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心構え~宴会前夜

 肉を卸し、帰宅。

 程よく膨らんだパンを順番にオーブンに。アイさんが成型、二次発酵までやってくれていた。焼く段も真剣に僕の手元、オーブンの中を見ている。パンやうどんなどに興味があるようだ。

  「今日のパンも上出来ねぇ!う~~ん。いい香りぃ。」

 厨房に立ち込めるパンの焼ける匂い。幸せを感じられる香りだよなぁ。ほんと。…スラムの孤児だったときはどれほど憎んだか…食べられないのがわかっていても…香りだけ…そして余計にお腹減って…それでも、止められなかった…

  「うん?大丈夫?ビルック君?」

 「え?ええ。アイさんのおかげですよ。はい、どうぞ。”特権”ですよ。」

  「ありがとう!…はぁ、焼き立てのパンて、本当に美味しいわぁ。幸せな味よねぇ。」

 「ええ。そう思いますよ。まだ試したい麹もありますし。お手伝いお願いしますよ。アイさん。」

  「ええ!まかせて!アン!これは、隣で売るのぉ?」

  「そうねぇ!本亭は一応、貸し切りだし…隣の馬車で売りましょうか。」

  「良いわねぇ!準備してくるわぁ!」

 「ビルック、ご苦労様。これでお客様もきっと喜んでくれるわ。」

 「いえ。僕は、”コック”ですから!」

 「そう。」

 

 さてと。お次は、猪、部位ごとに分けて冷蔵庫に入れておかないとな。形を整えるのに切り落としや、筋なんかもでるから、並行して挽肉に。腸詰を仕込む。…うん?ホットドック用にするか…っと…お師様がいないから保留だな。うちの賄にも良いから、長めに作るか。燻製器はと…

 

 「ビルック君!完売御礼!好評よぉ!」

 「ええ?もう?」

 結構焼いたし。もう完売?

  「お値段もお手ごろだし。何より美味いしぃ。近所の方も買いに来てくれたわよ。」

 「それは嬉しいですねぇ…でもパン屋さんのお客…」

  「ん、もぅ!そういうことは気にしなくていいの。禿げるわよ?」

 …禿げるのは困る…でも。

 「ウチの麦使ってるもんな。」

 自力で、違う…酵母も父さんのだし…この世界になかったもの…

  「そうやって腕を磨くのでしょう?それに家はパン屋じゃないしぃ~そうそう、今日、うどんにしましょうよ!私ぃ、パン屋じゃなくてうどん屋はやりたいけどぉ!」

 「いいですね!賄も、うどん屋も。アイさん、真剣に取り組んでみたら?」

  「…そうよね…そうよね!大姐様に話してみるわ。」

 「ええ。小麦もうちの町から持ってきますし。醤油ちょろっとだけでも美味しいんですよ。」

  「ええ、正統な醤油と干物のお出汁のと、肉のスープ。トマトソースのようなのもありね…鉄板で焼くのはどう?豚のアバラの肉と、お野菜…そして醤油で!」

 「いいと思います!…茹で置き出来ますし…昼の賄で作ってみましょう!」

  「ええ!じゃ、早速饂飩打つわ!」

 嬉しそうに…本当にうどん屋やればなぁ。おっと、焼うどん…かぁ。塩もよさそうだよね!

 

 アイさんはうどんを捏ねる。僕は腸詰のアンを捏ねる。目指すところはドワーフ族のものだ。本当に美味しいもんなぁ。味の確認のために次の便で少し持ってきてもらおう。老師様のが良いなぁ。

 「ビルック!休憩はとってるの?」

 「あ…これ…燻製にしたら…」

 「もぅ…アイが付いていながら…って、アンタもなのぉ?」

  「ええ、今日のお昼に。おうどん焼いてみようと思ってるの。」

 「ふ~ん。ミッツ様のレシピ?」

 「いえ、アイさんですよ。恐らく父に聞けば”あるよ”というでしょうけど。うちではまだ試してません。ですから、具材や味付けも知りません。今日は猪の肉と、野菜、醤油か、塩でやって見ようかと。」

 「なるほどねぇ。アイ、あんた、本当にうどん屋やるのぉ?」

  「…ダメ…かな…大姐様…」

 「…まぁ、ミディにも相談してみる事ねぇ。」

  「ええ!」

 

 お昼のうどん。うどん自体は見事なものだ。のど越しが良い。が、焼くとテロテロに…茹で時間を短くしたり、水をよく切ったり…色々試したよ。うどん自体の水を減らすのも有りだな。

 アイさんも大振りのフライパンで奮闘中だ。猪の脂が焦げるのが実に香ばしく、食欲をそそる。仕上げに醤油。うわわ!いい香り!実に美味しそうだ。

  「うん。良いようねぇ。今回はくっつかなかったしぃ。団子にもなっていないわ。」

 「ええ。見た目は問題なし。香りも上々…不味いわけないですね…これ。」

  「醤油足りてるかしら…”ぱく”…これ…私が作ったのよね…」

 「どうしました?”ぱく”…うん。美味い!」

  「だよね!だよねぇ!ああ…なんか嬉しい…ミディや、ビルック君てこれが楽しみ…なの?」

 「う~ん。その先?食べてもらった時の…お客様の顔…かな?」

  「!そ、そうよねぇ!夕食の時のお客様のお顔…はぁ。」

 「お店やるならこの味をキープできるようにしないと。毎日違った味や食感じゃ…」

  「…そうね!真剣に取り組むわ!わたしぃ!」

 父さんが来たら秘訣…いや、先ず、ここで出来る事…考えよう。


 

 いよいよ、明日、”軍”が視察から帰還する。

 その間のパンの販売も良好。数を増やしてほしいとの要望もあるけど…うち、パン屋じゃないしね。宿始まったらどうするのだろう?

 明日に控えて最後の確認。食器類は軍のものを使う。なにせ100人分だしね。

 エールは購入して倉庫に。ワインも黄色だけどノリナ産の樽がある。うちで運んだから十分に美味い。

 猪の熟成も良いようだ。なんとか肉焼の金具も届いた。ダルの親方には無理いったなぁ。ふふふ。

 

 宴会用のパンの準備…そうだ!麦も炊くか…野菜とあえても美味しい。オリーブオイルと塩で良いかな…サラダ感覚で。

 肉がメインだから…あっさり口直しの”浅漬け”もいいな。宿でも評判がいい。ライル様だったか?お貴族様の所は他のものを用意した方が良いのかなぁ。父さん達は、同じ時、同じ料理…だからなぁ。

 

 「大姐様、一応用意はできたんですが…」

 「ごめんなさいね。あまり力になれないわ。」

 「貴族様には別途何か用意した方が良いのでしょうか…」

 「う~ん。どうかしらねぇ。でも、ビルック。あなたは貴族となると思考が停止するのねぇ。…そんなに嫌い?」

 「え?」

 …そんな…事…。大姐様の指摘…顔に出ている?

 「ううん。宿のお客様達には少しでも…より美味しいものをと気を使ってるのが伝わってくるわ。でも貴族絡みだと…ね。」

 「…どうなのでしょうか…父たちは極度に嫌っています。ライル様でしたか?父の友人と聞いたときは驚きました…。今でも信じられません。…いえ…そうですね…頭で理解はしてるのでしょうが…心では嫌い…なのでしょう…ね。ミディ師にも指摘されました。僕は生まれも育ちもスラムでしたし…兄弟たち、父たちが理不尽な目にあってる…」

 「うん。聞いてるわ。」

 「…ハセルもライル様に懐いてるというのも耳を疑いました。ハセルは、貴族に両親殺されていますし、自分も馬車に轢かれて…”勇者”の魔法が無ければこの世にはいません。」

 「うんうん。」

 「エキドレアの事件…知っていますか?」

 「…噂程度…はね。」

  「大姐様…」

 「父たちが当事者です。…いや、関係ない…か。僕自身の問題…ダメでしょうか?これじゃ…コックは…は、ははは…」

 「…うん…私にはわからないわ…本来なら”人族”全体に向けられていたであろう恨み辛みもミッツ様のおかげで忘れられたのでしょう?他にも人族の…ハンや、スパイダル師…。お貴族だって人だしぃ。”個”を見るというのはどうかしら」

 「…そうですね…」

 「ま、本来ならば、こんな宿、お貴族様なんか見向きもしないんだけどねぇ!貴族云々の話だって他所の話よぉ。まぁ、これも、ミッツ様のご縁。どうかしら?利用してみたら?単価だってお高いしぃ?料理にお金かけられるでしょ?良い修業と思えば。」

  「大姐…それ言ったらお終いだって。」

  「まぁ、うち、潰れる寸前だったしぃ。ほんと、貴族相手に仕事なんてねぇ。これでも、うちらもだいぶ丸くなったのよぉ~現役の時なんかあちらこちらの貴族と揉めてたっけ。」

 「そうねぇ。偉そうに言ったけど、私だって大嫌いよぉ。貴族なんて!ほら、いたでしょ?アヘンやら何たら伯爵!ああいう小物見るとぶった切りたくなるわ!」

  「大姐様…台無し…」

  「まぁ、実際、3人ぶった斬ってるしねェ、玉握りつぶしたのも何人か…」

 「…ふふふ。ありがとうございます。整理がつきました。これからもよろしくお願いします。」

 「ええ。勿論。」

  「そう!それでこそビルック君よ!」

  「大姐様みたいにぶっ飛ばさないでね。ふふふ」

 「はい!善処します!」

  「洒落にならないから…ビルック君の場合…」

 「あら、骨まで消滅よ?証拠隠滅で良いじゃない。」

  「「大姐!」」

 …ありがとうございます。


 

 丸焼きも時間がかかるから、前もって火を通しておく。中庭は魔道コンロのオーブンで焼かれる肉の香りが溢れてる。ふふふ。

 道行く人も足を止める。『予約商品なのよぉ~』とアイさん、アンさんが断りを。もっとコンロがあれば…なんて思っちゃうね。父さんに相談…じゃないな。お師に…まだそんな余裕ない…な。

 出た肉汁を集め、脂を濾しとる。切り分ける際のソースに使うつもりだ。おそらく十分にしっとりしてると思うけどね。明日は、炭火でじっくり、朝から火を通せばいいだろう。

 麦や、豆類も水につけて…と。野菜も問題なし…パン生地も準備万端!アイさんも手伝ってくれる。

 よし!明日に備えて寝よう!

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