5ページ 売れない物書きとイタイ魔法っ子
はてさて、この光景を見るのは何度目だろうか、焦りという寒さを感じさせる白銀の荒野、動物も居なけりゃ民家の灯りすらないこの場所は作家にとっては孤独感を感じさせる。
特に外にも出ずにずっと書いていると......本屋に行ったあの時アホ狸がコンテストで受賞した事が分かったあの時以来、何故か更に厳しくなった気がするのだ。体が不満を言うように大きなため息をひとつすると、「紙の無駄使いをする天才だな」そう隣で私の過去の作品を読みつつ馬鹿にした。
「外に出たい」
自分で本を出すその前、雑誌の端に短編を載せて貰っていたという話はいつかしたと思う、その仕事が数百年ぶりに舞い込んできたのだ。私は今ので手一杯だったのだが、「それぐらいでいっぱいいっぱい?やっぱりメスガキは違いますねぇ」といういつもの狸の挑発に乗ってしまい、今週中に3つ書くことになった。もちろん自分の本を書きながらだ。正直逃げ出したい。
「ほら、手を動かせよ」
「真っ白だねぇ」
「ついに狂ったか」
この白い顔を見てると私の脳内まで白くなってくる、雪山に遭難した人はこんな感じなのだろう。
短編のお題は3つとも違くて、"逃げ出した奴隷とのおもしろエピソード""魔女からみた人間の価値""世界の薬草集"で、正直書ける気がしない、というのも逃げ出した奴隷とはエピソードというエピソードはなく、私はそもそも奴隷と話すことも共にご飯を食べることもなかったのだ。更に世界の薬草集と言っても副業で薬屋を営んでいるがそこまで知識もなく集というのも難しい、毒の知識なら―売れっ子作家を毒殺し、アイデアを盗もうとしていた荒れていた時期があり―沢山覚えているのだが......まぁ使えないだろう。
「メスガキは魔女なんだから人間の価値なら書けるだろ......って人と関わろうとしないから無理か」
わざとらしく謝る彼の椅子を軽く蹴る、がその通りで私、いや作家というものは色のない紙の世界に大半の時間を生きる人間だからか、現実の時間から置いてかれてしまう悲しい生き物なのだ。気がつけば夜になり、また気がつけば雪がちらついていたりしていて、時間が跳びすぎててどっちがリアルか分からなくなる。
しかし「凄い分かるそれ!」そう言ってくれる人は悲しいが居らず。
大抵......
「なにそれ怖」
「危ない薬にでも手を出した?」
「人間としてそれ終わってない?」
と私が人間とはかけはなれた生活をしてるとドン引きされ、挙げ句の果てには「生きてて楽しい?」と人生相談が始まるのだ、人間の価値を語る前に自分のこれからの人生について語りたいものだ。
無駄に回想の広敷を広げていると気がつけば腹の虫が昼を教え、鼻の頭を良い匂いが優しく包み込む。
「アイツが料理を作ったのか」
狸の価値ならいくらでも語れるんだがなぁ、例えば皮肉がトッピングされた美味しい料理を作ってくれるとか、手の届かないところを掃除してくれるだとか、それから......時より見せる彼の優しい顔をふと思いだし、なぜか恥ずかしくなり考えるのをやめて食卓に向かうことにした。
「ん?どうした?美味しすぎて感謝の気持ちを言いたくなったか?カッカッカ!気にすんな!知ってるから」
そんな事は微塵も思ってないから安心しろ、しかしコイツは何をやるにしてもいつも手には私の、しかも相当昔の本を持っている、決まって駆け出しの頃のだ。
「文字を読むと頭痛がする私には考えられないわ」
「作家としてどうなんだよそれ」
「でも何でいつも私の一番初めの過去作ばっか呼んでるの?読むんならもっと最近の読みなさいよ」
「良いだろ?設定がめちゃくちゃでこっちのほうが......プクク!」
言いたいことが分かりバカにされる前に飯を済ませて自分の部屋に戻る。がここに戻ったら再び頭が真っ白になりボーと意味もなく立ち尽くした。
「外にでも行くか」
いや、出れないんだ。アイデアを見つけに外へ逃げていた私を見かねた狸は家から出ないようにとドアを完全にふさいだのだった。彼は人間から狸の姿に化けることができるから、狭い窓から出入りできるが、私はこの部屋にある出た先に足場のない窓しか出入り可能な場所が無い。
普通の魔女なら箒でひとっ飛びだが、杖よりも鉛筆の方を長く握っていたせいかそうもいかなかった。一回だけ乗った事があるがその記憶だけは今でも鮮明に覚えている、あの時は箒が暴れて町中の家を破壊したっけ。でもなんで魔法使いと言ったら箒というイメージがあるんだろうか、安全性などを考慮してカーペットとかの方が良いんじゃないかと昔から思っていたが、それにとある人物がこう答えた。
「文化だろメスガキ、魔女のくせにそれぐらいも分からんのか?」
このメスガキという部分で誰かおわかりだろうが、彼曰く魔女は元々戦闘が盛んな民族だった為、空気抵抗が少なく尚且つ運びやすくて跨りやすいという事で箒を選んだんだとか、つまりこの戦争すらなくなった今は魔女がベットやカーペットに乗ってとんでも問題ないのでは?と思った矢先にまた彼が一言。
「まぁ現代でも箒を使われているのは、魔法で物を浮かすのにも重さ分の魔力が必要になるから大変という理由もあるな」
と狸は得意げに説明してくれた。何故そんなに魔女の事が詳しいのか聞いてみたら「書物で読んだんだ」と何か隠している様子で狸に化けては外に逃げてしまった。できれば言葉が話せない狸のままでいてほしいがそう言う事らしい、つまり箒にも乗れない私には難しいのだ。
「でも外に出たいわ......」
この机の前でアイデアという水を脳を絞って出してたお陰で、今はもう一滴も出ず、ペンを持っても私に握られるのを拒む様に動こうとしない(手の方が動かないだけかもしれないが)これがスランプというモノなのだろう。しみじみと思いつつ青々とした空を窓から眺めると、壁に鉄のパイプが貼り付けられているのに気づく、相当年期が入って茶色く錆びつき所々穴が開いている。一瞬これを伝って下に降りようかと思ったが、"200年も生きた魔女が箒を使わずいつ壊れるか分からないパイプを伝い降りるほど滑稽な姿は無い"と無駄に高いプライドが私を止めた。
しかしこれ以上籠ってもいい案が出ない気がする、さてどうしたものか。リビングから聞こえる腹が満たされ昼寝をしている狸のいびき声が、今がチャンスと言わんばかりに聞こえる。
「決めた!」
そう立ち上がり、棚によっかかっている箒に「こんな魔女を許してくれ」そう私の中にいるプライドに見立てて謝り、チョコレート色の鉄パイプを恐る恐る伝い降りて行った、いや落ちていったの方が正しいのか、全体重がパイプにかかった瞬間だった、耳を突く大きな音と共に私は身を躍らせ地面へダイブする。絵にかいたような落ち方に赤面しつつ誰も見ていないのを見て胸をなでおろした。
「生き返る~」
外の世界へようこそと潮の匂いを纏う風が私を抱きしめ、干からびた脳に潤いをくれる。風はそのまま海の方に連れて行き、気が付けばのんびりと砂浜に座り海を眺めていた。どうやら脳は海を求めていたのかもしれない、さっきまで何も出さなかったのだが、連れてきてくれたお礼とばかりにアイデアをこれでもかと私にくれる、脳よ何故窓から入る風はダメなのだ。
そのわがままっぶりに長い溜息を吐くと「お姉ちゃん悩み事かにゃ?」ふわりと子供の声が背中に当たる。振り向けばそこにはフリルが特徴的なピンクのコルセットドレスを着た少女がミニスカートをヒラリなびかせ一回転して見せた。
「魔女っ子ロリちゃんが助けてあげちゃうぞ☆」
無邪気に振る舞う少女、しかし見ていると大人、いやもっとそれ以上に熟した落ち着いている雰囲気を感じる、何歳なのか......そんなの事考えていると「永遠の3才だぞ☆」と彼女なりの決めポーズなのかピースサインをしウインクする。一瞬で分かった、関わっちゃいけない人だと、だがそれも読まれたのか、それとも私が顔に出てしまったのか隣にチョコンと座り「怪しい者じゃありませんぞ!」こっちに肩を当てて笑顔を見せる。
「さっきから私の心を読んでるの?」
「むふふ~見てれば困っている人かわかるのだよ~、ワシ......じゃなくて私可愛いから」
可愛いは関係あるのだろうか
「今からお姉ちゃんが何を困っているか当てましょう!」
先端にハート型のオブジェクトが着いた杖を出し、魔法の様な魔法じゃない詠唱をごにょごにょと唱え始める、波の音に飲まれる小さな声から察するに、そこまで設定を考えていないのだろう。そんな不思議な少女(仮)は「ズバリ小説だね?クラーラお姉ちゃん」と杖を向けて言う。なるほどロリという人物はウィスパーか、ウィスパーとは人の脳内に入り込み相手の考えている事を読み取ることのできる数少ない魔女の事である。その能力で悩みを解決しようとする者も居れば洗脳で相手を操り悪い事を企む人も居たり。
「ありゃ?ウィスパーはお嫌いですかにゃ?」
こんな感じで"心"ではなく"脳内"を読み取るのだ。入られたら最後、彼女は満足するまで出ないだろう、ここは早く出て行かせるためにも話を終わらせなければ。
「嫌いというか苦手なんです、特に貴女みたいな人は」
「美幼女に対して凄い容赦ないなぁクラーラお姉ちゃん」
「でもまだその強気な姿勢を取れる余裕があるんなら頑張れそうだね」彼女の言葉には高齢者特有の柔らかさがあり、聞いているだけで心が落ち着いた。これはウィスパーの能力ではなく永く生きて培った力だろう。のんびりした波の音に似た心地よいロリさんの声、初めは早く逃げたいと思っていたが今では私の方が気が済むまで居座りたいと思ってしまっていた。不思議な人だ。
「書くのはつまらない?」
「分からない、ただ不安」
「分かるなぁ、流行りに乗っかって書いているのにどんどん周りに置いて行かれる不安」
同業者なのか?そんな時初めて狸と出会った時のアイツの言葉を思い出し、「もしかしてキュア・ロリ・イタリアンさん?」と口が動く、彼女はやっと気づいたんだと言わんばかりの呆れ顔で「そうですぞ~」と一言。
「やっぱり私は知られていないか~アハハ」
「でもたまたま私が知らなかっただけで知っている人はきっと沢山いますよ」
「良いの、人気になんてなろうとはもう思っていないし、作家はパティシエ、自分の食べたいお菓子を作るだけなのさ」
そう言えば狸も似たようなことを言っていたっけ"売れる量産された話を作るのは良いが、自分の書きたいものを見失ったら作家失格"だとか、私の考えは間違っていたのだろうか、私の視線は答えを探す様に海の水平線へ流されていく。
「もちろん流行りの物を書くのはいい事さ、でも同じ作品は誰も求めない」
「じゃあどうすれば」
「考えるないの、書きたいものを書きなさい」
「それでも周り越されたら」
「そしたら焦らずに道を開ければいいさ、お先にどうぞってね」狸とは違い彼女の言葉には説得力がありまるで過去の自分の事を語っているようだった。
「まぁ成功ばかりしているネイトには分からないだろうけど」
ロリさんのその言葉に、私も驚いて後ろを振り向くと彼はヤシの木の陰から出てきた。顔から滲み出る嫌そうな顔からロリさんとは会った事があるらしく、いつもなら「小説のネタは思いつかないのに話のネタなら思いつくんですかぁ~」なんて言うが「ゲッ!キュア・ロリ・イタリアン」この一声だ。
「良いご主人を持ったね」
「っけ、魔女には関係ねぇだろ」
「ネイトも魔女だでしょ」そのロリさんの言葉に再び「え?」とセリフが出た。いや出るに決まっている彼は獣人なのだから。
「なーんだ、このお姉ちゃんに何も話していないの」
「良いだろ、話したところでどうもならんし」
「隠し事ばかりしてるとまた後悔することになるぞ」
「ボフミールの時みたいに」と彼女は袖をまくり上げ、肉まで抉られた深い傷を見せた。その傷に関係あるのか珍しく狸は「ボフミールは関係ねぇだろ」そう黙り込んだ。彼は謎が深まるばかりだ、だからか自分の中でも"知りたい"という気持ちとは反対に"知りたくない"という真逆の気持ちも湧き上がり、知る恐怖さえも感じる時もある。
「まっ、ロリちゃんには関係ないけどね~!お姉ちゃんも気を付けてね」
ロリさんは立ち上がると「死なない様に」そうとてつもなく意味深な言葉を私の心に落っことして飛んで行ってしまった。追いかけるか?いやそんな事はできない、今まではアイデアが生まれなくて小説が書けなかったが、今は......
「家に帰るぞメスガキ」
狸が本当は何者なのかという今までどうでもよかった疑問が、彼女の言葉でどうでもよくなくなり小説が書けなくなったのだった。その時の海はやけに静かで、狸の足音だけが大きく聞こえた事を私は覚えている。