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閑話 ある貴族の決断。 1

 「食うものを寄こせぇ!」 「中に入れろぉ!」

  「食料を開放しろぉ!」

  「薬を寄こせぇ!」 「ポーションを寄こせ!」

 手に手に、農具や棒、中には剣をもって門に押し寄せる、千人以上の避難民の姿。

 

 ここにいる者の多くは、隣国ディフェンヴァキュアから逃げて来た者がほとんどだ。

 多くの者が農民としてノリナ国に受け入れられ各地に散る中、農作業などと、残った元貴族の連中、役人、”商業ギルド”の職員たちが多く残っていた。

 機会が出来ればディフェンに戻ろうと……淡い夢を持って。もっとも、亡命したのだ。帰る場所など最早ないが……。

 厳しい難民の生活で、亡命した理由を忘れてしまったらしい。

 

 【冒険者ギルド】の職員はノリナ国で再就職も叶ったが、【商業ギルド】の職員に関しては、例の”商業ギルド商会”の一件で、罪人一歩手前、懲戒免職となっており、職もままならない状況だ。なにせ、信用は0どころか、マイナスだ。商人としても既に死んでいると同義だ。

 

 農作業もせずに特権階級に固執する、元貴族や役人の連中。同じ難民の農民にたかっていたが、その農民たちがどんどん他所に行ってしまう。

 もはや、持ち出した財産も底を突き、食事も炊き出しに頼り切り。それでも働かないのは貴族故か。

 ボロボロになり、垢で汚れた上質のシャツの袖を気にしても、農民の着る服には袖を通さない……。これを貴族の矜持というのならば、何と滑稽な事だろうか。

 

 そんな連中が、毎日のように、”士官”という言葉にかこつけて、高圧的に門衛に迫る。『ディフェンの貴族』という事だけで。

 最初の頃は門衛もディフェンヴァキュア国の影を恐れ、怒らせないように対処していたが、ディフェン本国より、脱国者は”処刑”と公示されてからは、態度も一転。

 嫌なら国に帰れば良かろうと突っぱねる。

 

 二進も三進も行かなくなったとき、難民テント群で熱病が流行の兆しを見せる。これ幸いに切っ掛けを欲していた連中が次にとる行動……。難民を焚きつけて、騒乱、武力に打って出る事だった。

 傍から見ればすでに破綻しているのだが、彼らの脳みそではそれが理解できていないのか、捨て鉢なのか……。大国の特権階級のごうと言ってしまうのは簡単だが……。

 

 もちろん、皆が皆、このような愚かなものではない。農民と同じ作業に勤しみ、且つ、農民たちが巻き込まれないように尽力する者もいる。今回取り上げるのはそんな貴族家当主の話。

 

 …… 


 

 「おい……このままここにいていいのか? 俺たち……」

  「で、でも、行くところないぞ……」

  「じゅ、ジュード様、お、俺たちは?」

 鍬を肩に担いだ農民たちの顔を見渡し、落ちつかせるように、優しく声をかける。

 「落ち着け。ふむ。が、巻き添えを喰らってもつまらぬ……な。恐らく、粛清されるか、まとめて母国に送り返されるだろう。いや、犯罪奴隷として開墾、鉱山……どのみち、死あるのみ……か」

  「父上、距離を取りましょう。東の開墾地まで」

  「そうですな。ジュード様、東の開墾地であれば、森も近いし、我らであれば、熱病の薬草も採ってこれまする」

 「そうだな。とりあえずは東に動くか……。出来れば北を目指してアヌヴィアトまで上りたいが……」

  「難しいでしょうな……。ノリナの軍も出て来るやもしれませんし、それに、やっと……麦が蒔けるほど拓いたたので」

  「そうですね。リハクの言う通り。今、ここを捨てるとなれば、皆、絶望し、暴動に加わる者が増えるかもしれません」

 「ふむ。我らから開墾した畑を取り上げるのにも良い時期という訳……か。……ノリナ国を信じたい…が…がな」

  「口惜しいです……父上……」

 こぶしを握り締める我が子……が、それも仕方がない。ここは祖国でもなければ、他所の貴族の治める地だ。しかも、

 「我らはもう貴族ではない。ノリナにしてもお荷物だろう。生きる場所……。ままならぬな」

 

 ジュード、小さいながらも2つの農村を領地に持つ元男爵。農民を大事にする貴族として、他の王国貴族からは奇異の目で見られる。領内のみならず、農民たちからの支持は高い。

 その信念は、農民を奴隷のように使役していた先代、彼の父の反動とも言われている。公にはされていないが、若いころから農民の娘をかき集め、乱暴、殺害していたという、凶状持ちの御仁で、百人単位の犠牲があったとも噂される。

 まだ若くして病で逝去したが、ジュードの成人の年にということで、父殺しの噂は絶えなかった。

 

 当主の座についてからと言うもの、人族、獣人族の境無く農民を大事にし、日頃から、河川、畑の改良等、公共事業に尽力し、自ら鍬を振るう。ディフェンの貴族らしからぬ人物だ。

 昨今の混乱の中。国からの徴兵、糧秣の供出命令を受け、彼は、直ちに出奔を決意する。国からの要求は、想像のはるか上、村の存続すら維持できなくなるほどのものだった。

 直ぐに賛同する領内の農民たちを引き連れ、貴族位を捨てノリナ国を目指した。道なき道を征く険しい移動で、多くの者が倒れ、埋葬しながらと、厳しいものだった。

 途中彼の名を聞き、合流してくる農民も。持ち出した糧秣は惜しげなく配り、農民たちをまとめ、越境。そして、この地、グロスティグマの町へと至る。

 

 ここでも持ち出したわずかな私財を領主に献上、衛兵達にも付け届けをし、北と東に開墾許可を得る。合流してくる農民たちをまとめ、開拓に勤しむ生活となる。

 

 そんな中、失政の責を取らされ、領主のマイネン伯が失脚した。

 そして、再びの暴動が発生した。

 新領主着任の混乱に乗じて……というが。すでに、難民側は破綻している。戦なんかになろうか。

 が、ジュードの予想に反して、我慢の限界を感じていた者は多く、暴動に参加する者が膨らむ。

 主に母国では鍬など持ったことのない者達だ。結局、農民になれなかったらしい。それなりに頭と武があれば……いや、ディフェンの難民ということだけでも煙たがれる。農民以外あぶれているこの有様を見ればわかるだろう。    <つづく>

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