第04話『追い詰められた国王』
中央大陸の東に浮かぶ小さな島国。ウェーデン王国の若き国王【アルベート=ウェーデン】は、非常に自分勝手なことで有名だった。
王族という特別な存在として生を受け、元々彼を非難できる者が少なかった上、唯一の目上である両親――国王夫妻が溺愛して育てたためか。彼は今日までの約20年という時を、尊大に、そして傲慢に生きてきた。
彼に権力を振りかざされ、夜な夜な涙した使用人や国民の数は、もはや両手両足の指を使っても計算に足らなかった。
そのため、国王夫妻が病気で亡くなりアルベートが王位を継承した際、彼を支持する者はほとんどいなかった。アルベートが国王になれば、ウェーデン王国はたちまち崩壊すると、誰もが確信していたのである。
実際、アルベートは政治が下手くそだった。
気づけば他国に、過度な割合の国益を納めることになっていたり。ウェーデンが誇る特別な煉瓦の製法を盗まれ、量産されて価値が暴落したり。
彼を発端に起こった様々な事態により、年々国力を失ったウェーデンは、いつ他国に吸収されてもおかしくない状態にあった。
しかし、ウェーデン城の大臣たちは諦めなかった。
前国王の存命時から国に貢献してきた彼らは、ついに国王であるアルベートを騙し込んで利用し、ある殺戮兵器の設計に手を出したのである。
『これがあれば、どこの国にも引けを取らない』
『それどころか、他国を支配することも可能になるだろう』
国を想うばかり、理性を失いつつあった大臣たちは、そう意気込んで兵器の製作を進めた。それが途中で、噂の『戦争屋』に露見したことも知らずに――。
*
「――ッ、はぁ!」
地下階段から飛び出すなり、ハネ癖の強い金髪と、真紅のビロードマントを揺らし、アルベートは脱力したように倒れ込んだ。
息も絶え絶えに床を見つめるも、鼻先を掠めた埃の匂いに顔をしかめ、なんだここはと重い身体を起こして辺りを睨みつける。
そうして彼の目に飛び込んできたのは、天井近くに取り付けられた、太陽や三日月をかたどるステンドグラスの数々だった。月光を浴びる彼らは静かな神々しさを帯び、見る者の心を浄化してくれそうな、厳かな雰囲気をまとっていた。
「……!」
次に見つけたのは、いくつか並んだ木製の長椅子だった。座ればすぐに壊れてしまいそうな、古めかしさに哀愁を上乗せする椅子たちは全て、乱れることなく一方を向くように配置されていた。
アルベートは喉を鳴らしながら、その『一方』である背後を振り返る。
そこには、教会の神父が読み物を置くような講壇が。さらにその奥には、慈悲を司る女神・セレネが微笑みを浮かべている壁画が掛けられていた。
信仰心の薄いアルベートから見ても、息を呑むほどに美しいセレネ。だが、今はその笑顔の裏で何かを憂いているように見える。
単に影が差していることで暗く見え、不吉なイメージが与えられているだけなのかもしれないが――なんだか、とても嫌な予感がした。
「教会……? 何故こんな教会が、城の地下通路と……?」
アルベートは昇ってきた地下階段を見下ろし、ぽつりと声をこぼした。
戦争屋から予告された時間より少し前。警備を固めさせた謁見の間を、こっそり秘密の扉から抜け出して、長いこと走ってきたこの地下通路。
緊急時の逃走経路として、代々王族の間で存在が語り継がれてきたらしいが、まさかその行き先が教会であるとは思いもよらなかった。
「ずいぶんと埃臭い……人の出入りはないのか? とすると、街の中じゃないな……城の中は今、どうなっているんだ……?」
アルベートが逃げてから教会に着くまで、かなりの時間が経っているはずだ。
昨今のウェーデン兵は、かつての栄光に泥を塗りたくるほど弱いので、時間経過と併せて考えると、こちら側はいま相当な痛手を負っていると予想できる。
しかも、相手は風評の戦争屋。最悪、兵が全滅していてもおかしくは――と、考えていたそのときだった。ふと、教会の扉が蝶番ごと内側に吹き飛んだ。
「ひッ……!?」
心臓を跳ね上がらせ、贅肉のついた身体をすくませるアルベート。その眼前、2つの影が教会の出入り口に現れた。月光が後ろから差していて、2人の顔はよく見えなかった。
「おや。もういらっしゃってたんですね」
片方の影が揺れ、ゆったりと落ち着いた声を発する。
「ひどい間抜けヅラっスね。この人ほんとに王様なんですか?」
もう片方の影が揺れ、澄ましたような口調で喋った。
「どうします? ジュリさん」
「ふぅん……まずはお話をしてみましょう」
2人はアルベートに歩み寄る。距離が近づいたのと、夜目が利き始めたことで、アルベートの目にも彼らの姿がはっきりと捉えられた。
まず、20代後半くらいの落ち着いた口調の男。
最初に目につくのは、三つ編みにされた藤色の長い髪だ。次いで細縁のメガネから覗く、鋭さを宿した紺青色の瞳。背はすらりと高いが、漆黒のマントに覆われた身体は、隠されてなおうかがえるほど細かった。
少し病弱そうな印象を受けるが、冷静で知的な雰囲気がある。意味ありげに浮かべられた微笑からは、どことない胡散臭さが滲み出ていた。
もう片方、10代半ばくらいの澄ました口調の少年。
癖っ毛の黒髪と、眠たげな紫の瞳が特徴的だ。シャツとスラックスの上には、瞳と同じ色をしたオーバーサイズのパーカーを羽織っている。
身長や体型に特筆する点はなく、一見普通の子供ようだったが、その実ナイフのように研ぎ澄まされ、洗練された佇まいをしていた。
「初めまして、国王アルベート=ウェーデン」
眼鏡のほうの男が、すくんでいたアルベートに声をかけた。それはただの挨拶だったのだが、緊張が高まって限界を迎えていたアルベートはそれにすら身震いし、
「戦争屋……インフェルノ……!」
舌の根まで干上がった口で、彼らの名前をこぼした。
自分たちにとって不都合な世界を憎み、『世界改変』を目的として、邪魔者を排除して回る悪人の中の悪人。目的のためならば、裏社会を牛耳る反社会的グループも、万単位の兵士を抱える国さえも敵に回すという、イカれた男たちの小さな集団。
その桁外れの悪行の数々から、誰かが始めた作り話なのでは、とまで言われている彼らが、まさか本当に目の前にいるコイツらだというのか。戦慄するアルベート。謁見の間から出るんじゃなかった、と後悔が頭を横切る。
「ええ、左様です」
眼鏡の男がそう言って、薄っぺらい笑みを貼り付けた。
「まぁ、私たちが決めた名前ではないので、そのように呼ばれるのは遺憾なのですが……いいでしょう。さて、こちらが一方的に存じているのも不公平です。お話の前に軽く、自己紹介をさせてください」
すると、隣に立っていたパーカーの少年が、呆れたように口を開く。
「ジュリさん、自己紹介なんて意味あるんですか? だってこの人どうせ」
「いいんですペレットくん。あの、格好つかないんで黙っててください」
「格好つかないってジュリさ」
「黙れって」
「――」
ペレットと呼ばれた少年は、じとりと目を細めて吐息をする。
緊迫した空気が行方不明になり、呆然と口を開けるアルベート。その様子を一瞥した眼鏡の男は、わざとらしく咳払いを響かせた。
「申し訳ありません。私の名前はジュリオット。【ジュリオット=ロミュルダー】と申します」
眼鏡の男、もといジュリオットは胸に手を添え、うやうやしく頭を下げた。
流れるような滑らかな一礼。もしやどこかの貴族の血筋なのだろうか。腐っても王族、これまで何度も目にした仕草に、アルベートは唾を飲み下した。
と、
「では、早速ですが今から3つ質問をします。全て偽りなく答えてくだされば、私たち2人は貴方を解放して差し上げますので、正直に答えてくださいね」
青い双眸をほのかに輝かせ、ジュリオットは顔を上げた。――能力者だ。直感すると同時、アルベートは冷たいものに背筋をなぞられる心地がした。
何の能力だ? この男はこれから、自分に何を聞くつもりなんだ? そもそも何故ここがわかった。自分はこの後どうなるんだ? 解放すると言ったが、はたしてそれは五体満足なのか? そもそも嘘をついているんじゃないか?
インクをこぼした白紙のように、心がじわじわと蝕まれていく。
「いや、だ……」
虫の息のような、弱々しい声が拒絶を形作った。瞬間、恐怖が理性を上回った。
――いやだ、いやだ、死にたくない! 逃げろ、どこへ? どこへでも!
アルベートは勇気を振り絞って立ち上がる。2人を突き飛ばして逃げ出そうとした。が、けらけらと笑う膝が、銃声とともに声を失った。
崩れ落ちたアルベートは、焼かれたような痛みを膝に感じながら、息を、瞳孔を震わせて正面を見た。
「こら」
「さーせん」
そう、ジュリオットにたしなめられるペレットの手には、先程まではなかったはずの拳銃が握られていた。
「……あ、予告っス。ちゃんと答えてくれないと、次はあんたの目玉が弾けるんで」
ペレットは宣言しながら、アルベートの顔に向けて銃を構え直した。その真っ黒なボディが、月光を浴びて艶めかしく光る。
「……だそうですので、質問にはきちんとお答えくださいね、アルベートさん」
呆れ顔のジュリオットは、中指でフレームを押さえてクイと眼鏡の位置を直す。それがスイッチの切り替わる瞬間だった。直後には、ぞっとするほど優しい笑みが、ジュリオットの端正な顔に貼り直されていた。
「それでは、これより尋問を開始します」
人型の悪魔が冷ややかに嗤う。アルベートはもう、へへ、と泣くことしか出来なかった。




