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4ページ 売れない物書きは奴隷と祭りへ行く

 しかし困ったものだ、いや何が困ったって......


「ごっめーん!その祭りはいつも狩りをするグループと行く事になってるのよ」


 例の編集者から貰った祭りのチケットだ、全員を誘ったのだが見事に全員に断られた、まぁ全員と言っても両手で数えきれる程度だが、思い返せば私は意外と閉鎖的な人間なのか、物書きをしていると話の中の世界にのめり込むせいか、現実世界を忘れてしまうのかもしれない結果こんな感じだ。


「でもさ!クーちゃんにはいい人が居るじゃない、町で噂になってるのよ?あの駄目作家がイケメンの叔父様と住んでるって」


 冗談じゃない、本当は別々で住みたいと思っていて家まで探しているのだ、そもそも私は狸を見る時憎しみのフィルターを通しているからイケメンだとか思わないのだろうが、そんなにアイツの事を知らないとカッコよく見えるのか。


「アホらしい、でもアンタが来てくれないのは残念、一人で行こうかな」

「なんでそんなにあの人を嫌がるの?」


 逆になんであの人の事がそんなにいい人だと思えるの?


「ガタイも良いし気さくでいい人じゃない!知的な大人の人って感じ」


 乙女フィルターとは怖いものだ、良く恋は盲目にさせるというがきっとこういう事なのだろう、ここは友として無知な彼女を正してあげなければ。


「あのねえ、アイツはいつもバカにしてくるし上から目線でしか物を言わないの、ストレスでしかないよあんなの」


 不満を口に出すとスッキリするというが更に不満が溜まってきて自然と舌打ちが出る。


「でも奴隷の事でそこまで言うなんてクーちゃんも珍しいわねぇ、いつもだったら聞いてもまるでその人の事を知らないような口ぶりだったのに、本当は好きな部分もあるんじゃないの?」


 殴りたいこの笑顔、何処までポジティブ思考なんだか、彼女の言葉に一瞬私の思考が固まりつつも私の口が「それはない」と動く、が二回目の「フフフ、本当かしらね~」という言葉に腰に付けている狸の選んだ杖がやけに存在感を表し、私に店に出た後の事を思い出させた。


 今までの奴隷だったら私を励まそうとなんてせずただ無言で後ろを歩いただろう、あれが例え嘘だったとしても少し嬉しいと思ってしまった自分がいたのも嘘ではない、好きとは別だが。好きとは別なのだが。


「まぁ杖を選んでくれたのは嬉しかった......かも」

「へ~、杖を選ぶなんてその人の事を良く知ってないとできない事よ、やっぱり相性いいんじゃない?付き合っちゃいなよ」


 どうしてそうなるんだか、コーヒーを一口飲みテーブルの上に寝てるチケットをポケットにねじ込む。相性、かなんとなく見つめるコップの中の茶色い水面に滲むミルクがアイツと私が手をつなぎ幸せにしている絵に見えた感じがし、あるわけがないと一気に飲み干してかき消した。


「あほらしい、私が好きになるわけないでしょ」

「じゃあどういう人がタイプなのよ」


 餅の様に頬を膨らませジーと見つめる彼女、どんな人がタイプなのか、私と恋話をしたとき誰しもが必ず行きつくセリフだ、そして私は決まって「私の事を良く理解できてて、優しくて、知的な人」とこの三条をいうと更に決まって、


「理想が高いわねぇ、見上げちゃうほど高すぎよ、バベルの塔も青ざめるレベルで高すぎよ」


 と返ってくる、これが決まった流れだ。理想が高いのは理解しているが結婚して失敗しているのを長年見てきたからこそ理想という塔を高く建築してしまうのかもしれない。臆病な魔女の特徴だ。


「うっさいなぁ、周りみたいに理想のハードルを低くして失敗したくないの!」

「私たち魔女は歳を取りにくいからじっくり選べるけど、その分慎重になりすぎて動けなくなっちゃうのよ、ある程度大端に動くのも大事なもんよ」


 この脳筋が、アンタは大胆に動いて大胆に転んでるのがほとんどじゃないの、ボロボロになっている体が可哀そうに感じるくらいだ。鋼通り越してプラチナまでメンタルが育つと逆に可哀そうで見てられない。


「アンタは自分の身体を大切にしなさいよ」

 

 結局祭りに誘ったつもりが彼女の恋愛講座になり時間を無駄にしてしまった。自分の店に戻ると、「また駄目だったか」と、人の不幸がそんなに楽しいのか笑い声が狸の広い背中から聞こえてきた。


「それより何してるの?」

「何って天井のガラスを綺麗にしてるんだよ、せっかくの綺麗なステンドグラスが可哀そうだろ?」


 埃だらけで光も通さず存在を消していたが、この店には天井の中央に大きな円型のステンドグラスがはめ込まれていた。奴隷も私も怪我を恐れて手を付けていなかったが、狸はそんな事考えていないのか長いハシゴの上でうまくバランスをとりつつ窓を拭いている。反射的に下から梯子を抑えて気づいたがしっぽがご機嫌に揺れて表情も生き生きとしていた。


「怪我しないでよ、まったく」

「はいはい、それよりよくこんな汚くできたな、うひゃ~埃のカーテンだなこりゃ」


 床に落ちる分厚い埃を見て同じことを思ってしまった、我ながら良くここまで汚くしたものだ。しかし周りを見ると天窓以外にも店全体が光って見える。


「もしかして店内全て綺麗にしてくれたの?」


 その声に気付いてくれたのがそんなに嬉しかったのか丸っこいしっぽが更に揺れた。


「メスガキは本当に奴隷を雇っていたのか?汚すぎだぜ、舐められてたんじゃねぇの?」

「アンタみたいに小説の添削だけじゃなかったの、でもここまでできるなら、毎日やってほしいものだわ」


 するとご機嫌だったしっぽが止まり埃が雪崩のように頭に落ちてくる。


「お・ま・え・が・や・れ、誰が毎日やるかよアホ!俺は綺麗好きなの、見るに堪えないから特別にやってやったんだボケ」

「ちょっとやめてよ!ゴッホゴッホ!」


 初めて金貨一枚の価値があると感じたのにやはり狸は銅貨一枚の価値しかないのか、ステンドグラスは直ぐに綺麗になり埃まみれの私をカラフルに染め上げた。色のついた光は格別に心地よく、不思議と荒れていた気持ちが蒸発するように消えていき、代わりにセピア色の記憶を思い出させた。狸も掃除をしたおかげで心が綺麗になったのか、それとも色のついた光がそうさせたのか「なんか天窓を見てると昔の主人を思い出すな」と話し始める。


「昔の主人?」

「そうさ、そいつぁ掃除だけは苦手でな、叱りながらいつもやらせてたっけ」

「可哀そうに、その人も苦労してそうだね」

「うっせえよ」


 しかし昔の主人がいたなんて初耳だ、何で別れたんだろう、寿命?それともクビ?いろいろ気になり狸の方を向くと彼は「おっと話過ぎた」とブツブツ呟きどこかへ行こうとする。凄い気になる、きっとここで聞いても何も教えてはくれないだろう、どうしようか迷っていると私にヒントを与える様に右手がポケットの中に忍び入り指先に例のチケットを触れさせた。


 まさかこんな使い方があったとは、他にチケットの使い道もないし右手の言う通り、ここは狸の事を知るために使うとしますか。


「ねぇ、祭りに行かない?」


~ ~ ~ ~ ~ ~


 狸は嫌そうに着いてきつつも、やはり行きたかったのか尻尾はご機嫌だった。馬車に揺られて腰が悲鳴を上げ始めた時やっと祭り会場に到着する。大きな木の門をくぐると、さっきまでの日常的に感じていた空気は何処へやら、笑い声の混じる空気に重たかった足が軽くなり不思議とワクワクしてきた。


 辺りには何個もテントが散らばっていて転々と空いたスペースに旅芸人がショーを見せていた。何が違うのだろう、私は不思議そうに眺めつつ考えていると「テントは有名な旅芸人が集まってて外にいるのがまだ無名の旅芸人だ」狸が説明してくれた。


「ふーん、旅芸人にも有名とかあるのね」

「奥深いんだよ、種族によって文化の違いから芸風も違うしな」


 この祭り用の服装なのか男女関係なく虹色の派手な服装だったが、確かに芸風は統一されていなくて良く見なくても個性が出ていた。私だけだろうか外にいる者達の熱い闘争心を感じるのは、なんというか客引きよりも近くにいる者同士で競い合っていて、ショーなんて可愛いものでなく武道会のような血生臭い感じがして、こちらまで重いプレッシャーにゆっくり楽しめそうもない。てかエネルギーを吸われていく。


「みんな凄い必死、何でなの?」

「そりゃここはチャンスの場でもあるからな、皆有名になりたいのさ」


 なるほど、彼が言うには昔とは違い今は旅芸人が一つの職業になりつつあるから、この祭りの雰囲気も変わりつつあるんだとか、それを聞くと真面目に働きたくないからここで頑張っているようにも見えてきて、凄いという言葉より真面目に働けという言葉が喉元までくる。


 小さな円柱の舞台の上で演技する彼らを見て回り、次はテントの方へ移動した。やはりもう有名なだけあり余裕がある、楽しませようという気持ちが一つ一つの演技から伝わってきた。


「やっぱりテント持ちの旅芸人の方が面白いな」


 狸は外の様な精神がマヒしそうなピリピリした空気の方が良いと思ったが、意外にも私と同じらしい、玉乗りに魔法に獣に芸をさせて見せたりと次々に芸を披露していく、私もこの明るい音楽に意識が持っていかれ時間を忘れてホコリの被っていた表情筋が活発に動き、気が付けば頬が痺れて熱くなっていた。笑った事なんていつぶりだろうか「お前もあんな表情するんだな」そう狸はニヤニヤ笑い私の頭を撫でる。


「私だって表情豊かだし」

「カッカッカ!いつも怒ってばっかなくせに良く言うぜ」


 テントから出ると空はオレンジ色に染まり、祭りの雰囲気も少し寂しく感じる。これは皆同じ気持ちだろう地面に伸びる黒い影がそれを語っていた。外組の旅芸人達は最後に各々音楽を演奏している、楽器からそよ風の様に流れ出る音には一日の疲労とやり遂げた満足感を感じた。なんだろうか、初めはコイツの過去を知るために一緒に行ったが、それも今になってはどうでもよくなった気がする。


「そうだ、本屋によっても良いか?」

「別に良いけどどうしたの?」


 狸は「別に良いだろ」と夕焼けを眺めてニタニタ笑う、彼の祭りはまだ終わっていないのだろうか、今の心情を茶色い尻尾が語っていた。


 また長い道のりを馬車で移動し町に戻り、いつもの本屋を目指す。私も実を言うと自分の本がどれくらい売れたのか気になっていたから丁度良かったのだ。店に入るやいなや狸は勝手に本棚の森に消えていき、しょうがなく私は自分の本の置かれた棚を目指して歩みを進める。


「あれ、前までココに置かれていた気が......」


 あの売れない本の山は何処へやら、周りを見渡すと驚いたことに左端から中央まで移動していた。きっとココが家だったら大声で喜んで踊っていただろう、飛び上がる感情を抑えつつ眺めていると、気が付いたら隣に自分の書籍を手に取って楽し気に読んでいる女性が立っていた。しかしなぜ急に人気が出たんだろうか、組織の人間が人に洗脳魔法を掛けたのか?そんな事を考えていると、隣にいた例の女性が「貴女の書いた物語、面白いですね~」そう読みながらこちらに言う。あまりにも突然で「は、はぁ」と曖昧な返事をすると、「ふふふ、なんで分かったんだ?と言いたげな顔ですね、表情ですよ」そう本と見つめ合いながらも彼女は人差し指で口元を触った。


 まずい、そんなにニヤついていたのか、変人だと思われていなきゃいいけど。しかし彼女は「分かりますよ、自分の本が売れると嬉しいですよね」そう初めてこちらを見て微笑んだ。


 人形のように整った顔で思わず息をのむが、深海みたく光を通さない深い青の瞳に何処か恐怖感を覚える。毒を持った花の様な彼女は再び本に顔を戻すと「早く新刊が出るのが楽しみですよ」と棚にぶら下げてある新刊の序盤が書かれた薄い冊子を細くて長い指でつまんだ。なるほど急激に人気が出たのはこのお陰か。


「でも、一巻とは違い二巻は何処か別の作家の雰囲気に似てますね」


 まぁ土台があのクソ狸だから多少変わるかもしれない、しかし他の作家とは誰だろうか......気になっていると「そう、30年前にいた有名作家のボフミールさんみたいな」そう彼女が教えてくれる、そして再び顔を上げ、またこちらに振り向くかと思いきや後ろに黙って突っ立っている狸を見て「ボフミールさんみたいな」と繰り返すと何かを含んだ怪しい笑みを浮かべ去って行った。見られた彼も何故か警戒した表情を見せていて、狸と彼女は不思議と他人同士の感じがせず、「あの人知り合い?」そう正直な口が勝手に動いた。


「知らん」


 食い気味の反応、きっと仲は良くなかったのだろう、そう喧嘩別れした彼女だったとか?だとしたら深く掘り下げるのも可哀想だ、私の良心が深く掘り下げようとする自分をなだめる。


「で?本を持ってきてどうしたの?買うの?」

「あ?あぁ、見ろこれ!試しにコンテスに応募してみたら一位になったんだ」


 いつもの調子に戻る彼は自慢げに、あるページを見せた。口先だけかと思ったが本当だったとは、でもなんだろうこの感じ、悔しいとかは全くなく、ただ置いてかれた様な、マラソンで1人ただ後ろから鉛のように重い足を持ち上げて皆の背中を見ながら走っている様な、そんな焦りと不安と寂しさが空っぽの心に突き抜けていく。あぁ、またコイツも私を置いて行くのか。周りが見えなくなりどんどん今立っている場所が分からなくなっていく、そんな時、懐かしいゴツゴツとしていながら冷たい心を包み込んでくれる、柔らかく暖かい感触が頭に伝わった。


「メスガキはやっぱメスガキだな、俺は今までの奴隷とは違う、一人にしねぇから安心しな」


 いつもの私ならいつもの返答、そう「メスガキじゃないしクソ狸」と言うだろう、だけど今の私は―


「え?」


 そう言うのが限界だった。人からそんな言葉をかけてもらったのが初めてのせいか、それとも私をよく知っている人からの優しい言葉だったからか、とても嬉しかった。きっと今の私の顔はどうしようもなく情けない顔をしてるだろう。


「だ、だからだ!金貨一枚分、つまりお前が有名になるまで働いてからおさらばってわけだ!

 勘違いするなよ、お前の隣に一生いるなんて御免だからな」


 言葉が素か嘘か今は分からないけど、初めて後を遅れている私の頭の上にはぶ厚い雲から陽の光が差し込んだ。


 焦った様子でさっき言った言葉を訂正し店から出ようとする狸、頬を流れる涙を拭いていつもの私に戻ると直ぐに追いかけ―


「当たり前でしょ!出会った時の約束を果たすまでは逃がさないんだから!」


 そう背中を叩いて熱くなる頬を隠す様に走って行ったのだった。


 やはりアイツはストレスでしかない。

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