宿での出来事
サーニャさんと色々と話していると、コンコンと扉がノックされる。
「どうぞー」
誰が来たのかは分かっていたので、了承の返事する。
ガチャリと扉が開き、カウンターにいたお姉さんが入ってきた。
「食事はここに置くわね。食べ終わったら皿は持ってきてくれる?」
「わかりました。ありがとうございます」
部屋に備え付けられていたテーブルの上に食事を置き、お姉さんが部屋を去る。
そう言えば食事を頼んだだけで、メニューを選んでないや。それでもちゃんと持ってきたってことは、メニューが固定なのかな。
「美味しそうですね」
「そうですね。冷める前に食べちゃいましょう」
「はいっ!」
なんかよく分からない肉料理とサラダ。それとパン。サラダには私が前に登録しておいたドレッシングがかかってるみたい。匂いは美味しそう。
「いただきます」
手を合わせて食べ始める。サーニャさんに説明するのが面倒だったので、こっそりとやった。
サラダは普通。パンは少し固めだけど、最初宿で食べた黒パンよりも柔らかかった。使ってる材料が違うのかな。肉料理は……ビーフシチューみたいな感じだった。ちょっと濃いけど、美味しかった。
「お腹いっぱいです…」
サーニャさんが満足そうな表情をする。口には合ったようだ。
「じゃあ片付けますね」
「あ、私がやりますっ!」
さっきまでのんびりしてたのに、物凄い速さで私が片付けるために持ち上げていた皿を奪われた。
「……じゃあお願いしますね」
「はいっ!」
サーニャさんが嬉しそうに皿を持ち、運ぼうとする。
「………やっぱりやりましょうか?」
サーニャさんが一生懸命運ぼうとしてるのは分かるんだけどね……フラフラしてるよ。怖いよ。ハラハラするよ。
「いえ、大丈夫、です……あっ!」
私に返事をしたからか、サーニャさんが持っていた積み上がった皿のバランスが崩れる。
「……やっぱり私がやります」
「……すいません」
魔法で咄嗟に支えたから良かったものの、それがなかったら絶対割れてたよ。もう任せるのが怖すぎるので、結局私が運ぶことにした。
「……マリーナ様が羨ましいです。どこにそんな力があるのか……」
私が軽々と皿を受け取ったからなのか、サーニャさんがそう呟く。
「あんまりいいことばかりじゃないですけどね…」
特に日常生活でめんどくさい。今は加減ができてるけど、それは深淵の森で力を把握する練習をしたからだ。もしそれをしていなかったら……ドアノブとか握り潰してたよ。まじで。だからいいことばかりじゃない。
下へと降りて皿を返す。
「あなたが来たの?大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
寧ろあっちに任せたほうが危ない……。
「ならいいけど…ありがとうね」
「いえ。ではおやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
部屋へと戻ると、サーニャさんがテーブルで何かをやっていた。
「何してるんですか?」
「ひゃぅ!?マ、マリーナ様…脅かさないでくださいよ…」
いや私のほうがサーニャさんの声に驚いたんだけど…
「それで、何してるんです?」
「……薬の調合です」
テーブルの上には乾燥した薬草らしきものが数本、それにビーカーと、見覚えのある赤い薬草。竜霊草だ。
「竜霊草使うんですか?」
「はい。……でも、上手くいかなくて。もう時間がないのに…」
サーニャさんの手元にあったノートを覗き見る。ふむふむ、なるほど。
「マリーナ様?」
「あ、ちょっと気になっただけです」
サーニャさんは職業の薬草研究員に恥じないほど研究を重ねているようだ。ノートを見ればよく分かる。ただ……何故上手くいかないのかが私には分かってしまった。何となくだけど……
『マリーナ様のお考えの通りです』
やっぱりそうか……私が気付いた成功しない理由は、ある材料が不足しているから。でも、その材料は今とても近くにあるし、サーニャさんならいつでも手に入れられる。だけれど……それを教えるのは違うだろう。サーニャさんにだってプライドがあるはずだ。いざとなれば教えるけど、今は教えないほうがいいだろう。
「1回失敗しちゃって…竜霊草はあと2本なんです」
「そうなんですか……それのレシピがこれですか」
私はノートに書いてある1つのレシピを指さす。
「はい。失敗した理由は何となく、何かが足りないなぁ、と…でも、それがなんなのか分からないんです」
「……分かるといいですね」
「そうですね……」
サーニャさんはまだ研究を続けるつもりのようだ。
「じゃあ私は先に寝ちゃいますね」
「あ、はい。その、物音で起こしちゃったらすいません…」
「気にしませんよ。というか、うるさかったら結界張りますし」
簡易の防音室だ。
「じゃあおやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
ベットへと潜り込み、私は目閉じた。
パチリ。突然目が覚めた。物音で覚めたんじゃない。引っかかったからだ。
ムクリと体を起こす。隣りのベットにサーニャさんの姿はなく、テーブルに突っ伏していた。
「まったく……」
風邪を引かないよう、ブランケットを被せる。そして防音の結界をサーニャさんと宿全体に張る。
「お客さんだねぇ」
実は皿を返しに行ったときから感じていた視線があった。他にも視線は感じていたが、大体は微笑ましいものだったり、珍しいものを見る目だ。だが、1つだけ、気持ち悪い視線を感じた。だからこそ索敵を寝ている間も使っていた。それに引っかかった反応が1つ。……いや、3つ。
「……何を考えてるんだか」
大方拉致して売り払うか、私が金貨をだしたことでお金を持っていると思ったかのどちらか……いや、おそらく両方だろうな。
鍵をかけていたはずの扉がゆっくりと開かれる。おそらくスキルかピッキングで開けたのだろう。
「ひひっ。3等分だからな」
下品な笑い声とともに聞こえた言葉。3等分……お金だろうな。
「随分と余裕そうだね」
ドアの前に陣取り、招かれざる客を出迎える。
「なっ!?気づいてたのか!?」
「へっ。だからなんだ。子供1人じゃねえか」
……ただのバカだ。事前に察知できている時点で私の実力は把握出来るだろうに。
「お生憎ただの子供じゃないよ」
私は挑発するように余裕の笑みを浮かべる。
「ほう。じゃあやってみろよ」
汚い笑みを浮かべて近づいてくる。
「そう。じゃあ……」
──────バイバイ。
「あん?何言って……」
一気に近づいて顔面を殴る。殺さないよう手加減はした。それでも男が簡単に吹き飛ぶ。壁に激突するが、防音結界によって宿の人が起きるようなことは無い。
「こ、こいつっ!」
もう1人の男が殴りかかってくる。その拳を片手で受け止める。
「なっ!?」
「随分と非力だね」
そのまま男を投げ飛ばす。壁際に男2人が折り重なる。
「さてと。あとは、あなただけね」
「な、舐めるなぁァ!!」
ナイフを懐から取り出し、突き刺そうとしてくる。ふむ。ちょっと試してみるか。
男のナイフが私の心臓部目掛けて突き刺さる。
「は、ははっ。馬鹿め!」
「……なんで刺さってないことに気づかないかな?」
「な、なにっ!?」
そう。ナイフは刺さっていない。刺さったのは服だけ。皮膚にはかすり傷一つついていない。
「ば、化け物っ!」
「言ったじゃない。ただの子供じゃないと」
最後の男も殴り飛ばす。その拍子にポロッと(服に)刺さっていたナイフが落ちた。
「あー。服切れちゃった」
防御力を試してみたくて受けたけど、服が切れるってこと考えてなかったな……。まぁ、そこまで大きくないからいっか。
「ふわぁ……眠い。寝よ」
部屋の鍵を閉めて結界で強化。張っていた防音結界は解除しておく。
そして魔法でサーニャさんをベットへと運ぶ。さすがにあのまま椅子で寝かせる訳にはいかないからね。
サーニャさんがしっかり眠っていることを確認してから、私もベットへと潜り込み意識を手放した。