仕返しと相談
リナさんに散々弄ばれて疲れ切った次の日。目を覚ますとリナさんの寝顔がドアップで目に入った。
……ちょっと私もイタズラをしたくなった。昨日散々やられたし、いいよね?
「うーん……」
とは言ったものの、イタズラって何をすればいいんだろう?
『……髪を切る?』
……ハクが口出してくるとは思わなかったよ。
『申し訳ございません』
いや怒ってるんじゃないよ。意外だなぁって思っただけだから。
でも、髪を切るかぁ……それはちょっとやめといたほうがいいかも。
『何故です?』
いや、上手く切れる自信ないからさ。
『………』
無言やめて!?だ、だって上手く切れなかったらリナさんにも迷惑じゃない?
『…イタズラとは迷惑をかけることを前提とするのでは?』
私はそこまでやりたくはないよ。せいぜい顔に落ちるインクで落書きするくらい……
「……それでいいじゃん」
えっと…たしか無限収納庫に色々インクが……あった。肌に付いても水で流したら取れるやつ。
「…………ちょっとやり過ぎたかも…」
よく顔に落書きとして描かれる髭と、頬に花丸。で、こっちの人には分からないかもだけど……額に漢字描いといた。うん。やりすぎだ。
「ぷぶ……」
「うぅん……あれ、マリーナちゃん…?」
おっと。笑い声でリナさんが起きちゃった。
「お、おはようございます……ふふっ」
「お、おはよう…なんで笑ってるの?」
「あ、いや、その…ふふっ」
だめだ!笑いが止まらない…。
そんな私の様子をリナさんが不思議そうな表情で見る。
「どうしたのよ…ほんとに」
「……昨日の仕返しというやつです」
「仕返し……?」
リナさんが困惑の表情を浮かべる。まぁ鏡でもないと分からないしね。
……ちょっと待った。この宿に鏡ない。
鏡ない=気づかない=晒し者。
……うん。リナさんの名誉のためにも鏡を渡してあげよう。
「リナさん。これどうぞ」
「これは…鏡?……って、何よこれ?!」
作っておいた手鏡をこんな時に使うことになるとはね。使ったのは私じゃないけど。
「ちょっとマリーナちゃん!?」
「だから言ったでしょう。仕返し、と」
「仕返しって……」
「うぅん……あれ、マリーナ?」
リナさんの叫び声でフィーナさんが目覚めた。
「おはようございます」
「おはよう……で、リナ、それ」
「見ないで!」
バッと両手で顔を覆う。その時手鏡がすっ飛んで行ったので、魔法で回収しておく。割れたら掃除大変だし。
「見ないでというか……なんでそんなことに?」
「私がやりました」
「え、マリーナが…?」
「はい。昨日の仕返しです」
「昨日……あぁ、お風呂」
納得したらしい。
「これ落ちるのよね?!落ちるって言って!」
「お、落ちますよ、もちろん。水で流せるはずです」
そう言うとリナさんは部屋を飛び出して行った。
……そっか。部屋に洗える場所ないんだ。
「リナ……自業自得とはいえ、マリーナもかなり悪質だね…」
「そうですか?落ちないインクもあったんですけど、それは使わなかったんですよ?」
私なりの優しさである。するとフィーナさんがあからさまに私から離れていく。なんで?
「どうしたんです?」
「……私が寝坊したとき、それしない?」
あぁ…それは考えてなかったや。
「考えてなかったですね。やって欲しいんですか?」
そう言うと、フィーナさんはブンブンと頭を横に振った。まぁフィーナさんが嫌がることはしたくないから、しないでおこう。
「…マリーナが怖い」
ボソッとフィーナさんが呟いた。
……やっぱりやろう。
「はぁ……酷い目にあった」
リナさんが部屋へと戻ってきた。顔の落書きはきれいさっぱり落ちていた。良かった良かった。水で流せるって説明されただけで、実際やった訳じゃないからね。ちょっと心配だったんだけど、杞憂だったようだ。
「ふふふっ」
「マリーナちゃん…昨日のことは謝るから、今後はしないで?」
「はい。分かってますよ」
そもそもインクが高いので、出来るならやりたくない。そのことを口に出すつもりは全くないけどね。
「そう…じゃあ下に降りましょう。もうギルとバケットが待ってるわ」
「はーい」
「ん」
その後いつものようにギルさん達と朝ごはんを食べて、ギルさん達は冒険者ギルドへ。私は教会へと向かった。
「いつ見ても綺麗だなぁ…」
教会へと入り、毎度の如くその綺麗さに感嘆の息をつく。朝日に照らされた神様たちの石像は神秘的で、厳かな雰囲気が漂っていた。
そんな光景を見つつ、最前列の椅子に腰掛け、いつものように手を組んで祈る。
すっと意識が遠のくようないつもの独特の感覚の後に目を開けると、いつもの草原が広がっていた。
「おや。マリーナさん」
どこからともなくグランパパが現れた。
「どうしたんです?」
「ちょっと相談したいことが…いいですか?」
「もちろんです。相談ということなら…場所を移しましょうか」
パチンっとグランパパが指を鳴らすと、あっという間に景色が様変わりし、家のような建物の中へと移動していた。
「ここならいいでしょう。どうぞ」
「ありがとうございます」
椅子を引いてくれたので、そこに腰掛ける。
改めて周りを見てみると、どうやらロッジのような建物のようだ。木造の、落ち着いた建物。
「これもどうぞ」
目の前のテーブルに湯のみを置いて差し出してくる。入っていたのは緑茶のような緑色の液体。
「これは…」
「緑茶ですよ。マリーナさん…いえ、正確には真衣さんが好きだったメーカーのものですよ」
おぉ!早速湯のみに口付ける。
「ほぅ…」
うん。これだ。懐かしい…とまではいかないけど、もう飲めないと思っていたから余計に美味しく感じる。
「お気に召したようで良かったです」
「はい。ありがとうございます」
「いえ。それでは相談内容を聞かせて貰えますか?」
私は湯のみをテーブルに置き、相談内容を口にした。