家族
「た、助けてくれぇぇ!!」
「わ、分かってるがどうすりゃいいんだこれ…?」
「そもそもなんで?」
「そんなことはいいから早く助けろぉぉぉ!!」
………うるさいなぁ。朝っぱらから騒がしい。
まだ起きたくはないので、ゴロンとテントの中で寝返りをうつ。するとちょうどそのタイミングで、テントの出入口から陽の光が差し込んだ。
「……起きてください、マリーナ様」
「うぅん……あと5年」
「そこはせめて5分にしてくださいっ!」
ふふっ。1回やって見たかったんだよね、このやり取り。
さて。いつまでもふざけてないで、そろそろ起きますか。
「おはようございます」
「起きてたんならふざけないで早く起きてくださいよ……」
「ごめんなさい。ちょっとやってみたくて」
素直に寝袋から抜け出し、テントの中で軽く背伸びをする。うぅーん、いい朝だなぁ。
「た、助けろ!早く助けろぉぉ!」
……この騒がしい声が無ければね。
「マリーナ様、またなにかしました?」
疑うような視線をサーニャさんが私に向けてくる。またって……私何か…したな、うん。でも、今回は違う。
「私はなにもしてませんよ」
そう。私はなにもしていない。それは事実だ。
……まぁ、仕込んだのは私だけど。
とりあえずプレナを肩に乗せてテントから出て、騒ぎ声のする方へと目線を向ける。すると、昨日の夜私たちに話しかけてきた商人ぽい男の人が、首から上以外は全て地面に埋まった状態で叫んでいた。
……ちょっと上手く行き過ぎだなぁ。まぁ、いいか。
「おはようございます」
「おう、おはよう……じゃねぇ!」
いいノリツッコミだね。
「これは、お前さんがやったのか?」
冒険者と思しき男の人が、埋まった商人ぽい男を指さしながら、私に問いかけてきた。
「私がやったといえますし、やっていないともいえます」
「どっちだよ」
「えっとですね、私昨日ここに結界を張っておいたんです」
とりあえず集まっていた冒険者らしき人達が聞く姿勢になってくれたので、続ける。
「それで、害意があるものが近づいてきた時は、こんな感じで地面に埋められるよう細工していたんですよ」
そう。昨日やっていた細工とは、これのこと。ちょっとした遊び心のものだったんだけど……想像以上だったよ。
「そ、そうなのか…まぁ理由は分かったが、なぜ埋まる?」
「害意があったんでしょうね、私たちに」
「そ、そんなの口ではどうとでも言える!」
うーむ。確かにそうだ。誰か……あ。
「じゃあさっきの男の人」
「俺か?」
最初に話しかけてきた男の人が自身を指さす。
「はい。ちょっとこちらに来てくれますか?」
「こっちって……結界の中か?」
「はい。あ、可視化しておきますね」
もともと結界は透明なので、それに薄い青色を付けて可視化する。
「ほんとに結界が……入っていいんだよな?」
「はい」
神眼でも確認してるし、雰囲気から悪い人ではないことはわかる。そもそも私が結界を張ることができると分かっていない時でも、侮る姿勢は見られなかったしね。
恐る恐ると言った様子で男の人が結界へと手を伸ばし……そのまま何事もなく通過した。
警戒していたのになにもなかったからなのか、少し唖然としていた。
「とりあえずこれで、あなたは私たちに害意はないと分かります」
「お、おう」
「そ、そんなの見せかけの結界だったら通れて当然だ!」
むぅ。そこまで信用ないか。
「ではこのまま展開しておくので、そこのお姉さん」
冒険者と思しき、白いローブを着たお姉さんに話しかける。
「私?」
「はい。なんでもいいので、これに魔法で攻撃してください」
「え……大丈夫なの?」
「問題ありません」
それこそ龍のブレスにも耐えられるだろう。
『一体何に対しての結界なのか……』
し、心配しすぎて困ることはないさ、うん。
「じゃ、じゃあ行くわよ……」
お姉さんの周りに赤い火の玉が4つ浮かぶ。ふむ。なかなかの実力者だね。
そのまま火の玉は私の結界へと向かってきて……一瞬で消滅した。
「え?!弱めだとは言ってもかなりのものだったんだけど……」
たしかにかなりの強さはあった。でも、私の結界を破る威力には到底及ばない。
「これで結界は本物だと分かりましたね?」
「ぐ、ぐぅ…」
よし。これ以上言われることはなさそうだな。
「では、あなたは私たちに害意があったという訳ですが……一体なにをしようとしていたんです?」
しゃがみこんで、じーっと見つめる。微量の魔力を瞳に込めているから、威圧の効果があるはずだ。
すると案の定、男の額に汗が滲み出す。ふむ、これでも強いか。
「ぬ、盗もうと、しました……」
ポツリと言葉をこぼした。
「盗む?」
「ぬ、盗めばか、買おうとする。だ、だから……」
はぁ……ほんとに商人か?
「騒がしいと思ったら、これはなんだ?」
おっと。まだ居たのか。馬車の方から歩いてきたのは、髭を生やした、少し若いおじいさんだった。どことなくこの男の顔に似てるような……
「と、父さん……」
あら、お父さんなのね。
「……なぜ、埋まっている?」
……なんだろう。笑っちゃいけないんだろうけど、思わず笑いそうになる。
「そ、それは……」
「どうやら、この人たちの荷物を盗ろうとしていたようです」
私の後ろから最初の男の人が答える。敬語……ということは、この人が依頼主かな。
「なに?それは本当か…?」
「………はい」
本人が認めた。それを見て、おじいさんが顔を真っ赤に染める。
「こんの馬鹿者がァ!!」
ゴンッ!という痛そうな音が辺りに響く。本気のゲンコツ本当に痛そう……お互いに。
「わしの愚息が済まなかった」
深深と頭を下げた。でもなぁ……謝るのは、あなたでは無いんだよ。
「お前も謝れ!!もうその首を差し出して謝れ!」
そ、そこまではしなくていいよ?
「ほ、本当にすいませんでした!」
首から上だけを下げる。いやまぁそれしか無理なんだけどさぁ。
「なんで、盗ろうとしたんです?買って欲しい理由があったんですか?」
「…実はな、今回は行商の修行を兼ねていたのだ」
答えたのは、おじいさんだった。
「だからその売り上げで、今後継がせるか決めるつもりだったのだ」
あぁ、なるほど。だから焦っていたのか。
「だが、こいつは…1番商人としてやってはならないことをした。もう、親子の縁を切る」
「そ、そんな!」
うーん、商人にとって最も必要なのは、信頼。だからこそ、今回の行動は絶対してはいけなかった。それはわかる。分かるけどなぁ……
「……1つ、要望を聞いてもらっても?」
「1つと言わず、いくらでも叶えよう」
いやそこまではいりません……。
「この人を……息子さんの修行を、最初からもう一度やってはもらえませんか?」
私がそう言うと、おじいさんは一瞬だけ目を開いた。だが、すぐに怪訝そうな顔になる。
「なぜだ?」
「……商人としてやってはならないことをした。それは許されざることです。ですが……その行為を正すことができるのは、親だけ、なのではないかと思うのです」
このままでは、この男の人は路頭に迷うか、歪んでしまう。それは、親としておじいさんも望まないことだろう。だから、私はそういった。
「……ふはははっ!」
いきなりおじいさんが笑い出す。え、どうしたの?
「実に、気に入った。約束しよう。わしが絶対に育て直してみせるとな」
ニカッとおじいさんが笑った。良かった……これで、私のように親子の縁が引き裂かれなくて。
『マリーナ様……』
……分かってるんだよ。もう、ね。でも頭では分かっていても、ね……
「……なるほど。お主は……いや、これを言うのは無粋か」
私が俯いていたことから察したのかな。でも、言わないでくれたのは嬉しい。きっと、言われてしまったら、耐えられないから。
「わしにできることがあれば言ってくれ。何でもしよう」
……なんだろう。その言葉を、どこかで聞いたことがあるような……
『わしにできることがあれば、なんでも言うといい』
………あ、そうか。あの人だ。ふふっ。なんだか、そう思うとそう見えてきちゃうや。だめだなぁ……。
「これを、渡しておこう」
黒い筒を私へと手渡してきた。
「それはわしの紹介状だ。魔道具になっていて、広げればそこから1番近いわしの店を示してくれる」
そ、そんなナビみたいなのあるんだ……
「じゃあの。また会おう」
そう言ってズボッと息子さんを引き抜いて、そのまま馬車に乗り込んで行ってしまった。
「マリーナ様……」
「はい?」
「なぜ、泣いているのです?」
泣いている……?自分の頬に触れる。
………ほんとだ。泣いてる。なんでだろ……
「分かりません……なんで」
止めようと思っても止められない。むしろ、自覚したら余計に出てくる。
そうしていつまでも涙を拭っていると……不意に暖かい体温が伝わってきた。
「私が、いますよ」
「……今は、泣かせて下さい」
「いつまでも、気が済むまで」
私はそのままサーニャさんの胸にしがみついて顔を填めた。
私たち以外誰もいない静かな休憩所には、小さな嗚咽だけが響いていた……。