第33話『慈悲はいらない同盟締結(仮)』
結局シャロ達は、ミレーユを勧誘云々に関してはとりあえず『フィオネやジュリオットに会わせてみる』ということだけを定めて、戦争屋がこの状況下から解放された日の内にアンラヴェルを一緒に出ることを彼女と約束した。
そして話が終わって、ミレーユに医務室の松葉杖を渡してから別れると、少しして医務室に1人の聖騎士が入ってきた。
どうやら、教皇から直々に遣わされた伝言役らしい。顔面が殴打か何かで腫れた痕のある男で、少しでも動ける奴は怪我人だろうとこき使われるこの現状の人手不足っぷりをギル達は垣間見ていた。
「アンラヴェル教皇聖下から伝言を承った者だ。これから、聖下は貴様らと話をする時間を設けたいそうだ。案内をするので、今から着いてくるように」
「教皇って……確か負傷されていらっしゃったんでは? 今は俺らと話をして頂くよりも、安静にされる方が良いと思うんスけど」
「……そう申し上げたのだが、あまり御耳に入れて頂けなかった。全く、貴様らの処分を聖下はどうお考えなのか……とにかく、着いてこい」
その聖騎士はあまり遠征組のことをよく思っていないのか、若干当たりの強い口調で同行を促してきた。
命令口調だったことだけ不満であったが、ここで逃げて問題を起こす意味も特にないので、全員素直に医務室から退室。あまり安定して動けないペレットはマオラオに肩を貸して貰い、寄りかかりながら聖騎士の残す道筋に従った。
そうして果てしなく長い廊下を右折左折と繰り返して、ようやく『それ』らしい部屋の扉の前に辿り着くと、
「ここが、教皇聖下のお部屋だ。……念の為、貴様らには手錠をかけさせて貰う」
「え? あぁー、良いっすよ、全然。手錠だと不完全な気もしますけどー、まぁ特に手を出す気もねぇしなァ」
聖騎士数人に詰め寄られ、ギルが代表をして許可を出す。そうして全員に手錠がかけられ、最低限の安全を保障すると、最後に案内役の聖騎士が念を押した。
「必ず、教皇聖下には無礼のないように。では、入れ」
案内役の聖騎士が、仲間に合図を出すと同時。すっかり黒く変色した血で上書きされた大扉が、手錠をかけにきた聖騎士達によって解放された。
*
扉が開いてまず全員が目にしたのは、天蓋つきの大きなベッドであった。
白い薄布で囲われていて、中に誰か人が居ることは辛うじてわかったが、顔はよく認識が出来ない。ただなんとなく、年老いた男性のような人相がうっすらと向こうに見えた。どうやら大きな枕に寄りかかって座っているようだ。
それに並々ならぬ――神々しさ、とでもいうのだろうか。思わず息を詰めるような息苦しさが遠征組4人を襲う。
この薄布の向こうに居る人物こそが、アンラヴェル神聖国を治める統治者にして神子ノエルの祖父、アンラヴェル教皇なのだろう。
誰がどう話を切り出せば――とペレットが迷っていると、それを薄布越しに察したのか、顔の見えない教皇は『ゔ、ヴン』と喉の調子を確かめて、
「……すまない。顔を隠しながらで申し訳ないが……この状態のままで君達と話がしたい。良いだろうか」
柔らかくて、落ち着いた声が発された。そこらで見かける老人と、なんら変わらないような声だった。それがペレットの緊張を柔らかく解く。一方でギルは、さしてこの状況に気を張っている様子はなく、
「……『良いだろうか』なんて聞かれても、断れば後ろの奴らがぶっ殺してくると思うんで、俺ら回答権ないんすけど」
感情の死んだ表情で剣を握って、こちらに注意を向ける聖騎士達を一瞥しながらそう突っ込むと、ギルの首横に鋭い銀の光が差した。喉に切り込むフェイントだ。割と殺意ましましだったが。
避けようと思えば避けれる速度ではあったが、突っ込みにまで反応するとは中々容赦がない。ギルは溜息を吐いた。
「そうか。それはすまなかったな。それで……えっと、君は」
「お初にお目にかかります、【ペレット=イェットマン】と申します。それで、お話というのは」
「あぁ、君達の処分についてだ。ペレット君を除いた君達と昨夜話をしたとき言ったように――君達が『戦争屋』であり、無断で宮殿に侵入した以上、一国家としては確保及び早急に『ヴァスティハス収容監獄』へ移送せねばならない」
「えっ……なんか聞いてた話と違うんスけど、ギルさん?」
裏切られた気分で緑頭の方を向けば、緑頭はひらひらと呑気に手を振って、『良いから聞けって』とこれまたくそ呑気にへらへら笑った。かなり不安だが、彼には何やら大丈夫であるという確信があるらしい。
「ただ『ヘヴンズゲート襲撃事件』にて、我が孫ノエルを救ってくれたことも考慮すると、そういった処罰は与えにくいと話したはずだ。……神子ノエルの存在を何故知っているのかは、この際話さずとも良い。もはや過去のことだからな」
「すみません、昨日も言ったんですケド、我が孫ノエルさんは多分、救ったのシャロちゃんだけかと思いマス」
「そこで私は――何かしら君達『戦争屋インフェルノ』から、こちら側に対してメリットをもたらせば、場合によっては今回のことに対する対応を、軽い処罰で済ませても良いと考えている、とも言ったな」
「あの、だから神子ノエルは」
「そしてその私の条件に対して君達が出したのが、『アンラヴェルと君達との同盟関係』だ。いいや、明確にはアンラヴェルと『戦争屋のバックに居る国家』か」
「ホント話聞かねえなこのクソジジイ」
「何か?」
「いえなんでもないです……ゴメンナサイ……」
背後から首筋に触れる寸前まで剣を突き出され、言葉を尻すぼみさせながら手を挙げて非礼を詫び、無抵抗の意思を露わにするシャロ。しかし今までの話を聞いていたペレットは、そのコントのようなやりとりを楽しむ余裕はなく、
「ちょっと待ってください、同盟って!? 『戦争屋のバックに居る国家』!? まさかあれのことバラしちゃったんスか!? フィオネさんの許可もなしに!?」
「だぁーってこっちから出せるメリットなんか、それくらいしか出せそうにないんだもーん……まぁ、同盟組んじゃえば美味しいだろうし、迂闊に手を組んだところでアンラヴェルには裏切る力もないかなと思って」
「……まぁ、そもそも裏切るメリットがさしてない。あの五大大国が1つ――『オルレアス王国』と同盟を組めるのであれば、こちらとしても願ったり叶ったりだ。何故あの国が、戦争屋のバックなどしているのかは分かり得ないが」
と、教皇が訝しみつつも口にしたのは、大東大陸で最大の領土を持つ大国『オルレアス王国』。実は、ひょんなことから戦争屋の支援をすることになり、拠点の建物を廃屋だからと譲ってくれた国である。
名前からなんとなく想像がつくように、港町オルレオを領地の1つとして治めている国であり、戦争屋が住んでいるあの森もオルレアス王国の領地だ。なんでそんな関係になってしまったのかは、恐らく後日明らかになるであろう。
「っ、はぁ……! なんッッッで、こう、もう……!」
別に機密事項というわけでもないのだが、それなりに国外には秘密にしてきた情報を何故、そんなにも軽く溢せるのかとペレットは頭を抱える。
「それで……その話はその条件で……受理されたんスか……!?」
そんな口だけの約束で戦争屋を解放して良いのか、などという心配にも似た感情がペレットを支配した。ぶっちゃけ全部本当の話だが、教皇側からしてみれば全て真実とは限らない。こんな都合の良い話、疑ってかかるのが普通だ。
――そう教皇の神経の図太さに戦慄していると、薄布の向こうの彼はそれを読み取ったのか、
「まぁ、安心してくれ。私は特殊能力の問題上、人の本質を見るのが得意だ。明確な真偽などはわからないが、全て情報を駄々洩らしにしたシャロさんが、こちらに悪意を持っていないことはわかる」
『それに』、とアンラヴェル教皇は続けて、
「オルレアス王国からの支援供給を受けた場合、アンラヴェルの禁書庫にある書物を可能な限り、オルレアスへ受け渡すと話をした。誰にとっても悪い話ではないだろう? あとはオルレアス国王の返事次第ではあるが」
「はあ、なるほどな……その『禁書庫の書物』ってのがどれくらいの価値があんのかはわからねーけど、一応対価は用意するくらいには本気なんすね。それで、仮にその条件で了承するとして、そしたらもう俺らは帰って良いんすか?」
ギルが組んだ手を頭の上に置きながら尋ねると、教皇のシルエットは少し考えたあと首を横に振った。
「私も忙しい身。すぐにでも帰して仕事に集中したいところではあるが、知っての通り現在のアンラヴェルは人手不足だ。発つのは今晩にして、一緒に復興作業を手伝って欲しい。いや、どちらかというとこれは命令……君達の義務だ」
「えぇ……? まぁ、良いっすけど……慈悲ってなんだっけな……」
緊急時とはいえ人使いの荒い現実の教皇と、思い描いていた聖人君子のような理想の教皇との差を目にして、思考を宇宙の彼方へと飛ばすギル。その最中、天蓋の内側で教皇はシャロの方へ視線を寄せて、
「あぁ、それと――シャロさん」
「んぇ、はい?」
「ノエルの方から君に話があるそうだ。昼頃に会ってやってくれると、私としても助かる。まぁ、監視役の聖騎士をつけながらになるが」
「え? ノエルが? ……ワカリマシタ」
何を話されるのだろうか、と考えを巡らせながらシャロは素直に頷く。すると薄布の向こうの教皇が、なんとなくゆるりと微笑んだような気がした。




