牢番の場合
今回は2話
R2/9/7 6:00,7:00
ついさっきまで、自国の第3王子と婚約していたハーキラ嬢。さて、只今の状況は。
罪状も詳細も不明だが、ハーキラ・レータは凶悪犯罪者の悪女である。本人にそのつもりはないのだが、国が決めたので仕方ない。
罪状が解らないので、今でもチュケーン伯爵レータ家の御令嬢と名乗って良いのかも不明だ。
ともあれ、ハーキラ嬢を乗せた灰色の強化護送馬車は、シラーネ朝カエサン国の重犯罪者を収容する施設に到着した。
(うわ、だっさ。ぼっろ)
1面に絡んだ蔦の隙間から、ひび割れた煉瓦の壁が見える。窓は無いようだ。
(匂い籠るよねー、魔術で換気出来るかな)
ハーキラ嬢に雑魚認定された微妙にイケメン寄りな護送官が、古びた木製の扉を叩く。
(鉄のノッカーとか。呼び鈴無いのかよ)
心の中では、完全に辺境騎士団のスラングで話すハーキラ嬢である。閉じ込められて1日もしないうちにスラング以外は話せなくなりそうだ。
「今日は」
無言で扉を開けた痩せこけた老人に、ハーキラ嬢は丁寧に挨拶をする。
(ここまで年の差はないな~)
ハーキラ嬢は、未だ婚活中のご様子。
護送官は、また何やら書類のやり取りをした後に挨拶もせず去って行く。カラカラという車輪の軽快な音が憎らしい。
出迎えた老人も、挨拶を返さないままである。あろうことか、ハーキラ嬢の腕をグッとつかんだ。いきなりである。
「ちょっと、痛いじゃない!」
ハーキラ嬢の抗議は、虚しく虚空に消えて行く。
老人に引きずられて行く廊下は、幅が狭く天井が低い。両脇に並ぶ鉄の扉の向こうには、恐ろしい罪人が収容されているのだろうか。
「お爺さん、独りで牢番してんの?」
(オジサンまでなら、いける!いるよね?他の牢番)
ハーキラ嬢は、早くもスラングしか話せなくなったようだ。
老人は沈黙を返す。
「けっ」
(囚人覗きたいなぁ、冤罪イケメン、ウェルカム~)
(魔術使ったら、ばれるよな~)
ハーキラ嬢は、ちらりと牢番を見る。
(いや、いける)
根拠皆無な判断をして、ハーキラ嬢は覗き、もとい、万物透過の魔術を遣う。
これは、カエサン国立魔術研究院で習った透視の魔術を、ちょっと不正な感じに改竄したもの。バレても禁術レベルではない、と自認する。
この術は、覗きだけでなくすり抜けも出来る。その場に在るあらゆる物を無いのかように扱える、素敵な魔術である。
(うーん、いまいち。冤罪かどうか解んないしな)
ハーキラ嬢は、来歴暴露の魔術を開発する、と決めた。基礎魔術で教わった鑑定の魔術をいじれば出来そうだ。
老人が骨と皮ばかりの脚を止めた。
「なんじゃ、お前さん、すげぇ魔術師じゃねぇか」
老人の眼が輝く。
「わかんの?」
「まあな」
老人は、ニヤリと笑うと、金髪輝く優男に変わった。
すかさずハーキラ嬢が、今編み出した来歴暴露の魔術を遣う。
(こっちが本性か)
「結婚して」
「嫌だ」
「結婚して」
「大人しく牢屋に入ってな。ほら、ここだ」
「結婚して」
ハーキラ嬢は、しつこい。
「魔術師デール・オ・ソトーを紹介してやるから、勘弁してくれ」
デール・オ・ソトーは大魔術師である。簡単には会えない。
(たしか52歳。歳の差34歳。ギリギリおっけー)
「よろしく~」
父より歳上なのだが、ハーキラ嬢は、特に気にして無いようだ。
次回、魔術師の場合
よろしくお願い致します