ゴルディア視察行 17
~時間は少し戻る…領主居城、謁見の間にて~
「おう、またあったのぉ。ナンカンよ。」
「…」
「怖気づきおって!これらの書類…どうするつもりだったのだ?んん?」
「へぇ、そいつは…」
自慢げに話しだす小男を、すぅうと片手をあげ制する。
「よい。のおぉ、ナンカンよ。わしは寂しいぞ?わしとお主との仲じゃったろう?」
「…」
「詫びも無し。か…」
「…では、最後に…全ての話を考察するに、”勇者”様は…本物…敵いませぬ…手を出さぬ方がよいかと。」
「ふん。最後の言葉はそれでよいか?言うにことかいて。臆病者が!”偽”勇者”と共に門前に晒してやるわ!牢に入れておけい!」
「はっ!」…。
「で…クラントとやら、そのほう、”偽“勇者討伐隊総大将、務めるか?」
「へぇ…は、はい!私に全て任せてくだせぇ。」
「ふむ…だが、貴様はDランクと聞くが?皆、お主の言うことを聞くのか?」
「へ?」
「剣の腕はどうだ?ナンカンは少なくともAランクの冒険者…奴に勝てるか?」
「…へ?へい。も、もちろんでさぁ」
「お言葉ですが…逆立ちしたって無理でさぁ。クラントじゃ、ナンカン殿に勝てねぇよ。」
金属鎧をまとった、重装の男が前に出る。クラントと共にナンカンをハメた、トールだ。
「と、トール!」
「だいたい、腰巾着が親分売ったんだ。もうどこにも居場所はねぇだろうさ。」
よく言う。クラントの策の一コマだった男だ。思慮浅く力のみの。
「貴様!俺はギルド長になる男だぞ!」
「本当で?Aランク以上のもの、それなりの仕事が出来ねぇと成れねぇぞ?」
「トールよ。本当かそれは?」
「へい。Aランク相当の功績がねぇと。そいつは腰巾着だ。何もしてねぇ。親分売っただけだぁ。」
「と、と…るぅ。」
「俺が行こう!その、偽勇者退治になぁ!」
「ふむ…」
「領主様!お、お約束が!」
「む?”推薦状”は書くぞ?其方、それだけでよいと言うたでないか?」
「…あ」
「とんだ伏兵が居たのぉ。クラントよ。」
ニヤリと楽しそうに笑う領主。
「オレはBだが、今回の功績足して”推薦”してくだせえ。」
「ほう…ギルド長のか?ふむ。…成功の暁にはお前にも”推薦状”を出してやろう。」
「ありがたき幸せ!全力を尽くします!」
「とぉるぅ…」
「ん?クラントぉ。ぶふふふ、なんだ?」
「貴様ぁ!」
「ん…今なら、…俺の下に着くなら、ギルドにおいてやるぞぉ?対抗するなら、追放だぁ。せいぜい”一人”で頑張ることだなぁ。」
「…」
「まぁ、お前についていくやつはいねぇだろうがな。裏切り者の小男がぁ。腰巾着にしてやろうかぁ…いや、売られたらたまらんなぁ。ぶふふふふふ」
「…トールぅ…」
「はぁ?トールギルド長さまだ!クラントぉ!」
「…」
「どうすんだぁ!おい!」
「…お、置いてくだせぇ…」
「おいおい…クラント?いいのか?…そのほう…もう”推薦状”もいらんなぁ。」
「…へい…」
「それではトールよ。そのほうに任せる。国軍は動かん。わしの手の者と冒険者をかき集めて見事、”偽”勇者を仕留めてこい!」
「へぇい!」
~翌日 早朝。冒険者ギルド 受付にて~
「おい。今日から来所ぉするヤツ等に言っておけぇ。二日後に”出兵”する!全員参加だぁ!」
「トールさん?どういった権限で?」
わめきたてるトール。困るギルド職員…
「なにぃい!いうこと聞いてればいいんだ。俺が次期ギルド長だ。」
「く、クラント副長?そ、それは?」
「あ、ああ…候補である…。」
「…解りました。それでは”強制依頼”の…国軍の承認を。」
「クラントぉやっておけ!」
「その許可は出ません。領主殿も言って 「良いから行って来い!」 …はい」
「で、トール…様、依頼料はいくらに設定されますか?」
「ふむ…一日、金貨3枚だな。」
「!!!そんなに?財源は?」
「ギルドが出すのだろう?」
「い、いいえ、国庫…。いえ、この場合は”依頼主”の領主様からです。」
「ちっ。そうか…なら…一枚か?適当に出しとけ。」
「知りませんよ…。で、この後依頼、おいくらで受注されたのですか?」
「…しらん。良いから人集めておけ!」
「…ムリです。…はぁ。正式な新しいギルド長が着任したら…」
「なにいいいいい。この女ぁ!」
”ぱん””どがぁばき!”
という音とともに受付の女性が宙を舞い、壁にたたきつけられる。
”どざり”
「あ。」
首は真後ろを向き、鼻や耳から流血…ピクリとも動かない…。
「キャー!」「誰かぁ!誰かぁ!」
「ちっ!」
どすり、どすりと二階のギルド長室へ逃げるように去る巨漢。
「く、クラント…様?」
「診療所…いや…葬儀屋か…。衛兵を!」
…。
「ん?どういうこった?」
「貴様がトールか?殺人罪だ。出頭せよ。」
「なにぃ?」
「聞こえないのか?そのでかい頭は飾りか?」
「きさまぁ。俺はギルド長様だぞぉ!」
「関係あるか!ギルド長だろうが何だろうが!この殺人鬼が!武器を捨てて縛につけ!」
「貴様らぁ~。クラント!クラントぉ!どうにかしろぉ!」
「はぁ?無理でしょう…。無抵抗な女を…殺人はいけねぇやぁな。」
「くそぉ!りょ、領主様に話を聞け!このあと、大事な仕事があるんだぁ!」
「うるさい。話は縛についてからだ!跪け!」
「誰が!」
「捕縛せよ!抵抗すれば斬れ!」
「「はっ!」」
巨漢が背の斧を抜…抜く前に背に刺さるショートソード。真っすぐ急所に。
「ぐぅがぁ!くぅ、ぐぅ、く、クラントぉ?貴様ぁ!」
「へへ…気やすく呼ばねぇで下せぇや。罪人さん。殺人犯で、武器ぬいちゃ駄目ですって。…俺、ナンカン様にゃ敵わねぇが、アンタよか強かったようで。へへへぇ。」
「く、くそぉ!このぉ、裏切り…」
同時に正面から、5本の槍が撃ち込まれ、
「くそぉ…俺が…俺がぁ!ギルド…」
”どぉずずぅん”巨漢が崩れ落ちる…
「裏切り?は?まぁ、脳みそが足りない男の末路だね。さてと。こりゃぁ町を出るに限るな…さっさと脱出しようかね。」
~領主居城、謁見の間にて~
「なにぃ!トールが死んだと?何でそうなるんだ!!!}
「は、はい、衛兵の報告によれば、ギルド職員を殴り殺したと…。出頭命令を無視し、武器を抜いたとの事。その際、クラント殿が止め、衛兵の槍にてその場で処刑とのこと。です。」
「…クラントめ…で、そのクラントは?ギルドに居るのか?」
「いえ、ギルド内の報告事項があると…王都へ発ちました。」
「なにぃ!!!」
「ひぃ、な、何か問題でも…」
「…馬車か?」
「いえ。早馬にて…」
「ちっ、こういう時の”小男”か…軽いから馬の脚も早かろう…追いつけぬな…。で、ギルドのほうは?」
「は、はい!トールが理不尽なことをしでかしていたので…殺人事件の後は職員皆、逃げるようにギルドを後にした模様…。閉鎖となっております。新しい、正式なギルド長が来て立て直しを行わないと…」
「クソ。粗暴でアホがこんなにも早く影響するとは…使い捨てる前に自滅とは…」
「りょ、領主様?」
「…何でもない…町内に…そうだな…”徴兵”の知らせを」
「国軍が許しませぬ…”日雇い”の作業という形でなら…」
「…それでよい!早急に討伐隊を出せ!」
「…はい。」
「早く出発せねば…隣領の町に入られてしまうでないか!いそがせよ!」…
…翌日…
「誰も集まりません…」
「なぜだ!日当をあげよ!」
「…たぶん無駄でしょう…相手が”勇者”様との噂が広がっておりまする。」
「…”偽”だぞ!」
「それでも…」
「わが騎士団は…」
「ほぼ壊滅です…ルファン様行方不明の際に団長も共に…それと先日の…」
「もうよい…このままでは…」
「り、領主様ぁ!大変です!」
「こんどは、なんじゃ…」
「レファス様が…」
「何だ!」
「お亡くなりに…」
「何ぃ!」
飛ぶように我が子の元へと急ぐ。診療室へ着き扉を開く…。こんな領主でも我が子は可愛い。
「奥!こ、これは?」
ベッド脇にへたり込む婦人。
「…あなた…手を…手を引いてくださいまし。”勇者”様…若しくは…神か悪魔でしょう…普通の人間には…レファスは…”生きて”いたという形跡さえも…遺体を残してはくれませんでした…骨さえも…うっ…うっ」
「なんてことだ…」
「領主殿。お悔やみ申し上げます。説明は要りますか?」
「け、結構だ…あ、あとで書面に上げてくれ…」
「解りました…では失礼します…」
3人の軍人が部屋を後にする。
「レファスよ…。仇はとってやるぞ…」
「あ、あなた?引いてくださいまし!そもそも… 「行政に口を出すな!経緯がどうあれ、3人の息子たちが…クソ…」 …あなた…」
「もう、何も言うな…」
「はい…ご武運を…」
~時間は少し遡る。医務室~
「奥様。少し休まれた方が…」
「容態に変化があれば…すぐにお知らせ致す故。」
ベッドの上には吐く息も荒く、全身、真っ赤に晴れ上がり…胸に刻まれた文様が薄白く明滅している成人男性が。この領の長子の成れの果て…右腕をも失いセツナより”聖剣”の”祝福”を受けたものだ。
「大丈夫…です…どうしてこのような目に…」
「軍から申し上げることは何も…」
「その辺りの話は…ご領主様より…」
「…そう…噂に聞いたのだけれど…”勇者”様の手によるものとか…」
「…」
「本当ですの?」
「…軍としての見解は、”本物”です。生きて戻った者の証言、レファス様のこの状況…只今、多方面にて調査を…」
「教えてはくれぬのですね…どうしてこのような目にあったのかを…」
「軍からは調査中とだけ…。」
「ルファンは行方不明…。恐らくはもう死んでいるでしょう…それにラファルも。今は亡き義姉様の忘れ形見…レファスも…跡継ぎの子たちが…皆…」
「当然でしょう!ご子息たちの日ごろの 「やめないか!控えよ!」 …し、失礼しました。」
「失礼しました。このような時に。貴様は先に屯所に帰れ。」
「はっ!失礼しました!」
「あ、あの…」
「お気になさいますな。詳しい話しは…!!!お、奥様!」
「え!」
”ふぅう…ううぅ…うぅうぅぅぅ…”
長い…それは長い溜息。今までの罪科の清算が終わったかのような…体の芯から吐き出された息…
”かっ!”と紋章が光り一拍後”ぼうぅ”全身が白い炎に包まれる…
「あ!あああああ!」
「なんと!」
「あ、熱くない?周りに…寝具に燃え移らない…?」
渦を巻くように炎の奔流、しかし寝具などに燃え移ることなく、身体のみを燃やしていく…熱も…臭いすら…感じることなく…皆が見守る中、レファスは…消えた…領主に伝令を出す間もなく…
「あ、ああああ…神よ…」
「なんという…灰の一粒すら残らぬのか…」
「寝具にも焦げの一筋もなく…」
「り、領主様のお知らせしろ!い、急げ!」
「は、はっ!」
”ばたばたばたばた…”
~衛兵屯所~
「なぁ、聞いたか?」
「ああ…明日には、捕縛隊の派遣…だそうだ。」
「いや、そうじゃねぇ、ファレス様も死んじまったそうだ。」
「…そうか…ルファン様といい…”公式”の跡取りは全滅かぁ。」
「軍は動かないんだろう?」
「ああ、軍として…国か。国としては”勇者”様に剣を向けることはできないだろうさ。敵対したら…どちらかが降伏するまで…いや、”本物”なら王家が消える。」
「まぁその前に俺たちってかぁ?」
「違いない…」
「なぁ、指揮官は誰だ?」
「親父…領主様じゃねぇの?敵討ちだろう?」
「いや…警備長の、エネルだそうだ。」
「何!奴は文官だろう?」「はぁ?」
「ここにきて迄、まだ自ら陣頭に立たないのか…うちの大将は…」
「ほんと、いい迷惑だな…」
「逃げるか?」
「いや、捕まって一家そろって斬首なんてシャレにならん。」
「ああ。お得意の”命令不履行”からの”不敬罪”…だものな。」
「エネルは領主に逆らえねぇし、頭も固い…。このまま喧嘩売って俺たちもあの世だ。」
「ああ。逃げるのも死、対峙しても死…かぁ。」
「まいったな…」
「そこでだ。”敵前逃亡”…というより、今から話をつける。」「?」
「反抗の意志は無いと…足の速い伝令に行かせる。」
「…こっちはエネルの一派もいるぞ。向こうはどうやって見分けるんだ?」
「…その辺りも併せて相談をだな…」
「明日出発だぞ?無理だな。」
「じゃ、どうすりゃいいんだよ!」
「…その場で誠心誠意謝るしかねぇぁ。手ぇ出す前に…冒険者たちはそれで助かったと聞いた。」
「ああ…下の者にも言っておけよ。」
「だな。見た目どんなに勝てそうでも…だぞ。ここで腹くくれ!」
「なんでだよ?」
「そんなどっちつかずじゃ、殺やられちまうぞ。」
「…解った…徹底しておくよ…手出し無用って。」
「抜いてもだめだ。」
「ああ」
…もはや領主に対する忠誠は…いや、元からか…




