここがどういう所か知っているのかしら?」
この選択が......
「なるほど、何者かから逃げてるのね、最近いろんな奴隷商が死んでいってると思ってら君が原因だったのかい」
「お願いだ、俺を売ってくれ、銅貨1枚でもいい」
「私の本当の顔を知って来たのね......まぁ良いでしょう、ウチは見ての通り商品に困ってるから、どんなものでも良いさ」
数十年後の悪夢の始まりだった。
― そして約40年後 ―
「良い子そろってる?」