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3ページ 売れない物書きは武器屋へ連れてかれる

 男性か女性か......どっちなんだろう


「良いですね、今回は1、2巻の伏線をすべて回収するお話ですか、面白い!」


 この彼か彼女か分からぬ謎多きエルフは私の新しい編集者である、なんでも前の編集者は誤字脱字やその他もろもろの直しをするのが耐えられなくて失踪したらしい、これでもう何人目だろうか......この新しい編集者の名前は"カミラ"さん、普通なら名前で男性か女性か判断できるが、このカミラという名前はエルフじゃ男性にも女性にも使われていて名前に迷ったらつける名前の一つなのだ、しかし何故こんなにも男性か女性か気になっているかというと、あれは数年前だろうか......


 その時はまだ本という本を出してなく、誰かの本の一ページの一部分に短編を載せていたぐらいで編集者との話し合いは呑みながらしていたことが多かった、大抵一杯目のジョッキが空になるころには話も終りくだらない話をしていた。


「先生飲みますね」


 昔から酒には強く、空気を吸うように一口で飲み切るのが癖だった。その頃の編集者は私の逆で驚くほど弱く、女性だと思ってたから酔いつぶれた時は泊めさせてあげようと思った私は、自分のペースで飲んで予想通り相手が酔いつぶれたから背負った時だった、背中に伝わる硬く熱い棒状の感触に初めて彼女ではなく彼だという事に気が付いたのだった。


 今でもあの時家ではなく店前で気づいてよかったと思う、まぁそんな事もあり彼か彼女かは重要であった。周りに話したら「神経質すぎ」だとか「女だと認められたんだから喜びなさいよ」などと鼻で笑われるのだが......


 背は女性の様に小さいが、酒好きなのだろう高いもののガラガラ声でまったく判断できない、男女共に使う"私"ではなく、一言でも"俺"だとか"僕"と言ってくれたら、胸のモヤモヤは消えるんだけどなぁ。


「先生?大丈夫ですか?」


 私が一人でそんなモヤモヤの中をさまよっていると、カミラさんが目の前で手を振り現実に戻させた。


「あ......大丈夫です、すみません」


 この疑問は家に着くまで頭の片隅にでも置いておこう。


「で、どうでしたか?」

「素晴らしいできです、組織の者に直すところが多くて覚悟したほうが良いと言われたのですが、逆に修正する箇所がなく良くできてます、また雰囲気がドワーフの有名男性作家のボフミールに似てて良いですね、私あの人の本が好きなので」


 こんなにべた褒めされるのは生まれて初めてだが喜べないのは何故だろうか、狸ジジィの書いたのを基に書き直したのが原因か、アイツに一回添削してもらったからなのか、編集者の言葉を聞いているとアイツの高笑いが聞こえてくるようで表情が険しくなる。


「この調子で頑張ってくださいね!」

「あの一つだけ良いですか?」

「何でしょう?」


 引き止めてなんだが性別を聞くのは凄く失礼なような気がする。聞くか聞くまいか、私の脳内で話し合いをしていると、カミラさんは察したのか「私は女性ですよ」とニコリと微笑む。


「何故聞こうとしていたことが分かったんですか?」

「みんなよくそんな目をするので、あ、そうそうこれ差し上げます!女性同士頑張っていきましょ!でわ」


 コーヒー代と共に渡されたのは、旅芸人達が集まる大きな祭りの2枚組ペアチケットだった。なるほど彼女も私と同じ独り身なのか。


「こんなの渡されてもねぇ」


 本を書き薬店をやる以外にすることがないからだろう、どうでも良いはずチケットに意識が行き、家に帰っても無意識に机で頬杖を突き眺めていた。


「ボケッとして良いご身分だな」

「うっさいなぁ」


 狸は私の持ってるチケットに気づくとなにかを含んだニヤケ面を浮かべる。


「なぁんだ?メスガキ、まさか行く人がいなくて困ってんのか?お前も可愛いなぁ」


 腹を抱えて大声で笑う、コイツは何故いつも悩んでることが分かるのだろうか......スゴいを通り越して不気味だ。


「まぁこんなお祭り一回も行ったことないから興味ないんだけどね」

「ガキは友達いねぇのかよ」

「居るし!ただ......皆行けないって」


 そう言うとさっきまで笑っていた彼は口に手を当てて哀れむようにこちらを無言で見る。友達が少なくて悪かったな、いつだったか親にも似たようなことをいい同じ目を向けられたっけ。友達というのはそんなに沢山いなきゃいけないのだろうか。


「しゃぁねぇなぁ、この俺が行ってやんよ、ありがたく思えよ?ガキ」

「はぁー?余計なお世話だし!てか誰が狸となんか行くと思ってんの?チケットは売ってお金に変えるつもりだったから良いの!」


 さっきのは彼なりの思いやりだったのか、鼻の先まで赤くすると舌打ちをし「出掛けんぞガキ」と背を向けた。


「何処へ行くの?」

「武器屋だ馬鹿野郎、お前昨日森に捨ててきただろ」

「武器がなくても良いじゃん」


 私は狩り人じゃないぞ。あとあれは捨てたわけじゃない、振ろうとして手が滑ったのだ......たぶん


「早く仕度をしろ!」

「はいはい」


 チケットは机の引き出しにしまい渋々用意をすると店へ出る、思えば狸とこうやって買い物をするのは初めてだったけ?てか奴隷と買い物をするというのが産まれて初めてかもしれない。


 先頭を歩く彼の背中をみていると、時々どちらが奴隷なのか分からなくなる。


「しかし周りには私達はどう見えてるんだか」

「イケメンと魔女の仮装をしたふわふわ娘だろ」

「仮装って魔女だし」

「ハッ!魔法使えなくて魔女か、ドワーフがオーガと言い張るくらい笑えるな、お前作家やめて道化師にでもなれ、そっちの方が売れそうだ」


 コイツは全世界のひねくれ者を煮詰めた鍋から産まれたのか?フリフリ揺れる尻尾が煽ってるようにしか見えない。


 話す気も失せて町の音に耳を傾け歩いていると、不意に「そう言えば」と今度は狸から話しかけてくる。


「なに?また嫌み?」

「いつ嫌みなんか言った」


 コイツはサイコパスか?


「そんなことよりコレ面白いじゃねぇか」


 渡されたシワだらけの原稿用紙、何の事か分からず中身を読むと足が自然と止まり脳みそが真っ白になる。物書き、いや命あるものには誰しもある黒歴史だ。


「男の男の恋愛なんて斬新で良いじゃねぇか、何故途中で書くのやめたんだ?」


 逆に何故これを見つけて読もうとした、確か棚の裏に隠していたはずだけど。この話しは恋愛にまだ飢えていた時に、男と男が結婚したらどうなるんだろうと、恋愛経験の無い私が妄想して作った物だ。初めは楽しく書けていたが、ジワジワと妄想して恋愛ストーリーを書いている恥ずかしさと痛さに夢のある話が悪夢に変化して私のメンタルを蝕んで行った為、書くのをやめて封印したのだが......


「これ、俺が続きを書いてみた、読め!」


 悪夢が進化して帰ってきやがた、やだ死にたい。


「正直今書いてる本よりもこの話の方が書籍化したら売れると思うんだが、何故見せない?」

「あんた馬鹿なの?恥ずかしいからに決まってるでしょ!こんな妄想だけの話とか書いてるこっちが死にそうになるわ!」


 だがこの新しく書いたのは持っとこう、たぶん読まないけど。もしもの為に


「はぁ?書き物なんて恥ずかしいもんだろ?馬鹿みたいな妄想を文にしてるんだから、でもそんな恥ずかしいことも真剣にやってる人はかっこいいもんよ」


 決まったと言わんばかりにどや顔でこちらを見る狸、しかしその言葉に私は腹が立たず何故かかっこいいと思ってしまった。ジジィもまともな事をいうんだな。


「本当に恥ずかしいのは、恥ずかしいからってやめたり自虐することだぜ」

「なーに格好着けちゃってんの?」

「ヘッポコ作家には分からんか、ハッハッハ!」

「うっさいな、武器屋はいつ着くの?」

「ちょうど着いたぜ」


 狸の止まった足の先には人が住んでいるのか住んでいないのか、廃墟と勘違いしそうな小さな家が一軒空気のように建っていた。壁に立て掛けてある激しい戦を彷彿させる一本のボロボロな剣が看板の代わりなんだろう、がここに入るのはためらう、いやお金がないからここを選んだのだろうけど死体からまさぐった物しか置いてなさそうだ。


「ここは流石にやめない?」

「この店は武器や防具に金をかけすぎて家を修理する余裕がなくなったんだよ、だから商品は保証できる」


 掘っ立て小屋レベルだったら銀貨5枚でリフォームできそうだが、世界で数個しかない伝説の剣とかでも置いてあるのだろうか、そう考えると少しワクワクし足も早く行きたいと言わんばかりにうずいてきた。狸も気持ちは一緒なのだろう尻尾がいつもに増して左右に揺れていた。


「おっネイトじゃないか、なんだ?その可愛い娘は」


 ネイト、狸の名前だ。私たちが店に立ち止まっていると枝みたく痩せこけた男が現れる、服もボロボロでまさにこの武器屋を擬人化したような感じだ。


「この店の店主だ」

 

 そう言われると凄い納得できる。紹介された店主は「俺はフィリプ・ベチュカ、よろしく」そう白い歯に挟まった野菜を覗かせて笑う。


「私はクラーラです」

「クラーラ......魔女の子か、礼儀正しくて可愛いじゃないか」


 横目で狸の方を見て「新しい主人にしては綺麗すぎじゃないか?お前には勿体ないな」そう煽りこちらにウインクする。この人は見る目があるな、なんだか今まで店について失礼な事を思って申し訳なく思えてきた。


「なぁにが礼儀正しいだよ、猫被ってるだけだわ」

「そうには見えないけどな」

 

 フィリプは店を開けて2人を中に入れる。外見で分かっていたが中も虫に食われた様に木の床は穴が空き、普通に歩くと床が抜けそうで思わずすり足になる。壁はと言うと酷いものの、磨かれ銀色の光を放つ武器がボロ隠しの様に壁を覆いつくして目立たせにくくしていた。しかし狸の言う通り種類や量はどの武器屋にも勝っていて、武器に全てを掛けていることが一目でわかる。


「......」


 しかし自分の足は動こうとしなかった、足は鉄の塊みたく重くなり鉄に反射する冷たい光が私の体に染みついた冷たい記憶を蘇らせた。


「おいメスガキ」


 その言葉でようやく我に帰り、私は狸の顔を見て安心感を覚えた。


「ご、ごめん」

「そんなとこでボヤボヤするなよ」


 そんな彼は言うなり片手用の魔法の杖が無造作に置いてあるテーブルに向かって行った。すべて値段は一緒らしくテーブルの端に値段の紙が張られていた。実を言うと自分で武器を買うといった経験はなく選び方は分からないのだ、そんな私の横で彼は私を見ては杖を手慣れた手つきで選別していく。


「アンタ杖選び慣れてるの?」

「まぁな、俺に武器を選ばせるために奴隷屋まで来る人間もいるからな」


 「お前よりも杖の知識はある」そう杖を一本渡す、シンプルな木製の杖で握ると執筆で使っている羽根ペンみたいに不思議とシックリくる。


「それはヌビアの木から作られた杖で魔法が扱える者ほどシックリくるんだ」

「私は魔法はほとんど使えない」

「違うな、使おうとしないだけだ」


 「目を見れば分かるさ」その言葉はいつものデタラメとは違い、私は反射的に「買ってくるから待ってなさい」と逃げる様に会計しに行った。後でまた何か言われるだろうか、そんな事を思ったが狸は店に出てもさっきの事は触れずただ無言で歩いていた。いつもなら書き物の事で色々いったり自慢話を聞かされるのだが......


「やけに静かじゃん」

「そんなこたぁねえよ?」


 そんな事あるでしょ、その後も不器用ながらも「あの店は肉が美味い」など「アイツぁギャンブルが強くて何回も負けた」だのどうでもいい情報を教えてくれたのだった。まさか私がさっき嫌なことを思い出したから彼なりに元気を出させようとしているのだろうか。


「実はあんたの言う通り魔法は扱えるの、物心がついた頃の話だけどね親の店を襲ってきたヤツを殺したことがあって、それから血を見るのも魔法を使うのもダメになったの」


 狸は消してこちらを見ようとせず「どうして急にそんな事を話す」といつにもなく真面目だった。


「ムカつくヤツとはいえ一緒にいる以上は隠し事したくないだけ、別に意味なんてないし」

 

 すると「ほぉ~」とさっきの真面目な顔は何処へやら、目をへの字に曲げ口に手を当ててこちらを見る。


「ガキも可愛い所があるのぉ、プププ~まさかこんな安い罠に引っかかるとは」

「まさか過去を聞き出すためにわざと真面目なふりしてたわけ?」

「隠し事はいけないもんな~そうだよな~」


 顎が外れそうな程口を開いて笑い私の背中を叩く、コイツには善良な心がないらしい。まさか人の暗い過去を聞いてここまで笑うとは、前世はきっと他人の不幸で飯を食う悪魔だったのだろう。


「ジジィ本当にありえない!」

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