第31話『馬鹿みたいなツラした下僕』
翌日の朝7時過ぎ。ペレットは相変わらず移動を制限され、医務室の中に閉じ込められたまま朝食を摂っていた。
朝食といっても大したものではない。乾いたパンと、豆がやたら硬くて薄いスープだけだ。どうやら医務室の外では配給が始まったそうなのだが、宮殿内の食糧庫がだいぶやられてしまった為、質素なものしか用意できなかったらしい。
食事を外から運んできた、マオラオがそう言っていた。
外の世界が今どうなっているのかだとか、なんで自分達にまで配給が分け与えられているのかだとか、色々聞きたいことはあったが、
「まぁ、後でな。後で全部わかるわ」
と、困ったような顔をしたマオラオに濁されて、ギルにもシャロにも似たような事を言われて濁されたので、自分が気絶したあの後、簡単には説明できない事態が起こっていたのだとペレットは察した。
しかし理由があるとはいえ、1人だけ何も知らされずに医務室の中で軟禁されているというのも辛い。なので、事件の情報だけまとめて教えてもらった。
まず、肝心の『天国の番人』と名乗った白づくめの集団だが。彼らは今回の集団の中で指揮の位置にあったセレーネが失踪し、戦力の要であるアンドロイド――ベルテアが破壊されたことにより、皆アンラヴェル宮殿の各地から姿を消してしまったらしい。
どこに行ったのかまではわからなかったそうだが、彼らが撤退したということはつまり、神子ノエルは守り抜けたということでもあった。
その神子ノエルはというと、ペレットが気絶した後、その場にとある聖騎士(トーマスという名前だったらしい)とギル・マオラオ達が合流して、神子ノエルを知っているというトーマスさんに身柄を引き渡したそうだ。(ちなみに破壊したベルテアも回収されたらしい。)
――で、ペレットを医務室へ搬送し治療を受けさせている間に、聖騎士たちはギルらをしっかりと事情聴取。そこでアンラヴェル教皇と言葉を交わす機会があったとかで、ギルらと教皇の間でなんらかの交渉を経て、こうして配給を恵んでもらえる立場を勝ち取ったのだという。
また話は転じて、アンラヴェルの全使用人512名中、死亡者が387名。負傷者は軽症・重症問わずで91名。負傷者の中には枢機卿も含まれており、もはやこの国は他国の力を借りねば復興不可能とまで言われているそうだ。
だが非戦争国である為、敵は作らなかったが味方も作らず、特にどこの国とも同盟を組んでいなかったアンラヴェル神聖国には借りる肩が存在しなかった。
それ故に、もう後は他国に属国となることを迫られ、白旗を揚げるだけ――と、生き残った使用人の間では噂がされているのだとか。
「なんだか、すっごい重たい話になってきたっスね」
「あぁ、こりゃあ国が1つ滅んじまうな。これはフィオネの未来予想ではハッピーエンドなのか? 神子が誘拐されんのは防いだわけだが……」
誰よりも先に朝食を終えたギルが、ペレットの隣の寝台であぐらをかきながら疑問を口にする。すると、窓際に寄りかかってパンを咀嚼していたマオラオが、口の中のそれをごくんと飲み込んで、
「どうやろなぁ。神子が誘拐されてへんから戦争は起こらんし、戦争が起こらんからアンラヴェルは吸収されんし、勢力蓄える国も出てこんわけやけど……あれ、結果的にアンラヴェルは吸収されてしまうんか? っちゅーか、なんなら……」
なんなら、戦争屋が神子を誘拐させない為にアンラヴェルに来たことによって、あのカルトじみたテロが引き起こされてしまった感は否めない。
彼らのうちの1人曰く、目的は『戦争屋の妨害』と『神子ノエルの誘拐』の2つだったらしいので、戦争屋が介入しなければ神子は静かに誘拐されただろうし、アンラヴェルもここまでボロボロになることはなかっただろう。
もっとも、誘拐されたら誘拐されたで別の場所から攻撃に遭うわけなので、どちらにせよこの国は滅亡の運命にあったのだろうが。
「……一応、オレらのせい、なんやろなぁ……」
医務室の窓から見える、中庭の修復作業をしている聖騎士達の姿を見て、マオラオは遠い目をしてぽつりと呟いた。
*
さて、色々と教えてもらったところで、改めて現在の状況を整理しよう。
まず、『天国の番人』と名乗る教団による殺戮事件から一夜が明けて、甚大な被害を受けたアンラヴェル宮殿は、没落の一途を辿りながらも一定まで復興する為に活動をしていると。
それで遺体の回収と負傷者の治療が数少ない生存者によって行われていて、その最中で戦争屋については保留の措置をとられている。ギル達曰く、戦争屋への今後の対応については、後ほどまた話し合いの機会があるらしい。
とにかく今は、復興作業が終わることを待つのみか。
別に『空間操作』で逃げ帰っても良さそうだが、この弱りきった状況で使用してもまた気絶するか死ぬだけだ。つまり、ここで大人しくしている他になく、
「今気づきましたけど、めちゃくちゃ暇っスね」
「お前も気づいたか。そうなんだよ、めちゃくちゃ暇だし、これならいっそ俺らも復興作業に駆り出された方が楽っちゃ楽……」
――などと話をしていると突然、医務室の扉ががらがらと開いた。
遠征組は今、全員が医務室に揃っているからつまり、それ以外の人間が開けたということだ。もしや聖騎士ではないだろうか。何事かと思い、全員が緊張して背筋を伸ばしながらそれぞれ出入り口に視線を向けた。すると、
「……あっ!?」
まず第一にシャロが声をあげて、続くようにペレットが『あ』と呟いた。
「……え?」
現れた人物に反応できたのは彼らだけであり、ギルとマオラオにはそれが誰なのかが全くわからなかった。ただ、シャロの若干嬉しそうな声音からして、警戒するべき人物でないことは読み取ることができ、
「……女?」
ギルが、誰にも聞こえない程度の小さな声で呟く。
そう、女性――医務室に入ってきたのは、可愛らしい少女であった。
彼女は深い青色――瑠璃色と呼ぶのが相応しいだろうか、という髪を腰まで伸ばして下ろし、頭部に兎のような耳を生やしていた。兎の獣人族なのだろう。全体的にすらりとしており、アンラヴェル宮殿の専属メイドの格好をしている。
身長はおよそ160センチ前半といったところか。若干顔から疲弊の色が滲み出ているが、一方で海を思わせる大きな碧眼は大層鮮やかであった。
そんな見知らぬ美少女と、いつの間に面識が……? と、意味深長な反応を見せるシャロ達にギルが尋ねようとした、その時。
「えっ、えっ、え……!?」
こちらに気づいた青髪の少女は、わかりやすく動揺を見せ始めた。
「シャロさん……と、ペレーヌさん……ですよね……?」
「いやペレーヌってなんだよ」
ギルがクソガキの方を向いて突っ込むと、寝台に上半身を起こして座っていたペレットはぎくりと肩を弾ませた。そして下手くそな口笛をぴーぷーと吹きながら、明後日の方向に視線をやる。
一体何があったのか、とギルは熟考。しかし彼らの短いやりとりを差し置いて、シャロは驚愕の表情で少女に駆け寄ると、
「ミレーユちゃんさん、無事だったんですか……!?」
「え、ええ、シャロさんもご無事で何より……なんですけど、その格好と周りの方々は一体……?」
「あ、え……っとですね」
率直に尋ねられ、あからさまに困惑するシャロ。だがそれも当然のことだ、元々専属メイドの格好をしてミレーユと会っていたのに、今になってラフな格好をしていることへの説明など困難極まりない。
事実を詳しく述べようとすれば、『戦争屋』であることにも触れなくてはいけないだろうし、そうでなくても嘘を続けて『給仕服が汚れたから私服に着替えた』というのは些か胡散臭い。
というかそもそも、ここの専属メイドが私服の持ち込みを許容しているのかすらわからないので、迂闊に説明が出来なかった。
もちろん、ギルとマオラオについての説明など論外だ。彼らについてはどう触れようが、同伴しているシャロを彼女は不審者として扱うようになるだろう。まぁ、時すでに遅しという感じも否めないのだが。
「その……えっと……」
シャロがちらり、と医務室の中へ助けを求めると、この状況に対応できないギルとマオラオはふいっとそっぽを向いてしまった。それにより強制的にペレットに向けられた琥珀の視線に、当人は困ったように首を掻くと、
「……とにかく、用事あったんじゃないっスか? シャロさんもそこで長々と止めてないで、中に入らせてあげた方が良いと思うんスけど」
「あっ、そう、そうだね! ごめんなさい、ミレーユちゃんさん」
「え、あぁ、いえいえ……急ぎの用ではなかったので、大丈夫ですよ!」
謝るシャロに微笑んでから、医務室の中へと入るミレーユ。
しかし前に歩き出した途端、彼女の身体がそのまま進行方向へ崩れた。刹那傍に居たシャロが手を伸ばし、ミレーユの腹に腕を回して抱き止める。
「……ふぅ」
安堵の吐息を溢すシャロ。間一髪であった。
しかし抱き止めたは良いのだが、それにしても変な転び方だった。何かにつまずいたわけではない。ぶつかったわけでもないし、よそ見をしていて足に込める力加減が出来ない、という風でもなかった。
例えるならそう、突然足の機能を奪われてしまったような――。
「大丈夫ですか、ミレーユちゃんさん……!?」
「はっ、あ、ごっ……ごめんなさい、ありがとうございます、すぐ退きます!!」
ミレーユは慌ててシャロの腕から抜け出すと、必死にお辞儀をし始めた。長い青髪が空気を扇いで、呆然とするシャロの顔面に風を送る。それを浴びながら、シャロは何かに気づいて顔を硬化し、
「……もしかして、ですけど。ミレーユちゃんさん、どこか、足をおかしくしてはいませんか……? 怪我とか……」
そう尋ねると、ミレーユは白い顔を真っ青に染め上げた。失言だっただろうかと慌てれば、彼女はうつむきながらも首を振って否定して、
「その……前日の強襲事件で、足をやられてしまって。……怪我はしなかったんですが、時折右足に力が入らなくなるんです。ただそれだけで……」
「怪我じゃない……ってことは、能力を足に受けたってことですか? それって、今のお仕事はどうなるんですか……?」
恐る恐るシャロが問えば、彼女は難しそうな表情のあと、
「障害持ちという理由で、先程こちらから退職願を出しました。受理されるまでしばらくかかると思いますが……仕方のないことです。シャロさんはここに残られるのでしょうか? どちらにせよ、お別れになってしまいますね」
そう呟いてシャロの手をとり、それを握って微笑んだ。ただし色のない透明な笑みである。彼女が表情を偽っていることは、誰が見ても明らかだった。
故に、シャロは安心させるようにミレーユの手を握り返し、
「あの、ミレーユちゃんさん、ウチ聞いて欲しい事があるんです」
「おい、まさか」
ぐいっとミレーユに顔を寄せるシャロを見て、嫌な感じを察知するギル。
彼だけではない。その場の男子全員が顔を強張らせ、何かシャロが下手なことを喋る前にとそれぞれ動き出す。
が、彼らが止めに入るよりも早く大告白を口にして、
「シャロちゃんと、あっちの馬鹿みたいなツラした下僕3人。ウチら4人とも戦争屋って組織の人間なんです。あの、一緒にそこで仕事してみません??」
「んぇ」
「「「はァ!?!?」」」
ミレーユが筆舌に尽くし難い奇妙な音を発して固まると同時、ベッドの周りに固まっていた『馬鹿みたいなツラした下僕3人』が驚愕を揃えて露わにした。




