第17話『金髪と青髪のメイド少女』
突然現れた給仕服姿の美少女に、シャロとペレットは息を呑んだ。
秋の雪国にいるはずなのに、嫌な汗がこめかみにじんわりと浮かんで頬を伝う。彼女の緑色の瞳が左右へ動く度に、2人の頬はひくついた。
「これ……なんか疑われてるよね?」
「めちゃくちゃ疑われてますね。というか、あの人、気配が全然……」
「うん? 何1人で喋ってんの」
何かに悪寒を覚え始めるペレットと、それを不思議そうに見るシャロ。2人の反応には差があるが、どちらにも焦りが生まれていた。
少女がどう動いても対応できるよう、2人は次のアクションを待つ。しかし、何故か少女は何も喋らない。そのせいで、しりしりと神経がすり減っていった。
2対1、計三者の間に生まれる、胃を刺すような緊迫感。最中、耐えきれなくなったシャロが口を開こうとして、
「もしかして、初めまして……かしら? あっ、違ったらごめんなさい。でも、確か先月入った新人さんのうちの2人よね?」
「はい?」
「その、私まだみんなを把握できてないの。ダメよね、メイド長なのに」
不安そうな表情で、逆にシャロ達の顔色を伺う少女。
彼女の予想外な反応に呆気にとられた2人は、互いの顔を見合わせると、眉をひそめたり首を傾げたりする。どちらも示すのは『困惑』だ。
少女の思考がわからない。誰かと間違えているのだろうか。
だが、都合の良い解釈をしてくれたようなので、ひとまずの危機は避けられた。ここは少女の勘違いに乗った方が良さそうだ。
そう判断したペレットは、『んんっ』と唸って喉の具合を確認すると、
「えーっとぉ」
突然、無理に高くしたような声で喋り始めた。
直後、隣で聞こえた爆音は、シャロが噴き出した音である。
「お話するのは初めてですよぉ……ゔ、ゲホッゲホッ。は、初めましてぇ、新人のペレッ……【ペレーヌ=イェットマン】でーす、ゲホッゲホッ、オエッ」
吐きそうになりながらも、無理やり女声を捻り出すペレット。最後、胃の中のものを吐き出しそうな音がして、少女がぎょっとしたが、ペレットは何事もなかったかのように涼しげな表情を取り繕う。
しかし一体、ペレットは何をどう考えてその発想に至ったのだろうか。
やり通せると本気で思っていそうな雰囲気を感じるだけに、滑稽を通り越して、シャロは彼が心配になってくる。
ただしペレットは、そんな相方の胸中など知らずに大根芝居を続行。
「ほらぁ、シャロさんも挨拶しヴォェッ、ゴヘッブェッ」
「えっあっえ!? あ、えっと、初めまして、シャロ=リッ……シャロです!」
「ペレーヌちゃんと、シャロちゃんね。しっかり覚えておくわ」
明らかに気持ち悪いペレーヌ――もといペレットの自己紹介を聞いてもなお、余裕のある笑みを浮かべるメイド少女。彼女が唯一驚いた顔をしたのが、ペレットが吐きそうになった瞬間だけだというのが驚きである。
果たして少女が鈍感すぎるのか、それともペレットの奇行を理解したくなくて、わざと無視しているのか。何にしろ対・変人の能力が高い人間のようだ。
シャロはじとりとした目をして、色々と精神の図太い2人を見やった。と、
「ところで、今日の掃除場所は誰かから聞いてるかしら?」
「あ、いえ、聞いてないです」
「聞いてないですぅ」
「あら? おかしいわね、新人の子には週替わりで、先輩メイドが指導役につくはずなんだけれど……」
「ギクッ」
動揺のあまりシャロの口から飛び出すセルフ擬音。まさかそういうシステムがあるとは知らなかったので、言い訳が咄嗟に思いつかない。
そも、本来はこの宮殿で雇われているメイドの多さを、もといメイド同士でさえ把握しきれなさそうな、同僚の多さを利用して紛れ込むつもりだったのだ。そうすれば偽物が混じっていても、すぐには疑われにくいと考えたから。
しかし、最初に会うのがメイド長だなどとは、全く想定していなかったわけで。
全体の統括をする役職ともなれば、メンバーは全て把握しているのだろう。彼女がこちらに対して『新人』という解釈をした時点で、大体それは推測できる。
大体、そこまで記憶力が良いのなら、先月入ったという新人にシャロ達が居なかったことも覚えていそうなものだが――とにかく、『前からいたけど忘れられてる可哀想なメイド』のロールプレイをする上で用意していた嘘は全て潰えた。
さて、どうするか。
すっかり役に入っているペレットは、果たして脳が動いているのかどうか。演じているのはお花畑キャラのようだが、今の彼は頭までお花畑の可能性が高い。
というか、ペレットが抱く少女のイメージはあんななのだろうか。だいぶ拗れた思春期を送っていそうである。よほど女子に縁がなかったのだろう。
と、思考が横道に逸れ始めたシャロが、失礼なことを考えていると、
「まぁいいわ、後で確認しましょう。じゃあ、3階の西エリアをお願いしても良いかしら?」
「お……オッケーです、任せてくださいメイド長!」
「かしこまりましたぁ、メイド長ぉ」
「ふふ。じゃあ、掃除用具のある場所は私が教えるわ。ついてきてね」
そう言って少女は笑みをたたえ、シャロとペレットを先導。少女の視線が向こう側へ向いたのをいいことに、シャロの肘鉄砲がペレットの脇腹に炸裂した。
*
それから1つ上の階、3階の西エリアへ連れて行かれたシャロ達。2人は掃除用具を持たされて、メイドの少女から説明を受けていた。
「とりあえず、この廊下をお願いするわ。あ、向こうの角から先は他の子の担当だから、掃除しなくて大丈夫よ。それじゃあ、頑張って!」
金髪のメイド少女は、それだけ言ってどこかに消えていった。
そうして、ただっ広い廊下に残されたシャロとペレットは、廊下全体を見渡し、目で見てわかる面倒臭さに圧倒される。
まず廊下だが、進行方向の縦幅はもちろん横幅がとにかく長い。
宮殿だけあって、だいたい道路1本分くらいの太さがある。材質はつるつると磨かれた石のようなもので、どうやらモップを使って掃除をするらしい。
そして、それと一緒に綺麗にしなければならないのが、廊下の片側の壁に取り付けられた大きな窓だ。指紋1つつけてはならないと少女に脅された場所でもある。
そこは雑巾に専用の薬品をつけて、水拭きと乾拭きをするのだという。
「うわぁ、めんどくさ……こっち側はやらなくていいんだよね?」
窓の反対側の、木製の扉が並ぶ壁を指差すシャロ。
対してペレットは、モップで床を擦りながら、
「そーでしょうね。部屋までは指示されませんでしたし。どーします? このままだと俺達、掃除して1日終わっちゃうんスけど」
「確かに、つい請け負っちゃったけど普通にまずい……!」
『どうしよう』と頭を抱えるシャロ。
改めて今回の目的は、『神子』を探すことだ。
フィオネによると現在の『神子』は教皇の孫であり、そして生まれてから今まで存在が隠されてきた人物という話だ。恐らく、部外者が簡単に見つけられるような場所には居ないだろう。だから、相当な長期戦になると踏んでいた。
なのにこうも丁寧に仕事をしていては、捜索にかけられる時間がなくなってしまう。どうにかメイドのフリをしつつ、捜索の時間を捻出しなければならない。
「う〜ん……よし、手分けしよう! シャロちゃんはトイレに行きたくなったって体でこの辺の部屋を回ってくる。ペレットは……とりあえずここ掃除しててよ」
「俺に掃除を押し付けたいだけじゃないっスか」
「ちっがーう! 神子を探して動くってなると、他のメイドさんに見つかる確率が高くなるでしょ? だから、より女の子なウチが行った方がいいかなーって!」
「舐めないでください、俺の方が可愛くて女の子っスから。それに普通に考えて、瞬間移動できる俺の方が捜索に向いてると思いません? え? シャロさんが俺と同じかそれ以上のことが出来るってんなら、文句は言いませんけど」
「うっっっわコイツ、腹立つ〜〜!!」
数日ぶりの能力者マウントに、口を歪めてジト目になるシャロ。言うまでもなく不快そうだが、どちらが捜索した方が効率がいいかは理解しているようで、『わかった、』と彼が口を開いた時だった。
「あ、の……?」
ふと、2人が背を向けていた方向から、知らない女性の声が聞こえて、すっかり油断していた彼らはびくりと肩を震わせた。デジャヴ。
慌てて振り返るとそこに居たのは、小刻みに震えているメイドの少女だった。
先程のメイド長ではない。尻まで届く長い青髪を下ろして、頭に兎の耳を生やした背の高い少女である。兎の獣人族のようだ。
年齢はシャロ達より1つか2つ下だろうか。給仕服が様になっているが、かなり若いように見える――と、彼女を凝視していると、シャロはふと気づいた。
この少女、滝のような汗を流している。気のせいか、彼女の青い瞳もぐるぐると渦巻いて見える。呼吸もはくはくと荒く、至って平常ではない。
「あの、大丈夫ですか……?」
「へぁ、へ、へい! じゃなくて、はい! ごめんなさい!」
シャロが問いかけると、兎の少女は大きく震えて職人のようにはきはきと応答。それから何故かペコペコと頭を下げて、繰り返し『ごめんなさい』と謝り始めた。
せっかく綺麗だったのに、ばさばさと乱れていく青髪。突然の少女の奇行に、シャロの伸ばしかけた手が停止した。しかし、
「じゃなくて!」
少女は叫び、ぴたりと動きを止めた。そして乱れた髪をさっと払って整えると、給仕服のシワを叩き、小さな手をそっと胸の上に添えて、
「お見苦しいところをお見せしました。私は【ミレーユ】と申します。お2人の指導役として参りました。セレーネさん……メイド長から話は聞いております。私が知っていることは全てお教えします。よろしくお願いします」
纏う雰囲気が一転し、お淑やかな笑みを浮かべた彼女――ミレーユは、先程までぶんぶんと振っていた頭をそっと下げた。
「へ? あ、はい、こちらこそお願いしますぅ」
「よ、よろ、よろしくお願いします」
お花畑モードに戻ったペレットにつられて、シャロもぺこりと頭を下げて挨拶は終了。その後、彼らはミレーユに習いながら、その場の掃除をすることになった。




