1ページ 売れない物書きは売れない奴隷と契約する
売れてない......
何故私の本はこんな売れてないのだろうか
色とりどりの顔が並ぶ棚の中、一番端に異常に高く積み重なり置かれた本の前で私は長い溜息を出す。
「もう作家人生もお終いかなトホホ」
今いるこの書物店は、別名売れない作家のたまり場と呼ばれていて、その中でも端に行けば行く程作家生命が終わりに近づくと言われているんだとか。長くこの席に座ってる私は売れない作家の地縛霊に近い、そしてここに立つ私を店の店主達は"作家の亡霊"と呼んでいるのを私は知っている。気づいていないのかもしれないが......
「何で4巻目を出せと言うんだかな」
作家を集めて商売をする"小説家になるかい?"という組織から、「見込みがあるから4巻目も書け」と言われているが、この塔の如く積まれた自分の本を見ると書く気が失せ、書いてる時に思い出すと原稿の上を舞う羽根ペンも途端に鉛の様に重く感じ徐々に減速して行く。
「行くか」
外に出たのは書物店に行って売れてるかの確認する為ではないのだ、2日前だろうか、雇っていた奴隷が奇声を上げて家から飛び出したっきり帰ってこず、新しい奴隷を雇う為に行きつけの店を目指していた。
自慢ではないが私は家事ができないのだ。てかしたくない、奴隷のようでなんか惨めな気持ちになる。
これを言うと周りには怒られるのだが、そんな怒ってた人達に限って悲しい末路を辿って行ったことは長生きな魔女の私は知っているのだ。
せっせと井戸の水を汲み自分の家に向かう主婦を見て私は「ご苦労なこった」と呟く。春も終わりに近づき人懐っこい生温い風と共に目的地に向かって歩く。
「姉さん今日は機嫌よさそうだね」
道の真ん中で商売道具を片付けていた道化師のコリーは私にビールを飲むジェスチャーをして誘う、彼曰く私は魔女の中でも凄い分かりやすいらしい、そして機嫌が良い日に限って飲みに誘うのだ。「仕事が終わったからね~」そうオーケーサインを出すと彼は「いつもの時間で」と被ってるシルクハットから白い鳩を出して見せた。
あぁ見えて初めは私をよく世話してくれた小説家だったのだ、まぁなぜあの道に進んでしまったのかを説明するとさっき話した悲しい末路を辿った者達の説明に戻ってしまうのだが......
「相変わらずだ」
街を出て馬車や旅芸人、商売人が行き交う草原にポツンと寂しくオレンジの光に照らされたテント、いろんな布で継ぎ接ぎられたこの体を見ると何となく安心するのだった。私が入るなり「なぁに?また逃げられたの?」と奴隷商の女は煽るようにニヤニヤと笑う。
「余計なお世話、良い子そろってる?」
ジャングルの様に獣人や人間が叫び「俺を買え」「私を買って」と叫ぶなか女は「どれも良い子だよ」そう言っては腰に付けたムチで柵を叩いて黙らせた。
「なんか微妙」
「今度はどんなのをお探しで?」
「家事全部と添削ができるならだれでも」
「そんなに求めるから逃げだすのよ」
その通りです、実は前の奴隷もそのせいで逃げられたのだ、しかい奴隷なら何でも言う事を聞いてくれて当然じゃないのだろうか......
「奴隷も生き物なんだから、何でも言う事を聞いてくれるなんて思ったら大間違いよ、それだから彼氏もできないの」
それは関係ないんじゃ......
「高望みしすぎ」
「そこまで言わんでも」
「顔が良いのにもったいないわよ、先生」
嫌味のように"先生"を強調させる、先生だって性格が良ければ作家なんてものにはならず結婚しているだろう、まぁ家事は夫にやらせて私は仕事をするつもりなんだが。
「そのかばん、新刊が入ってるの?」
「そうです、売れない新刊が入っているのです」
目を輝かせて読みたそうにする彼女に原稿の頭をチラッと見せる。彼女は私の本が好きらしく遊びに行ったときは部屋に私の書いた本が棚に全巻置いてあった。しかも三冊づつ、私の知っているなかで唯一の熱狂的なファンと言ってもいいだろう。
「お茶でも飲む?」
「このまま帰るのもあれだしもらおうかな、ありがと」
奴隷の柵の前に置かれた木箱に鞄を置き、彼女のもって来た湯気を立てるティーカップを受け取る。相変わらずいい匂いだ、香りを楽しみ満足げに息を着く。
「冷めないうちに飲んでね」
湯気の前で深呼吸をする私にそういうのがいつもの流れだった。
「あなたも店を開いたらいいのにね」
「お茶だけをだす店なんて聞いた事がないわよ」
一気に飲み干し口の中に広がるイチゴの味を堪能してから「相変わらず美味しい紅茶ありがと、良い奴隷が入ったら手紙ちょうだいね」そう鞄の代わりにティーカップを木箱に乗せる。
「直接貴方の散らかった店に伝えに行くわよ」
散らかってはない、客に掘り出し物などを楽しんでほしいからやっているのだ、お宝さがしてきな?まぁそう言った時に限って「ポーション店に必要ある?」とみんな口をそろえて言うのだが。私は返事の代わりに舌を出し去って行った。実は外に出たのはもう一つあり......
「着いた」
「また新刊の配達依頼かい?」
配達店にも用があった。ここにはデビュー当時から世話になていた。
「そう、お願いします」
これで仕事が終わった、帰ったら何をしようなどと考えつつ肩に掛けた鞄を下ろしいつも通り原稿を渡そうとする......が、あれ?原稿を探す手が焦りだし、反射的に脳裏に奴隷商が浮かんだ。
「どうしたんですか?」
彼も全てを察したのだろう「またですか」と苦笑する、そう"また"です。またなのです。これは高確率で起きどうにかしたいものである。私はため息交じりに「すみません」と言い風のように走って行った。
いつも思うが作家でこんなに走れるのは私だけだろう、物忘れが私を鍛えさせてくれると言っても過言ではなかった。物忘れは嬉しくない事だが......自分の足跡を辿りテントに転がり込む
「ここに私の原稿落ちてなかった?」
彼女は相当暇で寂しかったのか私を見るなり犬の様に笑顔で駆け寄る。
「見なかったわよ~」
「そう」
「どうしたの?なくしたの?」
「そうみたい、道に落としたかなぁ」
脳内でついさっきの事を思い出し集中していた時だった、「これが原稿か」そう低い男の声が背中に当たる。反射的に後ろを振り向くと中年だろうか汚らしい狸の耳と尻尾が生えた男が探していた原稿を眺めては鼻で笑った。
「そう!それそれ」
勝手に読まれたうえに鼻で笑われたのは腹立たしいが、見つかんなかったら今晩また書き直しになる所だったし助かった。
「ありがとうございます!」
「誤字脱字ばっかでメモ帳かと思った」
え?
「登場人物も多いしこれじゃ売れないな」
は?
「まぁ頑張れガキ」
脳よりも先に体が動き私は狸男の檻に顔を近づけ鉄格子を握る。男は「なんだよ」とバカにしたような笑みを見せ原稿を渡した。
「奴隷の分際で文字読めるなんて珍しいねぇ」
「あ?んだとメスガキ!」
「何だととはこっちのセリフだし!やんのかクソじじぃ」
「だいたいなぁ、お前の書物は理由もなく主人公が強すぎるし仲間は女ばっかだしまるでお話にならねぇんだよ、敵弱すぎるだろ、転移した主人公がなんで強いんだよバランスおかしすぎだろ」
「今はそういうのが流行ってるのよ!努力が嫌いな若者がこういうのを好むの!」
「は~?なんだそりゃ、理解できんな、まぁ五百万歩譲ってそれが良いとして、誤字脱字とかはどうにかしろよキュアロリイタリアン並みに酷いぞ」
「誰だよ!てかねぇ言わせてもらってるけどアンタなんか批判しかできないでどうせ文章じたい書けないでしょ!」
「はぁー?言うじゃねぇかメスガキ!ここにいなければ俺だって物書きになってたわ!」
売られてる奴隷が静まり返るほど言い合う私達に、商人の女は「仲いいわねぇ」と本当に会話を聞いていたのかと言いたくなるコメントをし男と私は「は~?」とセリフが合う。
「ふふふ~その奴隷は昔から本が好きなんだけど他人に口を利いた事なんて一回もないのよ?」
「そっちの方が正解だね、てかなんでこんな性格が終わってる奴隷なんて商品にしてるの」
「うるせぇ、作文が終わってるお前に言われたくないわ」
「あはは!クーちゃん奴隷ほしいんでしょ?コイツなら銅貨ワンコインで売るわよ」
銅貨ワンコイン!?どれだけ売れないんだろうか、思えば男のうなじにはいろんな奴隷商の焼き印が重ねて押されていた、押されすぎていてマークというより仇の様な感じだ。少し同情もするが彼の態度に物凄く納得した。
「は~?この俺様が銅貨1枚だと?外見と知識と何よりこの優しい性格だったら金貨100枚でも足りんわ!」
全て駄目だから銅貨1枚なのでは?
「だいたいこんなメスガキに飼われるくらいなら、島流しにされた方がまだましだわ!」
「はぁ?だいたいガキガキいうけどねぇ私は250歳だわ!」
「魔女でいうとまだガキだろ、人間で言っても25歳でガキだわ!とにかく俺は反対だね!」
「私もこんな狸ジジィなんていらないよ!獣人ならライオンとかが良いわボケ!」
すると女は「書物宣伝するわよ」と耳元で囁く。物書き、いや作家は宣伝という言葉に弱いのだ、更に奴隷屋をしながら情報屋も営む人間にそれを言われたらもう何も言えなくなる。というかこちらからお願いしたいくらいなのだ、情報屋の宣伝は町程度のそんなちっぽけな範囲ではなく世界に知れ渡ると言っても過言でない、私は脳裏で本屋で見た自分の売れない本の山を思い出した時そんな夢のような言葉に口元が緩む。
し、しかしこの男はそれ程問題のある男なのだろう、死ぬかも分からない未知の木の実を食べて生き延びるより、努力して生き延びる方法を見つけたほうが良いのでは?
「こんな性格も外見も知識もゴブリンの排出物並みに終わってる奴隷は早く臓器だけ売った方が身の為よ」
「まぁ情報屋が宣伝してもそんなもん読みたくないわな」
その言葉にふと父親のある言葉が耳の奥で蘇る
― お前は小説家の才能は無いんだから止めちまえ ―
「そこまで言うならアンタは私よりも面白い作品が書けるわけ?」
さっきとは違く殺気のこもった地を這う低い声に彼も少し驚いたのかピクリと眉が動く。
「はっ!当り前だろ!なんならお前のお話も面白くできるわい」
「ほ~、もしできなかったら?」
「俺の毛皮でコートでも何でも作れ」
コイツの毛皮で衣類を作るのはしたくないが、まぁ決まりだ。
「この狸ジジィを金貨100枚で買おう」
ちょうど編集者も匙を投げて逃げ出したところだったのだ。
「ほぉ面白い、メスガキよぉ俺が作品を乗っ取っても恨むなよ?」
「私はクラーラ、覚えておきな」
「俺はネイトだ、お前こそ覚えとけ」
この出会いが売れない物書きの人生を、良い意味か悪い意味かはさておき徐々に変えるのであった......