出発(願望)
とりあえず宿に戻り、チェックアウトを済ませる。そして私だけ街の外へ転移する。いや、1回門から外出て帰ってきてないからさ……それで中から出てきたらおかしいって思われちゃうからね。
「あ、サーニャさん。こっちです」
門から出てきたサーニャさんに手を振って自分の居場所を教える。
「お待たせしました、マリーナ様」
「いえ。私のせいですから、気にしないでください」
とんだ凡ミスだよ……
「…分かりました。それで、どこに行くんですか?」
「えっとですね……ひとまず、隣国の国境を目指そうかなぁ、と」
「隣国、ですか……」
次に私が行きたいのは、隣国。
……そう。勇者が召喚された国だ。
「なんで隣国なんです?」
「ちょっと気になることがありまして」
「そうですか……」
少し不服そうだけど、それ以上尋ねてくることはなかった。まぁ、別に話しても問題はないんだけどね。
私が気になっていること。それは……勇者の存在の認知についてだ。
魔王については常識として知られていたのだけれど、最近魔王を倒す勇者が召喚されたことについては、誰一人として、知らなかったのだ。
普通は知らせるものなのでは……?と思ったんだけど、動きにくくならないように敢えて知らせていないという可能性もあるかなって思って……結局見に行ったほうが早いと思った訳。
「隣国ですと……リリシア王国ですか。かなり時間がかかりそうですね」
「そうですね。でもまぁ急ぐ旅ではないので、ボチボチと行きましょう」
「はい」
という訳で幼女2人旅の始まりだ。……うん、サーニャさんも十分幼女だからね。私はもう諦めて……あ。
「忘れてた…」
「なにをです?」
「……姿を変えることです」
「あぁ。そう言えば」
街からでたらやろうって思ってたこと、すっかり忘れてたよ……とりあえず人目を避けるため、近くの森へとはいる。そして、何も近付けないように、結界を張っておく。
さてと。準備は完了だけど……どうすればいいの?
『基本龍化の感覚と変わりません。姿が変わるイメージを、龍ではないものに置き換えればいいです』
なるほど……あ、ちょっと待って。服は?
『現在マリーナ様が着用している衣類は、マリーナ様から漏れ出る魔力と神力が浸透しているので、言わば体の一部と言っても過言ではありません。なので、姿が変わったとしても、衣類は最適な大きさへと自動的に変化します』
………ちょっとまって。え、衣類が私の一部……?
『はい。なので傷なども自動修復されます』
そう言われて前切られたところを見ると、確かに綺麗に塞がっていた。
……なんか怖い。
『そこまで怖がる必要性はありません。そういうものだと納得すれば』
……うん。そうだね、そう思うことにするよ。
「マリーナ様、どうかなさいましたか?」
私がいつまでも姿を変えなかったからなのか、サーニャさんが尋ねてきた。
「ちょっとやり方の確認をしてました。念の為、少し下がっていてください」
「は、はい」
サーニャさんが五歩ほど後ろに下がる。さて、やりますか。
まず龍化の感じから……目を閉じてこっちに来る前の姿を思い浮かべて……
「うわぁ……」
サーニャさんから、感嘆の声が聞こえた。できた、のかな?
目を開けると、視界が高くなっていた。
「できた?」
声を出して気付く。少し低くなっている。どうやら成功したらしい。
「マリーナ様、お綺麗です…」
うっとりとした表情でサーニャさんが呟く。そ、そこまで…?
手鏡を無限収納庫から取り出して覗き込む。うん、確かに想像してたよりも顔立ちが整っていた。ただ、瞳の色は変わらなかった。まぁ、色はどっちでもいいから気にしない。
「変、じゃありませんか?」
「全然!お美しいですっ!」
「あ、ありがとうございます…」
そ、そこまで自信満々に言われるとこっちが照れるな…とりあえず体を動かしてみる。ふむ。そこまで違和感は……いや、あるな。なんだろう…動かしにくいというか……無理してる?
『基本マリーナ様の姿はあれで固定されていますから、その影響でしょう』
……ちょっと聞き捨てならないことを聞いたぞ?固定?
『はい。固定されています』
一体誰から……あ、察し。
『はい。グランドリア様です』
……子供好きそうだもんな。それに私のことを自分の子供だと思ってそうだし。
『あながち間違いでもないですけどね』
まぁね。グランパパが私のことを作ったも同然だからね。はぁ……諦めるしかない、か。
姿を元の幼女へと戻す。
「あっ。戻っちゃうんですか?」
「はい……どうやら、神様からこの姿で固定されているようなので」
「そ、そうなのですか…」
「……それに」
「それに?」
「……サーニャさんを、見下ろす気にはなれません」
そう。あの姿になると、必然的に私はサーニャさんを見下ろす形になってしまう。それが嫌だった。
「マリーナ様……」
「なので、今後交渉などはサーニャさんがやってくださいね」
エルフ姿のサーニャさんなら、私がやるより面倒ごとは少なくて済むだろうしね。
「ふふ。はい、任せてください」
「お願いしますね。それじゃあ、そろそろ出発しましょうか」
「はい……ところでマリーナ様」
「なんですか?」
「あの……従魔?は……」
従魔?………あぁ!!
「プレナ!」
《あうじざまぁぁ!!(主様ぁぁ!)》
呼ぶといきなり影からプレナが叫びながら飛び出してきた。
「わわっ!ご、ごめんよ」
飛び出してきたプレナを何とかキャッチし、謝罪する。
いや、色々とあったからさ……すっかり忘れてたんだよ。
結局プレナを慰め終わった頃には辺りが暗くなってしまったので、また宿へと戻り、1晩を明かすことになったのだった。