2ページ 売れない物書きは薬屋を営む
私は常に雑である。
「なんで毒消しと普通の薬草が同じカゴに入ってるんだよ、薬店だろここしっかり整頓しろ」
これが奴隷に頼りすぎた末路だと私も分かっているがどうも治らないのだ、長年薬を扱う人でもあるが未だに雑な性格を治す薬も見つからず......まったく困ったものだ。
「努力をしろ」
「私の心が読めたの?」
「バカなこと言ってる暇があったらここらを整理したらどうだ?」
それは嫌だ、傷一つないまっさらな原稿に視線を戻すと彼の、いや狸ジジィの大きな手が原稿の上に乗る。
「整理するぞ」
「奴隷なんだからアンタがやりなさい」
「あぁん?テメェ調子に乗るなよ?」
さすが銅貨1枚だけの価値か、命令を全く聞かない、いやそれ以前にどっちが奴隷か分からなくなってくる程だ。私が命令したことを何故か私がやっているのだ。狸曰く「これは教育だ」というのだが教師を雇った覚えはない。
「どうせそうやって原稿にかじりついてても良いのは出来ねぇんだからやるぞ」
「絞りだせば出るし!」
彼は薄っすら刻まれたほうれい線を上にあげて「何時間たてば絞り出るんだ?お前の脳は干したキノコかぁ?」と嫌味を含む笑みを見せた。ぐぬぬ、狸の言う通り、正直今日の私の脳はあるのかないのか分からないぐらいアイデアのアの字もでない。
「まぁ?もうそろそろ掃除しようと思ってたし!やってやってもいいけど~」
「自分の店だろ、自分でやれ」
コイツ......
「アンタも奴隷なんだから手伝いなさいよ」
「はぁ?俺はお前の書くクソ面白くねぇ話を面白くする為に雇われたんだろうがよ」
「じゃぁ私の代わりに5巻目を完成させなさい、今日中に、できなかったらアンタの仕事に家事も追加しとくから」
できないだろう、そう思ったが彼は本当にできるのか「棚にある本を読ませてもらうよ」そう言い着ている着物の袖に原稿を入れてゆっくり去って行った。
「っつたく意地を張っちゃって、あの性格どうにかならないかね」
金貨100枚を勢いで払ってしまった数日前の自分を呪いつつ、私は店の商品を整理していると店内に風が入り、足に絡みついては客が来たとを教える。
「見ちゃったわよ~、クーちゃんも隅に置けないねぇ」
小指を立ててにやける彼女に私の眉がいち早く反応した。今すぐその小指を切り落としてコイツの口に詰めてやりたい。
「で?誰なのあの渋くて素敵なおじさまは」
「私の奴隷、あんなのが良いなんてアイツと話したら後悔して過去の自分を呪いたくなるよ」
「えー?ほんとにー?」
えー?ってそんなに良いのだろうか、買ってから数日経つが良かったと思う事なんて一つもない。
「あの岩の様な筋肉に堀の深い顔、おまけに狸の獣人なのに高長身って、最高ですよぉ~」
この人はこの店の常連客でよく話すが、男運がなく良く飲みの場で愚痴を聞かされる、魔女という種族はどの種族よりも長生きして出会いが多い分、男運は絶望的に悪いので有名だったり......彼女は根っからの魔女だ。
「ただの白髪ジジィだよやめときな、で?今回は何の依頼?」
話題を断ち切る私に、「そうそう」と手を叩き胸ポケットから小さなメモを取り出す。
「これ」
「いつものね、了解」
「できれば今日までにお願いしたいんだけどいい?明日ドラゴンを狩らなきゃいけなくて急いでるの」
そう言うなり剣を振るジェスチャーをしてみせる、今は狩りをして自給自足をするのが流行りらしい、私の店は安く薬を仕入れられる為そういう常に財布が平べったい人達が集うのだ。清楚な奥様達が集うように海の見える所に建てて木をメインにした落ち着いた店にしたというのに。
「はいよ、量もいつも通りで?」
「おうよ!頼んだよ先生」
「いつもの場所で受け取るねー!」そうドタバタと風の様に去って行った、次の行き場所は予想ついていて、閉まるドアに笑みをこぼす。
「見る目あるじゃないかあの小娘」
聞きたくない声が後頭部に当たる、今度は何しに来たんだか。
「魔女は男運がないの、分かる?その逆よ逆、だいたいアンタが良い男なんて片腹痛いわ」
「うるせぇなメスガキ、テメェはこれからどっか行くのか?」
「そう、あんたはしっかり店番しなよ」
会計台の後ろで身支度をする私に「はよ行けクソガキ」彼は一人になるのが嬉しいのだろ白い歯をみせて感じ悪く笑う。言われなくてもそうするつもりだ。
「そういやこの時期は動物が産卵や出産の時期で凶暴になってるから、喰われてもいいが一応気をつけとけ」
「そりゃどうも、クソジジィ」
一言二言余計に付け加えなきゃ話せない生き物なのだろうか、今すぐにでも家から出たかった私はまだ話している彼の言葉を無視し指を鳴らしてワープする。
「あ、そうそうあとお前の机の引きだしにあったこの書きかけの原稿......ってもう行っちゃったのか」
~ ~ ~ ~ ~ ~
相変わらずのどかで良い場所、小鳥や小動物が多い森は襲ってくる魔物も少なく平和な証拠なのだ。あの狸ジジィの言ってた言葉がこの景色を見ていると忘れるな。
「え~と薬草薬草......」
私を乗せて進む足も機嫌が良いのかスキップをしている。牢獄から出る囚人が「娑婆の空気は美味しい」とよく言うがその気持ちが今なら分かる、肺いっぱいに森の草木の香りが混ざる空気を入れると思わず「美味しい」と言葉が漏れ出た。
今回探している薬草は磨り潰して飲めば心筋を含めた骨格筋を麻痺を消し、傷に塗れば止血効果があり、荷物を多く持ち長く旅や狩りをする人達が良く使う薬草なのだ。しかし見つからない......自分が知らず知らず取りつくしちゃったんだろうか、まぁ焦らずゆっくり探せば見つかるか
「こんな日もあるよね、まだ時間もあるしゆっくりしy」
ほら見つけた、下ろそうとした腰の下に薬草が1つ生えていた。まず1つ目ゲット、そんな私を祝福するように鳴く小鳥たちに見せつけ下ろそうとした尻を上げ私は探すことにした。
1つ、また1つ、気が付けば手には薬草の花束が出来ていた。こんなすぐに見つかるとは予想外だ、よし!時間もあるしこの森を探索してみよう。
「木の実も良く育ってるし今年の夏は期待できそうだ、何作ろうかな~」
そのまま元気に育ってくれたまえ、しかし時々見かける木に刻まれた獣による引っ掻き傷が気になる、えぐれた場所から垂れる樹液が血の様に見えて実に痛々しい。先また先へ進むにつれその大きな引っ掻き傷は多くなり、それを見てきた木々たちが私に警告するように騒めき始める。
「先に進むなって事か」
その時、完全に忘れていたあの言葉が耳の奥で蘇る。
「そういやこの時期は動物が産卵や出産の時期で凶暴になってるから、喰われてもいいが気をつけとけ」
木々たちの言う通り引き返そうと後ろ向け後ろをした時だった。獣特有の独特な殺気が背中に突き刺さる、いつになってもこの感覚は慣れんなぁ、魔女には2種類いる血の気が多く喧嘩っ早い者そしてその逆の静かで杖を持っていても魔法を使いたがらない者だ、私は......
「こういう時は死んだふり」
後者だ、杖を放り投げて静かに倒れる。息を殺し自分の存在を消す、今の私はただの土だ、ただの土、食べてもおいしくないよ。
姿の分からない獣も数分こちらを睨んだのち諦めたのか荒い息が遠のいていき去っていった、そうそうその調子、早く可愛い子供を産んで幸せに暮らしなさい。
安心し安堵の息を着いた、その時だった、カッカッカと細かく刻んだ下駄の音が森を駆け巡りそれにあわせて見えてくるがたいの良いシルエット、去ろうとしていた獣も再びこちらを振り返り、起き上がる私と目が合った。
「確実に死んだ」
獣の正体は大きなクマで、振り上げる手は私の顔よりもデカいだろうか、逃げようとするが体が自分の物じゃない様に動かない。
「馬鹿野郎!固まってどうする!」
なんでアイツがここに?振り向く暇もなく私の頭上を狸ジジィが軽く飛び越えた。すかさず背中から大きな鍋を掻きまわす為に使う鉄製の棒を握り、クマの降り落とす手を下から叩き返すと間髪入れずに間合いを縮めて喉を突く。まさに早業、狩り人もきっとその姿に拍手をしたくなるだろう。
「メスガキさっさと逃げるぞ」
関心してる間に怯ませた彼は、棒立ちしている私の首根っこを掴みそそくさと逃げていった。
「まったく世話の焼けるやつだ、よくそんなんで平気で採取依頼を受けてるな」
「なんでアンタここにいるの?てか放せ!セクハラ!」
「いて悪いか!それより魔法でワープさせろ!」
それには賛成だ、急いでワープしようとした......がそうだすっかり忘れていた、死んだふりをした時魔法の杖を放り投げたんだ。
「落としてきちゃった☆」
狸は何も言わない、きっと呆れて言葉も出ないのだろう、言葉の代わりに口から出たのは怒りが混じった長ーいため息だった。こればかりは本当にすまないと思う。
馬車馬のように私を引きずりやっと近くの村に着いた時、狸は初めて口を開く。
「魔法使いが何で杖を握ってないんだ?」
「すみません、死んだふりをした時放り投げました」
"放り投げた"その言葉に更に深く息を吐きだし手で怒りで赤くなった顔を覆う
「もうマジありえねぇ、ほんっとお前ってば作品も同じだけど後先考えないよな」
「はぁー?作品は関係ないでしょ!」
「関係あるわ!さっきまで全部読んでたけどキャラの設定がコロコロ変わってんじゃねぇか!脊髄反射で決めるからさっきもそうだしダメダメになるんだよ、お前の書物はお前のダメな所の説明書だな!」
何も言えない......が無性に腹が立つ、もっと優しく言えないのだろうか、ほら周りを見てみろ道で説教するからギャラリーが増えてきた。
「よそ見するな!ほんと5巻を書くのにどんだけ苦労したか分かってんのか?」
「うっさいわね!そんなに怒るなら何で助けになんか来たの!」
「んなのお前が居ないと困るからだろ!」
唐突な彼の言葉に「え?」とさっきの熱が消え一瞬で周りの音が聞こえなくなる。何が困るのだろうか、私が死んでも私の名前で本を書けば金は入るだろうし生活は困らない。もしや私の事が好き......だったり。
25歳にもなって私もまだ乙女らしい、ギャラリーと一緒に私も頬が赤くなる。
「お前は奴隷の奴隷作家なんだよ」
前言撤回だ。
「お前が拙い話を書いて俺が面白くする、そして俺がやり方を教えながらお前が家事掃除をするんだ」
1秒前の頬を赤らめた私を殴りたい、コイツは私の父親か?思えば口調と言い少し似ている、白くて短い髪を黒のロングヘアーにして丸眼鏡を掛けさせたらまんま父さんだ、そういえば似たような事を父さんにもよく怒られたっけ......
「聞いてんのかメスガキ!」
「いつかジジィ無しで面白い話を書いて、また奴隷商に売りさばいてやるから覚えとけよー!」
私は逃げる様に家に向かって走って行った。