最終ページ 売れない物書きは売れない奴隷を買う
クラーラが立っていた。
「ってメスガキ!?」
興奮状態のメスガキは俺の声なんて届いてなかった。
「大丈夫よ、直ぐにアンタを助けてあげるから」
「別に俺は洗脳なんt」
言いかけった時だった、「そう、洗脳したの~どう?カワイイでしょ?」エリシュカは俺の声を遮るように前に立った。何故そんな事を、そんな事をすれば死ぬ可能性だってあるのに。もしかしてこれが彼女なりの罪滅ぼしなのだろうか
「洗脳する時凄かったわよ~クラーラちゃんに手を出さないでくれって何回も言ってて」
「殺す」
ポーチから注射器を取り出すなり、迷いなくうなじに差す。エリシュカはその薬を知っているのか「獣格薬ね」そう小さな声で教えてきた。
「それってやばいのか?」
「人格を無くし、通常10%しか使っていない脳を100%フルで動かす事ができるの、使った者は薬の名前の通り獣の様になるんだとか」
「なるほど」
メスガキから漂う殺気に思わず息を飲み込んだ。熊に怯えていたアイツがこんな姿になるとは、だがエリシュカは冷静だった。俺みたいにビビる事もなく、静かにナイフと杖を腰から取り出す。
「ネイト」
「なんだ?バックアップならするぞ」
「違うわよ」
彼女が何を言いたいのか、影の落ちた背中が全てを語っていて、この先の結果が手に取るように分かり声が出なかった。
「やめてくれ」
だが2人は聞く耳を持つことはなく、注射器が地面に落ち、ガラスの軽い音が鳴り響いた瞬間メスガキから動き出す。
瞬きをすることすら許さないその速さ、見開く目は獣そのもので息を呑む。詠唱の速さ、放たれた魔法の威力、何もかもが規格外で流石のエリシュカも涼しそうな笑みが消えていた。
「ふふふ、魔法が使えないんじゃなかったっけ?」
向かってくる魔法を、頬すれすれで交わしつつクラーラと間合いを詰めた。
「殺す」
「あら怖い」
鼻息がかかる距離、どんなに強化してもやはり経験の差という奴だろう、一瞬動きが止まるクラーラに容赦なくエリシュカの手の平が腹にめり込み、そのまま詠唱をした。
「ファイヤーボール」
腹部で燃え上がる巨大な火炎、俺は死を確信して身体が止めようと動く。が、火炎は腹に吸収されていき忽ち消えていった。
「まさか魔喰い薬を飲んでいるなんてねぇ」
「ロ・オー」
感心した彼女の空きを見て、足裏から水を放出し素早く俺の前に立つ。近くで分かったが、彼女は息を荒くし手は震えて、溶けたアイス見たく汗をボタボタと垂らしていた。
薬が切れ始めたってことなのか?
「クソ狸、私にボールを投げといて勝手に消えるんじゃないわよ」
「ボール?」
「花火大会の時よ」
俺は完全に聞こえてないと思っていた、だからその言葉がとても嬉しかった。
「バカ野郎、今は目の前に集中しろ」
小さく頷く彼女は再び床を蹴り、エリシュカの出す煙幕をものとせず突っ込む。
二人を飲み込んだ煙幕からは魔法の放たれた光が、ビガッ、ビガッ、と光り其の直後に耳を突く大きな音が空間を支配し周りに血が飛び散った。
ここで俺が2人を止めるのは容易ではない、だが目蓋裏に浮かぶエリシュカの「何があっても止めるな」というあの表情が動こうとする足を止める。
きっと彼女は俺のために、罪滅ぼしのつもりで死ぬのだろう。ならばここは、何が起きても歯を食いしばって戦いを見守るべきだろ。
煙幕から先に出てきたのはエリシュカだった。突き破り出てくる彼女は床にたたきつけられる。
「アンタ、本気出してないでしょ」
「ふふ.......ふ、即死の魔法も跳ね返されたら、私なんてこんなものよ」
「この薬の効果知ってるんでしょ、そんなに死にたいわけ?」
メスガキは何故そんなに悔しそうなんだ。エリシュカが本気を出したら勝てないのは、いくら馬鹿なアイツでも理解できるだろうに
「死にたい、死にたいわよ.......死んで楽になりたい」
もともと戦う気がなかったのを察した彼女は無言で蹴り飛ばす。
「早く殺しなさい、貴女はこの世界のヒーローになるわ」
煽るエリシュカに、メスガキはただただ冷静に馬乗りになる。
「それが今までの罪滅ぼしのつもりなら軽すぎる」
杖先を額に付けると、蝋燭の火が消える様にエリシュカは全身の力が抜けて動かなくなった。
「おい、今の無詠唱で何を唱えた」
だが彼女は何も答えず、ただ「行くわよ」そうポケットからもう一本の注射器をうなじに差し深呼吸をする。
「家に帰るわよ」
泣いていた。自分の手を見ては歯を食いしばり泣いていた。また魔法で人を殺してしまったからか?だがなんとなくだけれど、その涙の意味を分かった気がした。俺も似た経験がある、一歩的な暴力で後味が悪いのだろう。
「何やってるの!」
「す、すまん」
その後、キュア・ロリ・イタリアンの転移魔法で家に戻った。中は嵐でも入ったのかと言いたくなるほど散らかり、どれだけ焦っていたのかが手に取るように分かった。
「ありがとな、助けてくれて」
だが彼女は俺の方を見ずただ足元に転がった商品を拾っては棚に戻し掃除をし始める。
「アンタも掃除手伝いなさい」
「了解」
まあいいか、どうせもう契約も切れた事だし、明日にはまた奴隷商の籠の中なのだから。
「ねえ、奴隷って契約が満了になったらどうなるの?」
「また売られるだけさ、そういや俺を飼わずに契約として側に置いたのはお前が初めてか、物好きも居たものだな」
いつもの様に接しよう、そう思った俺は軽く笑って見せた。が、いつもの彼女だったらそれに罵倒するが、「また銅貨一枚で売られるつもり?」そう何処か悲しそうに言う。
「ヨナから聞いたわよ、むかし商品として契約する時銅貨一枚で契約したようね」
「まーな、っつたくあの奴隷商も口が軽いな」
メスガキは何も言わず、再び沈黙が俺たちを包み込む、やけに大きく聞こえるガラスの軽い音に交じり「なら私が銅貨一枚で買ってあげる」そんな小さな声が聞こえた。もう捨てられると思っていたから「は?」と間の抜けた声が口から出た。
「だーかーら、買ってあげるって言ってんの、銅貨一枚で」
「もういいだろ、有名になったんだから、お前は充分面白い作品を掛けるようになったよ」
振り返るとメスガキは風船のように頬を膨らませていた。
「うっさいわね!奴隷の癖に逆らう気?」
「買ってくれるのは嬉しいけどよ、お前に何もしてあげれねえぜ?」
顔を真っ赤にしている彼女は「ホント鈍感!」そう指をさし言葉を続けた。
「アンタは銅貨一枚分の価値しかなくて、無能で何もできないかもしれない、だからその分金貨百枚分私を愛しなさい、また他の女の所に行ったらブッ殺すんだから」
それは花火の時の返事だった、今の俺はどんな顔をしているのだろうか、きっと嬉しくて嬉しくてだらしない顔になっているに違いない。
「馬鹿が、素直に言えってんだよ」
「アンタみたいにあんな小恥ずかしいセリフ吐けないっつの」
確かにあれは捻りもなく子供っぽくて、今思い返すと恥ずかしい。
「改めて私はクラーラよ、これからよろしく!ネイト」
「俺はネイトだ、これからよろしくな、クラーラ」
これで無駄に長いようで短い物語は終わりだ、え?エリシュカはどうなってたかって?
それは.......
~ ~ ~ ~ ~ ~
2年後
「ちょっとアホネイト、ここで合ってるわけ?さらに険しくなってるんだけど」
「んだよ、お前が勝手に進まなきゃこうはならなかたっつの!」
「だって.......」
討伐依頼を受けた俺たちは森の中にいた、というのも魔法を使えるようになったクラーラが「もっとお金が欲しい」と言い出したのがきっかけなのだ。
「どうすんだよ」
「獣人の癖に、森に鈍いなんて使えないわね」
野鳥も黙るほどの言い合いを繰り広げている時だった。
「森で迷子ですか?お二人さん」
肩にハンターのワッペン、背中には大剣に腰に杖を携えたその姿。お面を被り誰だか認識できなかったが、何故か俺は声が出なかった。不気味な風貌にではなくその声にだ。
「ついてきなさい、案内してあげる」
― この片足のエリカさんが ―
最後までありがとうございました!
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